宮崎市から日南海岸沿いの国道220号を南下すること約1時間強、広島カープのキャンプ地としても知られている日南市に着く。そこからさらに、NHK朝の連続小説「わかば」の舞台になった飫肥(おび)地区へ車を走らせる。多くの観光客でにぎわう飫肥城址を通り過ぎ、さらに車を日南ダム方面へ進めると、「日本の棚田百選」に認定された「坂元棚田」がある坂元地区にたどり着く。
黄金色の坂元棚田(いずれも10月8日、日南市で筆者撮影)
坂元棚田は国の事業として大正時代の末から測量が始められ、1928(昭和3)年に9月に工事が始まり、33(昭和8)年8月に5ha、約100枚の棚田が完成した。工事が進められるうちに、地元の人々も技術を習得するようになり、地区民総出で工事が進められた。また、灌漑用水工事や約1,500m及ぶ水路の開削工事も進められた。
農林水産省は、99(平成11)年7月、文化的遺産や国土保全、動植物生態系の維持などを果たしていると評価し、坂元棚田を「日本の棚田百選」に認定した。
すでに稲刈りが終わったろころも。
しかし、地区は現在、平均年齢68歳と高齢化が顕著となってきた。先祖から受け継がれてきた坂元棚田を守っていくために、これまであった組織を発展解消し、今年3月下旬に「坂元棚田保存会」を発足させた。
保存会では、毎年4月開催の「せせらぎの里坂元棚田まつり」と「棚田オーナー制度」を行うこととなった。6月15日、棚田オーナーを迎えて行われた「田植え体験会」では、あいにくの雨の中、家族連れなど80人が参加し、地元農家らの指導を受けながら苗を1本1本ていねいに植えた。
田植えが終わった6月30日、坂元棚田を訪れた。久しぶりに太陽が顔を見せる天気ではあったが、山に近い坂元棚田は曇っていた。田で作業をする人もいなく、青々とした稲が風に揺れていた。
たわわに実りました。
そして、10月8日、再び、坂元棚田を訪れた。この前の台風13、15号の影響が心配された。倒れた稲穂も見受けられ、すでに稲刈りが終わった田もあったが、坂元棚田は黄金色に染まっていた。
飫肥などの観光のついでに足を伸ばし、坂元棚田を訪れる人が多く、展望台や駐車場が整備されている。平日にも関わらず、展望台では多くの人が坂元棚田を眺めていた。駐車場に車をとめて棚田を歩くと、コスモスが出迎えてくれた。しばらくの間、コスモスと稲穂の風景を楽しんだ。
このところ、事故米問題や食の安全性に関するトラブルや事件が多いが、私たち日本人は主食としている「米」を守らなければならない。棚田オーナー制度を通して、棚田を守っていく取り組みを多くの人に伝えていくことはとても大切なことだと思う。
私たちは、昔ながらの日本の風景を観光として楽しむだけではなく、消費者として米づくりや農業に積極的に関わっていかなければならないだろう。