剥製となった動物たち(天王寺動物園で)
戦争の犠牲になったのは人間だけではない。戦時下の動物たちは人間の都合で処分された。大阪市立天王寺動物園では、8月15日の終戦記念日をむかえるにあたり、24日まで、動物園内レクチャールームで特別企画展「戦時中の動物園」を開催している。13日午前中に動物園スタッフによる戦時中の動物園の様子を話す会に参加した。当時の飼育員が可愛がっていたヒョウを仕方なく絞殺したことなどが説明された。命令とはいえ、飼育している動物を殺さなければならない無念さが伝わってきた。
同園では第2次世界大戦中の昭和18(1943)年から翌年にかけ、国の命令で10種26頭のライオン、トラなどの猛獣の処分命令が下された。エサの肉の中に毒物を入れて食べさせて処分するという方法がとられた。その中で1頭のヒョウだけは飲み込んだエサを吐き出し食べようとしなかったという。当時の飼育員の原春冶さんが赤ちゃんの時から育てたヒョウだった。
戦意高揚にかり出された人気者のチンパンジーやゾウ(同)
昭和51年8月の「少年少女新聞」に原さんがその事を振り返っている記事が掲載されている。そこには生々しい様子が再現されていた。原さんの談話として「毒入りの肉を食べさせたのですが、吐き出してしまいました。仕方なく絞め殺すことにしたのです。ロープを持ってオリに入りました。いつものように体をなでてやると喜んでいました。私は心を鬼にしてロープを首にかけたのです」という場面が紹介されている。
他の動物たちはなんの疑いもなく肉を食べてしばらくして痙攣を起こして死んでいった。そのヒョウだけはエサを拒否したのだが、飼育員である原さんの普段とは違う様子に気づいたに違いない。談話を続けよう。「オリの外でロープを持っている人に合図すると私はオリから出ました。むごいことをしました。私は見たくなかったのです。4、5分後にオリに戻ると苦しかったのでしょう。爪を全部、立てていました」。
戦時下で人気者は戦意高揚のために利用された。チンパンジーは防毒マスクを付けての防空演習にかり出され、軍服を着せられたこともある。だが物資が不足する中で、エサは肉から鶏の頭や、鰯の雑炊、豆かすなどしかやることができなくなっていた。栄養不足の中で、戦争行事に参加させられている様子の写真も展示されている。展示としては処分されたヒョウやライオン、ベンガルトラなどの剥製も並んでいる。
戦時中の動物園の話は毎日11時と午後1時半からの2回開かれている。私が参加した時は最初は閑散としていたが、途中から増えて親子連れなどの入場者およそ50人が話に聞き入った。ちなみに戦時中はライオンは獅子、チンパンジーは黒猩々、ペリカンは伽藍鳥などと日本語呼びとなっていた。当時の文部省の指導だ。戦争を起こした人間が自分たちの都合で動物を殺したり、呼び名を変える。それだけではない、人間に対しても同様のことが行われたということを記憶に刻んでおきたい。
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