贈呈されたテープや資料を前にした福山
社長(新風書房で撮影)
ここに1本のカセットテープがある。昭和20年8月15日正午から天皇陛下がラジオを通じて敗戦を国民に告げた「玉音放送」を録音したものだ。テープを作製したのは神奈川県大和市で会社を経営していた中川輝男さん。中川さんは今年1月に亡くなったが、生前、中川さんから録音テープの提供を受けていた出版社、新風書房(大阪市天王寺区)の福山琢磨社長(73)が保存していた。終戦記念日の今月15日、福山社長は市民を集めてテープに収められている玉音放送を聴く会を開いた。
『朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ慈ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク』
玉音放送の原稿となった「終戦詔書」の冒頭部分だ。当時は独特の節回しでラジオから流れる陛下の肉声を多くの国民は初めて聞いたことだろう。放送の一部は戦後も度々、メディアから流されてきたが、このテープにはNHKアナウンサーの放送開始を告げるアナウンスと、当時の鈴木貫太郎・内閣総理大臣の声明もアナウンサーによって読み上げられているところが資料としても貴重である。
「中川さんは太平洋戦争の資料とともに録音テープを私に贈呈してくれました。戦争の記憶を語り継ぐためにも今一度、玉音放送を聴くことで次の世代に戦争のことを伝えたいとテープを聴く会を開きました。私は放送が再生日本の原点だと考えています」と福山社長は話す。
聴く会に集まった人たちは高齢者が多かったが、30代の若い世代もいた。その1人は「玉音放送は初めて聴きました。平和を当たり前と考えていましたが、平和の尊さを改めて感じました」と感想をアンケートに書き残した。
玉音放送の録音はNHKが行った。同局の「放送博物館だより」の1995年40号によると放送日前日の8月14日、録音班が当時の宮内省で録音した。収録は2回行い、2回目を「正」として放送用とした。
放送は困難な状況で行われたようだ。同だよりによると玉音放送は、15日正午から2階の第8スタジオから無事放送された。しかしこの過程において阻止しようとする動きが察知されたため、地下の臨時スタジオと第一生命の地下非常用スタジオもスタンバイされた。
今回、福山社長のご厚意を受け、中川さんが作製した録音テープの音声を公開することにする。福山社長が指摘した通り、戦後日本の再生の原点を探る上でも貴重な記録である。録音を聴き、終戦時の日本について思いを馳せてみてほしい。
参考:
玉音放送(Wikipedia)