本稿は3回に分けて、排出枠に上限を設けることに対する日本での新たな考え方の潮流を紹介しながら、排出量取引の基礎的なところを見ることにより、そのモデルが日本の国際競争力をもつ産業の実態に適合しているのかどうか、さらにはそのような取引の対象を金融商品化することが妥当であるのかどうか、について検討してみたい。
神戸市街(旅客機内より荒木祥、撮影)
1.現状
1997年に発効した京都議定書における日米欧の削減義務については、第1の約束期間である2008〜2012年に、1990年比でCO
2を含む温室効果ガス排出を、日本は6%、アメリカは7%、EUは8%減少させるという内容であった。
この目標の割当が現実的でなかったことは、今や認識されてきている。このことは例えば、本年5月8日にパリで開催された日本政府主催の「セクター別削減ポテンシャルの積み上げに関する国際ワークショップ」の議長サマリーにおいて、「現行議定書における国別総量目標に係る国際交渉において、科学的な知見が十分に活用されたとは言えなかったことが反省点として指摘された」と述べられていることからも分かる。上記「国際ワークショップ」では次のような報告が出ている。
1.地球環境産業技術研究機構(RITE)の試算
削減費用50ドル/トンにおいて、2020年に2005年比での削減率は、日本は約15%、EU27は約20%、アメリカは30%以上となるとする(RITEシステム研究グループ「セクター別アプローチについて」(2008年6月23日)14)。
2.マッキンゼーの試算
40ユーロ以下の対策により、2030年に2002年比での削減率は北米は32%、西欧は33%、日本を含むその他の工業国は7%、世界全体では33%とする(Jens Dinkel, “McKinsey GHG abatement cost curve studies,” Road to G8 Hokkaido Toyako Summit, Incorporate mitigation potential analysis into post-2012 negotiation (2008年6月12日))。
2004年10月の経済産業省・産業構造審議会、環境部会地球環境小委員会『将来枠組み検討専門委員会 中間とりまとめ(案)』では、
日米欧のCO排出削減の平均費用(ドル/トン)
2010年 日本180、EU130、米国60
2020年 日本145、EU75、 米国120
2050年 日本145、EU80、 米国14
と試算していた(「気候変動に関する将来の持続可能な枠組みについて」図)。
これらの試算に見られるように、削減費用が比較的低いところにおいては日本の削減ポテンシャルは欧米に比べて少ない、すなわち日本の削減費用は比較的高い領域にある。削減費用の高さはそれに対するそれまでの投資に対応しており、例えば、OECD諸国のエネルギー分野への研究開発投資がGDPの0.03%以下であるのに対して、日本では0.08%であることなどに示されている(2004年10月 経済産業省・産業構造審議会 環境部会地球環境小委員会『将来枠組み検討専門委員会 中間とりまとめ(案)』「気候変動に関する将来の持続可能な枠組みについて」図、Energy Technology Perspective 2008 − Scenarios and Strategies to 2050 (IEA, 2008).)
