今年の世相を象徴する漢字は「災」に決まりました。台風、豪雨、地震などの「天災」が日本列島の各地に大きな被害をもたらしました。それ以上に、私が恐怖を感じたのは、原発事故という「人災」でした。
2004年8月9日、長崎で59回目の原爆犠牲者慰霊平和記念式典が行われた日の午後、福井県美浜町にある関西電力美浜原子力発電所3号機が11人の死傷者を出す大事故を起こしました。建設してから28年間、定期検査を怠っているうちに厚さ10mmの鋼管が1.4mmにまで薄くなっていたという報道に、私は「やっぱり」という思いを強くしました。
というのは、約20年にわたる原発建設の現場監督の経験をもとに、原発がいかに設計通り造ることも、維持管理することもできない「いい加減なもの」であるかを言い遺して亡くなった平井憲夫さんの言葉通りだったからです。
私が原発に関心を持ったのは、大きな運動となった伊方原発出力調整実験反対がきっかけでした。1988年のことです。東京・国立で原発の勉強会があるからと誘われて参加しました。講師は平井憲夫さんでし た。その時、平井さんから「みんな廃炉というけれど、原発は止めたら錆び始めるよ。穴があけば放射能が漏れるからね。止めても燃料棒を出して、発電しているときと同じように管理しつづけなければならないのが原発だよ」と聞きました。素人でも納得のいく話であるだけでなく、「廃炉にできない!」ことに衝撃を受けました。平井さんのこの話はずっと頭から離れませんでした。
1995年1月、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震は阪神・淡路大震災を引き起こしました。原発がなかったことは本当に不幸中の幸いでした。そのころ、私たちは「PKO法『雑則』を広める会」をつくって活動していました。私たち日本人は山のように原発を抱えた地震列島に住んでいます。地震と原発を重ねて考えることが重要だと思い、多くの方に協力をお願いして、私たちの会誌である『アヒンサー』の「地震と原発」号を急遽出版することにしました。
私たちは平井さんのお宅で3回お話を伺い、講演記録も参考にし、「原発がどんなものか知ってほしい」という平井さんのお話を文章にまとめました。そして原発現地の人々の声とともに、「アヒンサー・地震と原発」(95年5月発行)に掲載しました。平井さんもこのような形にまとまったことを大変喜んでくださいましたが、それから2年半後に亡くなりました。
平井さんは「原発がどんなものか知ってほしい」のなかで、1991年2月に美浜原発2号機で起こった事故について「もうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれないほど」だったと、次のように語っています。
「原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと0・7秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったんですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ」
「原子炉には70気圧とか150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水や水蒸気−−水といっても300度もある熱湯−−がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないんですが、この作業に必ず被ばくが伴うわけです」
「(そのため原発労働者は防護服、安全靴、放射能を吸わないように全面マスクを付けたかっこうで現場に入り)放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです」
美浜原発ばかりでなく、あちこちの原発で同様の破損が起こっています。平井さんの言い遺した通りの「いい加減な」工事や定期検査が生んだ事故です。とくに私たちが恐れているのは、地震災害と原発事故が複合した「原発震災」です。国が「マグニチュード8クラス」と想定している東海地震の震源域の真上に、国が5基も許可した中部電力浜岡原子力発電所については、まさに正気の沙汰ではありません。
茨城県東海村のJCO臨界事故(1999年)や美浜原発3号機事故、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震を目の当たりにし、「浜岡原発震災」への恐ろしい思いが一層募るなかで、改めて多くの人々に「平井憲夫さんのお話−−原発がどんなものか知ってほしい」を読んでいただきたいと思い立ちました。世論の高まりに期待する以外にこの「人災」を止める道はないからです。すべては一人ひとりから始まります。
この原稿を書いているときに、スマトラ沖地震のニュースが飛びこんできました(12月26日)。東海地震と同じプレート境界型の地震です。マグニチュード9のこの地震は、震源地近くに大きな被害をもたらしただけではなく、地震が引き起こした津波は遠く離れた国々をも直撃しました。国が「マグニチュード8クラス」と想定している東海地震は浜岡原発を直撃します。その時、原発がどうなっているか想像してみてください。「死の灰」によってこの国を滅亡へと追いやる大惨事を未然に防止するためには、一刻も早く浜岡原発を停止する必要があると考えるのは当然のことではないでしょうか。
「平井憲夫さんのお話」をまとめてから10年近くが経ちました。その後の推移などについて<注>を加えるなど少し表現を手直ししました。ちょっと長いですが、ぜひ読んでみてください。
※PKO法『雑則』を広める会
1992年に成立したPKO法には国民への「協力」を求める仕組みがあるが、これが「雑則」という目立たないところに規定されていることに注目し、広く国民に知らせるべきと全国紙に意見広告を出すなどの活動を進めてきた女性グループ。現在は、「浜岡原発震災」を未然に防ぎたいと力を入れている。
<出版物『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』>
「PKO法『雑則』を広める会」は『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』を2004年10月に出版。主な内容は、▽平井憲夫さんのお話−原発がどんなものか知ってほしい▽だまされてた−平井憲夫さんと浜岡住民との話し合い▽原発震災が襲う(石橋克彦)▽世界最悪・この国の大矛盾−浜岡原発と東海地震▽操作された情報に惑わされぬように(生越忠)▽安全性の哲学(武谷三男)▽ヒロシマを生きのびた医師として(肥田舜太郎)▽中性子爆弾が投げ込まれた東海村で(藤井学昭)▽原発の原点「マル秘の試算」▽放射線は危ない▽文化とは?(住井すゑ)。A4版160頁、500円(送料別)。申込は、住所・氏名・電話番号、冊数を明記して、inemomi@nifty.comへ。
(佐藤弓子)
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編集部:「平井憲夫さんのお話−−原発がどんなものか知ってほしい」は、次回から8回に分けて掲載します。
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浜岡原発(原発震災を防ぐ全国署名連絡会提供)
PKO法『雑則』を広める会が出版した『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』(表紙)
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