9月7日から3ヶ月間、湘南で<湘南邸園文化祭2008>が開催されている。
明治、大正、昭和の中期まで、鎌倉、大礒、茅ヶ崎など相模湾沿岸一帯は東京を拠点に活躍する政財界人や文化人の別荘が点在した。大礒の吉田茂邸、鎌倉の岩崎別邸などは有名である。
湘南邸園文化祭は、12月7日まで。18のNPO団体の主催、連絡協議会の共催で行われる。(パンフレット表紙)
もっとも、相続が起こるごとに、このような別荘は次々に事業者の手に渡り、ごく普通の住宅地に分割されたり、不格好なマンションが建ったりする。鎌倉市役所の前の今小路に建ち並んだマンションなどその最たる例である。
とはいえ、鎌倉市も湘南各市も、というより、各市民たちがこぞって別荘景観を残したいと運動を起こし、その成果がいくつもの邸宅を保存した。神奈川県でも、湘南地域は日本の政治経済文化の中枢にあった人の癒しの場として名実ともに高級別荘地であった。そういう地域を郷土の誇りとし、また新たな文化を創造することを願って「邸園文化圏再生構想」を進めることになったと推察する。
基になっているのは、松沢成文神奈川県知事が選挙公約に掲げていた
「神奈川力構想」を踏まえて作られた地域づくり推進プランだ。県内を8つの地域に分け、ここ湘南は湘南地域県政総合センターが進めている
湘南地域づくり・推進プランのひとつ、
<湘南の魅力の再発見と発信 (2)歴史と文化の薫り高いまちづくりの推進>の中の
1.近代建造物と邸園を保全・活用した地域づくり に分類されている。平成19年度の進捗状況報告書には、邸園文化圏再生構想の推進は2010年度中に達成する予定とある。
ここでいう邸園文化圏とは、
「明治期から政財界人、文化人の別荘地、保養地として発展した相模湾沿岸及び箱根地域を、この地域の文化を育んだ邸宅の邸の字と庭園の園の字を合わせて、邸園文化圏と名付けたもの」と説明もあった。
黄色部分が邸園住宅地で、緑部分が山林や公園などのいわゆる緑地である。鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、平塚など東京通勤圏が広がるに連れて、相当部分の緑が削られてきている。それだけに、このような邸園文化を保存して文化的景観保全につなげることは重要だ。(図はパンフレットより抜粋)
このような行政主導の説明より重要なのは、今では、この邸園文化圏構想を推し進めているのがNPOを中心とする市民であることだ。鎌倉では、複数のNPOが旧里見とん(弓偏に享)邸である西御門サローネを舞台に3つのイベントを実施する。またこのほかに、NPO「鎌倉邸園文化クリエイション」は、日頃は見ることのできない非公開の邸園3邸を訪なう名邸園めぐりも企画している。当初は10月25日だけのつもりで40名募集したが、100名を超す応募があったため、さらに11月1回、12月に1回追加して案内することとなった。それも「満員御礼」となったという。
もっとも、この3邸園めぐりは確かに希少な機会といえる。
というのも、その3邸、村上邸、古賀邸、旧中村光夫邸とも、現在、ご当主が居住しているためだ。所有はその持ち主にあるので、鎌倉市が管理している華頂宮邸などとは違って、ご当主のご厚意によってのみ、公開されることが可能だ。従って、主催するNPOとご当主との信頼関係に大きく依存すると言えそうだ。
鎌倉市指定の景観重要建築物<村上邸>表門。鎌倉の中心、東御門にある。頼朝の館(最初の御所)があったのは今の清泉小学校と推測されているが、ここは頼朝御所の東御門があったと考えられる一帯である。約2,600平米の広大な庭の一部には東御門に関連する遺構が埋蔵されている可能性もある。現在の邸園の価値は無論のこと、御所周辺の景観を織りなす大切な文化財だ。
3邸のうち、村上邸は鎌倉市の景観重要建築物に指定されている。現在、市内で28件しかないうちの1件である。それによると、明治45年に発行された別荘建築の資料や当時の写真から、建物自体が明治期に建築された可能性もあるという。確かなのは、村上氏に所有の移った昭和16年以降で、昭和20年代に茶室をつくり、30年代に特長とされる能舞台が完成し、同時期に屋根を草葺きから桟瓦葺きに変えたという。また別棟の茶室は二階堂にあった旧住友邸から移築したものといい、能舞台とともに、戦後の鎌倉別荘族の社交の場であったと推測される。
鎌倉市HPにある村上邸の説明は最後に、「この能舞台と茶室は、当時の富裕層の間で、能や謡曲の会、 及び茶会が社交のための手段であったのではないかということをうかがわせるものである。村上邸は、鎌倉におけるそういった社会や生活の様式を今日に伝える、生きている博物館のような存在ともいえる。」と締めくくっている。
これこそまさに、邸園文化圏構想の生きた証であるといえよう。また、現在、ご当主の村上梅子氏が会長をしている白梅会というNPO等が、薩摩琵琶の会などを開催し、時に応じて梅子氏は篠笛を披露してくださる。今回の邸園めぐりでも、梅子氏の篠笛を鑑賞させていただけるという。往年の鎌倉別荘文化の一端を見せていただける機会はこのほかにも、白梅会の主催で行われている。
一般の人が文化を継承することは難しいと思われがちだが、このような活動により、鎌倉の邸園文化が受け継がれていくことこそ、邸園文化圏を振興し、まちなみに人の息づくミュージアムが生まれていく土壌になるに違いない。