今の時代、教訓になる昔話がある。
ある日、おじいさんが 山に たきぎを とりに 出かけました。
どれ、そろそろ かえるか。
薪を せおうと チュン チュンと、
おじいさんが おひるを たべた きりかぶで なきごえが します
で始まる日本昔話「舌切り雀」である。
日本昔ばなしアニメ絵本「したきりすずめ」・永岡書店より
覚えておられる方もいらっしゃるだろうが、念のために概略は以下のようになる。
優しいおじいさんは迷子になった、かわいそうな子雀を家に連れて帰りかわいがっていると、意地悪ばあさんは「そんな子雀にやる餌などない」と怒る。ある日お腹をすかした子雀が、洗濯物用に作った「のり」を食べているのを見てカンカンになり、ハサミで子雀の舌を切ってしまった。子雀は泣きながら逃げていった。
おじいさんは「かわいそうに」と子雀を探しに出かけた。牛や馬の足を洗う代わりに子雀の住む竹藪を教えてもらい、やっとお宿にたどり着いた。
喜んだ子雀はおじいさんにご馳走し、お土産に大小2つの「つづら」を持ってきて、どちらか欲しい方を持って帰るようにと言った。おじさんは小さくて軽い方を持ち帰り、開いてみると「宝物」が出てきた。
それを見ていた意地悪ばあさんも子雀のお宿を尋ね、お土産に大きい方の「つづら」を持ち帰ったが、だんだん重くなり、途中で腰を下ろすと蓋が開いて、中からお化けが続々出てきた。
おばあさんはやっとのことで逃げ帰り、それからは欲張らず、意地悪をきっぱり止めておじいさんと仲良く暮らした。と言う話だ。
この話は、明治、大正期の文豪で児童文学者の巌谷小波(いわや・さざなみ)が、磯部温泉の宿に逗留し、この地の伝説を日本伝承五大童話「舌切り雀」として書き上げた。舌切り雀の伝説は各地に伝えがあるが、磯部温泉が「舌切り雀」発祥の地であると、巌谷小波が折り紙を付けたと言われている。
助けたカメに連れられて竜宮城へ行った浦島太郎と同じように、動物報恩譚の一種だが、一方で「欲張ると怖い目に遭う」という教訓でもある。昔は小さいときからこんな話をよく読んで聞かされた。道徳教育の一面でもある。
今も十分に通用する教訓である。この教訓に反して「欲張る」と、失敗する例が多い。
舌を切ったハサミ・舌切り雀のお宿「ホテル磯部ガーデン」展示室(4月18日、撮影矢本真人)
既に忘れかけているが、ライブドア事件、村上ファンド事件は「こんなことをやっているんだ」とその手法に驚いたが否定され葬り去られた。
そして今回の金融危機で明らかになった、経営破綻の金融機関、公的資金を注入された金融機関トップの桁違いの高給取り、破綻しかかっている自動車メーカーのCEOの高給。
英国では高給取りの銀行経営者の家が襲われる事件も起きた。薄給の納税者からすれば怒り心頭、許せるモノではない。能力がある、契約だから仕方ないではすまされない。欲張りすぎた責任は大きい。米国では株主代表訴訟が待っているという。
国会議員や官僚の利権あさりも同類だ。
政治資金規正法に反する政治献金を集めて辞任或いは信用を失った政治家も後を絶たない。公的地位にある者は「程々」をわきまえないと、墓穴を掘る。
小沢さんの躓きだって、もらった献金はキチンと報告しているので問題ないと思っているのだろうが、要は形式ではなく、「中身」の問題なのだ。判断を間違えると政治生命を絶たれることになりかねない。
欲張らず「程々に」は負け組の遠吠えと聞こえるか。
ところで、ここ群馬県磯部温泉は、温泉マーク発祥の地としても売り出し中である。磯部温泉の玄関口であるJR信越線磯部駅前ロータリーに日本温泉記号発祥地の碑が建立されている(近くの磯部公園にもある)。
その昔、この地一面は水田ばかりであったが、天明3年の浅間山大噴火で大きな地唸がしたかと思うと、数匁の高さに鉱泉が吹き上げた。以来200余年日本有数の炭酸含有食塩泉として現在も湧出し続けているという(温泉街に通じる広場に掲示された温泉の由来より)。
その由来は、万治4年(1666年)3月25日付け江戸幕府評定所(現在の最高裁判所にあたる)の記録に「上野の国碓氷郡上磯部村と中野谷村就野論裁断の覚」・・・。
つまり現在で言う磯部と中野谷の村境の入会権を巡る紛争・・・の添付図に2カ所の温泉マークが記されている。専門家の調査の結果、日本最古の温泉マークであることが立証された(安中市観光協会、磯部温泉旅館組合 昭和56年12月)。
日本最古の温泉記号建立碑
。群馬県安中市磯部温泉 磯部公園にて(4月18日、撮影矢本真人)
現在の温泉街を見ると、店や旅館類は新しくなったが、スナックは1軒、劇場、ゲームセンターなどの娯楽施設は温泉街からなくなった。
バブル期の団体客向けからバブル崩壊後の家族客への切り替えがうまくいかず、倒産する旅館が温泉地では多数出たが、この温泉地は団体客を受け入れ出来るのは1〜2軒程度だ。組合加入の旅館は8軒で、温泉客数も年間2万人程度で、御多分に漏れず減少傾向にあるらしい。
若者を呼び込める遊ぶ施設が近くにない。旅館での夕食後、外に出てもスナックが1軒ある程度で遊ぶところもない。
「温泉旅館が町を、町が温泉旅館を潤す」その循環が絶たれそうなのだ。数年前にオープンした日帰り温泉施設「恵みの湯」は結構繁盛しているようだが・・・。