豊橋にも「原爆の火」が燃えています。
市内の桜丘高等学校には校門を入った正面に「平和の塔」があります。この塔に灯る火は、広島原爆の残り火を持ち帰り灯し続けたことで有名な福岡県星野村から、1989年10月に正式に分火されたものです(詳しくは「由来のプレート」・写真5、参照)。
8月11日。午後3時から≪原爆の火≫見学と桜丘集会(反戦・平和 草の根国際交流)がありました。
この会は、ウナ・マクガークさんを迎えて、高校生も参加する草の根集会となりました。ウナさんは「ニュージーランド平和基金・青年プログラムコーディネーター」という肩書で、広島での原水爆禁止世界大会にニュージーランド代表の一員として参加した女性です。
広島大会の感想やニュージーランドでの平和活動や学校での平和教育の実態を話されました。
学校教育においては「平和教育」のカリキュラムがあり、国が平和活動の団体を支援し彼女のような活動家が公教育の現場へ出かけて、若者と一緒に平和を考えるシステムになっているとのことでした。
これには参加者一同が感銘を受けました。
被爆国である我が国の公教育との差に「何処かの首相に聞かせたい」という発言もありました。
桜丘高校の生徒6人が今年の広島平和記念式典に参加し、代表2人が今日の集会で、その感想と平和への決意を述べました。
その後、豊橋在住の被爆者が自らの体験談を語り、生徒達も聴きいっていました。
写真1:ウナさんを囲んでの集会(桜丘高校の会議室にて)高校生に向けてのお話をするウナさん。熱心にメモを取る生徒もいました。
伊吹も発言を求められたので、参加者に聞きました。【お身内を兵隊としてなくされた方手を上げてくださいませんか】と。7名いらっしゃいました。
伊吹は
「自民党大敗の余波 戦没者遺族の援護はいつまで」のことを念頭に置いてウナさんに聞きました。「戦勝国での戦没者補償はどうなっていますか?」と。
ウナさんはアイルランド出身で、今年の1月からNZの平和基金に行かれたとのことで、ニュージーランドのことは良く解らないが「イギリス・アイルランドでも補償は行われている」との回答でした。
通訳も若い方なので、本意は旨く通じなかったようでした。会の趣旨とずれてもいけないので、「金銭の面では戦争は終っていない」とだけ発言しておきました。
ウナさんは、最後まで女性らしい笑顔をたやさず体験談を聞き、自らも発言し、予定時間をオーバーしても熱心に会話が進み充実した集会でした。
写真2:平和の塔にて(頂部にともるのが原爆の火)被爆者と高校生に囲まれて中央がウナ・マクガークさん
写真3:記念撮影後も平和同好会の高校生と談笑するウナさん
◇ ◇ 平和の塔の由来 ◇ ◇
※以下の写真はクリックで拡大します。
写真4:建設の経緯が記録されている、塔の正面にあるプレート この日は、建設当時の校長先生、及部さんから建設の経緯もお聞きしました。
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写真5:由来のプレート
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