2008〜2012年に国内的な努力だけで削減義務を達成することができなければ、その不足分は他から京都メカニズムといわれる排出量取引等で排出枠を調達することでまかなう必要がある。
日本の現状は、2006年に温室効果ガスの排出が13.4億トンであって1990年比で6.4%増加しており(2007年11月 経済産業省環境経済室「京都議定書の目標達成に向けて−京都議定書目標達成計画の見直し−」)、分野別には産業部門からの排出は5.6%減少しているが、業務部門は42%、家庭部門は30%と民生部門が運輸部門と共に大幅に増加している。
これに対して、政府の計画は全体として国内の排出削減で7.0%、森林吸収で3.8%、京都メカニズムで1.6%という内訳で6%の減少義務に対応していこうというものである。
2008〜2012年にEUが京都メカニズムで排出枠(クレジット)を購入することはないと見られている。
一方、日本での排出枠の取得予定量は、2008〜2012年の間に電気事業連合会が約1.2億トン、日本鉄鋼連盟が約0.44億トンであり(経済産業省・環境省「2007年度 自主行動計画 評価・検証結果及び今後の課題等(追補版)」(2008年5月)U.3)、日本経済団体連合会の業界では計2.1億トンが契約済みであるとされ(日本経済団体連合会「地球温暖化防止に向けた産業界の取り組み −世界最高効率の達成を目指して−」(2008年6月17日))、これ以外に上記の国としての枠1.6%の5年分の約1億トンが必要である。
1トンの価格を15〜30ユーロとすると、これらの費用はおおよそ8000億円から1兆6000億円と試算される(内閣・地球温暖化問題に関する懇談会・第2回(2008年4月5日)三村明夫委員)。なお、2010年の目標においては、産業界の自主行動計画における京都メカニズムの使用を2.6%としている(経済産業省「長期エネルギー需要見通し」2008年4月5日)。
後述するように、日本として2020年には現状から14%削減するという目標であるが、そのためには国内で52.3兆円の費用が必要であるとされ、そのうち7割以上が家庭とオフィスにおけるものである(企業が25.6兆円(工場3.7兆円、オフィス等17.2兆円、発電所等4.7兆円、家庭が26.7兆円(住宅12.2兆円、家庭機器設備8.8兆円、自動車5.7兆円):経済産業省「長期エネルギー需要見通し」2008年4月5日)。
排出量取引については本年6月9日の福田首相のいわゆる「福田ビジョン」(『低炭素社会・日本』をめざして」)において政策的に方向付けがなされており、7月29日に閣議決定された「低炭素社会づくり行動計画」において10月を目途に試行が開始される。
「福田ビジョン」では、「国全体を低炭素化へ向けて動かすための仕組み」として、【排出削減の実際の担い手は民間であることを考えるならば、CO
2に取引価格を付け、市場メカニズムをフルに活用し、技術開発や削減努力を誘導していくという方法を積極的に活用していく必要】があり、【EUでも、2005年から域内排出量取引制度が始まっていますが、我が国としても、いつまでも制度の問題点を洗い出すというのに時間と労力を費やすのではなく、むしろ、より効果的なルールを提案するくらいの積極的な姿勢に転ずるべき】であるとして、次のように述べている。
【今年の秋には、できるだけ多くの業種・企業に参加してもらい、排出量取引の国内統合市場の試行的実施、すなわち実験を開始することとします。 それは、自ら経験してこそ、排出量取引のルール作りに説得力ある意見を言うことができるからであります。その際、実際に削減努力や技術開発に繋がる実効性あるルールを、そしてまた、マネーゲームが排除される、健全な、実需に基づいたマーケットを作っていくことが重要であると思います。
ここでの経験を活かしながら、本格導入する場合に必要となる条件、制度設計上の課題などを明らかにしたいと考えております。技術とモノ作りが中心の日本の産業に見合った制度はどうあるべきか、その点はしっかりと考えてまいります。 日本の特色を活かせる設計をこの面において行い、国際的なルールづくりの場でもリーダーシップを発揮してまいります】
2.技術革新
地球温暖化の対策にとって、技術革新が必要であることについては異論がない。
山口光恒氏は、1990年比でCO
2を2050年にを半減するためには、現在の技術進歩がそのままであるとすればGDPを79%減らして21%にする必要があり、GDPをそのままにするとすれば技術進歩率を現行の年1.23%から3.86%と3倍以上高める必要があると試算している(RITE DNE 21+ モデルによる。山口光恒 “Balanced Approach to Climate Change, A proposal for effective framework”3.「気候変動に関する中長期戦略国際会議」(2008年7月1日))。
2050年半減が現実にどのような意味をもつかを示すものとして、RITEは、途上国の排出はこのままでいけば現在の3倍になるとされ、現状の排出量の割合はおおよそ先進国で60%、途上国で40%であることから、2050年にたとえ先進国の排出をゼロにしたとしても、途上国だけで2050年に現在の世界全体の124%になり、途上国も63%の削減をしなければ実現しない、と試算する(RITEシステム研究グループ「最新の統計等に基づくモデル分析更新版」(2008年3月7日))。すなわち、EUを含めてその目標は現実的な裏付けをもっていないのである。
ここで技術革新について比喩をもってて説明してみよう。アメリカの東海岸から西海岸まで直線距離約4千km、アメリカ西海岸から日本まで直線距離約9千kmある。馬車と帆船の時代に、これらを平均時速40km(それぞれ4.2日間と9.4日間)で移動するという目標が立てられたとする。
一方、馬車=馬と帆船=風力という技術の延長上にはなく、別の技術革新を行って蒸気機関の動力による汽車や汽船を誕生させたのが非連続的な技術革新である。これらにとって上記の目標は物理的に不可能な数値ではない。さて、ここで新たに上記の速度を2倍にして80kmにするという目標を立てたとしよう。
実際に起こった技術革新は、汽車と汽船の技術の延長上でそれらの能力を究極まで高めることではなく、航空機の出現であった。ここに移動速度の進歩は漸進的ではなく、飛躍的に高まったのである。
現在の温室効果ガスの2050年半減という目標は、人々の生活様式を画期的に質素にするのでなければ、技術的にはいわばライト兄弟たちが出る前に上記の速度2倍の目標を立てたようなものである。
温暖化対策を技術開発政策として見たときに最も重要であるのは、必要な目標が現在の技術の延長上で連続的に達成されるのかどうかということである。連続的であれば、例えば5年毎に削減の数値目標を掲げることが可能である。しかし、2050年の目標までは非連続的であるというのが一般的な見方であり、従来のやり方でも削減余地の大きい当初の間はともかく、いずれ立ち行かなくなることになる。
茅陽一氏は、技術革新の長期性からみて短期的に排出量目標を定めることには意味がなく、中長期的な将来の一定の年の排出量を目標として、それまでの間の計画に基づいて長期的に技術開発を行う方がよいとする(内閣・地球温暖化問題に関する懇談会・政策手法分科会・第1回(2008年5月12日)の提出意見。山口光恒氏の提出意見も同様であり、温室効果ガス濃度には閾値がないので、短期の絶対値目標には意味がないとする)。
また、RITEの試算によると、50年後の排出量目標のみがある長期目標のケースと、50年後の目標は同じであるが10年ごとの短期目標の繰り返しである短期目標のケースを比較すると、短期目標では目先が安価な技術が先行するのに対し、長期目標では長期的には安価となる技術が採用され、かつ削減コストも相対的に低いとする(RITEシステム研究グループの秋元圭吾氏。山口光恒「繰り返すなかれ『京都議定書』の過ち」『諸君』(2007年6月号)に引用).
シュンペーターはイノベーションに関して次のように述べている。【新しい均衡点は古い均衡点からの微分的な歩みによっては到達しえないようなものである。郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによってけっして鉄道をうることはできないであろう】(シュンペーター(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳)『経済発展の理論(上)』(岩波文庫、1977年。原著は1912年刊)180頁)。
3.環境戦争
2050年に世界全体で半減という目標は、現在の先進国における(非連続的なものを含めた)ベスト・シナリオをつなげれば何とか実現できないかという想定に基づいている。国がいくら公式の目標を立ててみても、現実の技術の進歩がその想定どおりにならなければ、どこかの時期で達成できなくなる。ましてや、前述の「低炭素社会づくり行動計画」では、【2050年までに世界全体で温室効果ガス排出量の半減を実現するためには、(略)日本としても2050年までの長期目標として、現状から60〜80%の削減を行う】とある。
京都議定書の政府交渉のときの現実遊離という反省に立って、経済産業省は、(設備のエネルギー効率等の)原単位改善を基本として業種毎の「活動量見通し」を官民共同で策定し、「社会的コミットメント」を設定する「自主行動計画制度」を一案とし、2013年以降この制度をより公的な枠組み(協定等)に移行する可能性についても検討するとしている(経済産業省・地球温暖化対応のための経済的手法研究会「『ポスト京都』における我が国の産業分野を中心とした対策について−中間報告(案)−」(2008年6月26日)4.)。
なお、本年7月9日の洞爺湖サミットの首脳宣言(24)において、【each of us will implement ambitious economy-wide mid-term goals in order to achieve absolute emissions reductions】とある。この仮訳は「排出量の絶対的削減を達成するため、(略)野心的な中期の国別総量目標を実施する」とあるが、これは上記の「社会的コミットメント」のような形式を包含するものであろう。
「福田ビジョン」では、現状から2020年までに14%の排出削減が可能であるという見通しと共に、次のように述べている。
【セクター別アプローチを緻密に適用しまして、その時々に実現していると予想される最も進んだ省エネ、そして新エネ技術を具体的にどの程度導入していくことが可能かについて詳細に検証しまして、削減可能な排出量をひとつひとつ積み上げた結果得られたものです。
コストもかかりますが、このような技術的開発をするというのは、ここまでは可能だという姿を具体的に示した世界初の試みであります。 国別総量目標の設定に当たりましては、こうしたセクター別積み上げ方式についての各国の理解を促進してまいりたいと思っております。具体的には、我が国が行ったようなセクター別アプローチで、各国が実際どの程度削減することが可能なのか分析作業を行って、本年12月のCOP14にその成果を報告するよう、働きかけていくことが必要だと考えております】。
「セクター別アプローチ」という表現は、「技術別アプローチ」というべきものであり、同種の技術で見ることができる分野毎のまとまりがセクターといわれている。
1997年から日本経済団体連合会がまとめてきた「環境自主行動計画」がある。2005年4月に「京都議定書目標達成計画」によって政府の施策・制度として位置付けられ、2008年3月に改定された「計画」において業務・運輸部門も含めた政府による「評価・検証制度」として明確化された(「『ポスト京都』における我が国の産業分野を中心とした対策について」3.(1))。
経団連「環境自主行動計画」では、産業・エネルギー転換部門の84%、総排出量の45%を占める35業種において、2006年度で1990年度比生産活動は11.9%増加したが排出量は1.5%減少し、また製造業28業種においては1.8%減少したという実績をもつ(日本経済団体連合会「2007年度 環境自主行動計画第三者評価委員会 評価報告書」(2008年5月13日))。
この自主行動は、前述の日本のみ膨大な出費を強いられることになった産業界が、自衛のために交渉当局による規制を排除しようとして組織してきたものであると見られる(当時の交渉の実態について、佐和隆光「『ポスト京都』に向けた環境問題の新たな取組」『経(Kei)』2008年1月号、町田徹の“眼” 第20回「洞爺湖サミットで日本は“不平等条約”京都議定書の愚を繰り返すな」(2008年03月14日))。
チェコのクラウス大統領は、今日の自由に対する脅威は、共産主義ではなく環境イデオロギーによる(世界的な)中央集権的な計画体制にあると述べている(Václav Klaus, Financial Times (13 June 2007).)。
きわめて野心的な技術的目標を掲げて遂行していこうとすることは、国際的・国内的に大きな緊張をもたらすものである。現行のような上限数値規制を続けていくとすれば、それはいわば国際的な「環境戦争」となって過去の海軍軍縮会議と似たようなものとなるであろう。「環境戦争」は安全保障に関係する一種の戦時体制になることであるが、上記の経団連の自主行動の動きは、政府の権力の強大化に対して民間が一定の牽制力をもつものとなっている。
1922年のワシントン海軍軍縮条約以来、実際に作戦を遂行する軍令部はその艦艇比率が日本にとって不公平であるという不満をもっていた。(起点を2005年にするとしても)温室効果ガスの排出を2050年に半減するということであれば、これから「環境戦争」を始めることに相当するという現実認識が必要であるが、それを唱えている人達がアメリカのアーミッシュのような伝統的な生活をしているわけでもない。
この辺の責任感の持ち方については危惧があるところであり、日本が(そのような意識もなく)1936年にロンドン海軍軍縮会議を脱退して昭和の動乱に突入していった歴史の教訓は踏まえておく必要があろう。
(つづく)