京浜工業地帯(撮影:荒木祥)
4.削減費用の比較
本年5月19日に、
内閣府・総合科学技術会議が「環境エネルギー技術革新計画」を発表し、温暖化対策のための技術革新施策を述べている。
また、本年3月に経済産業省は
「Cool Earth − エネルギー革新技術計画」を発表し、温暖化対策において日本が国際的に指導性を発揮しようという21のエネルギー革新技術をまとめている。
それらは、2030年までに、または普及時間が短そうなものはその後であっても実用化を期待し、以下により飛躍的な性能の向上、低コスト化、普及の拡大等を図るというものである。
(a) 新たな原理の活用、既存材料の新活用を含めた材料の革新(例:新構造・新材料太陽電池、燃料電池の白金代替触媒等) (b) 製造プロセスの革新(例:水素を還元材として用いる革新的製鉄プロセス等) (c) 要素技術が確立した技術をシステムとして実証(例:二酸化炭素回収・貯留技術)
一般的に、環境の質とそれを向上させるための技術を開発または導入する費用と期間についてはさまざまの態様と段階があるが、いずれにせよ現行レベルより費用は高くなり、また開発の期間を要する。現行体系の技術では排出量を削減することが技術的に限界に近くなっている、または費用がかなり高くなっているところがあり、さらに排出量を削減しようとすれば非連続的な技術革新が必要である。
また、現在実用化しているものであって、それを普及するにはさらにその費用を下げる必要があるものについても、開発の期間を要する。このように、技術開発を伴う環境対策は費用を上昇させるものである。
温暖化対策として常識的に考えられているのは、比較的費用の低いところから対応していくということである。これは経済学でいう効率性の問題である(限界費用均等化原理)。現在EUは、目標達成のための総削減費用を各先進国で同じくすることを公平な責任分担方法として提案しているといわれる(明日香壽川「洞爺湖サミット後の温暖化対策」日本経済新聞 2008年7月17日「経済教室」)。
山口光恒氏は、日本の限界削減費用をEUと同等にすることを含む国際的なスキームを提案している(“Balanced Approach to Climate Change, A proposal for effective framework” 5.2.)。
このアプローチにおいては、各分野における削減費用を民生分野を含めてできるだけ把握することが必要となる
(明日香壽川「セクター別アプローチをめぐる混乱および今後の国際交渉における重要課題」2008年5月24日版)。
最近は、5月8日にパリで開催された日本政府主催の「セクター別削減ポテンシャルの積み上げに関する国際ワークショップ」等の他にも、各セクターにおける削減措置(技術)を削減費用が安い順に並べた調査データがいくつか公表されている(Vattenfall AB, Global Mapping of Greenhouse Gas Abatement Opportunities (January, 2007), Mckinsey & Company, Reducing U.S. Greenhouse Gas Emissions: How Much at What Cost? (December, 2007).)。
5.排出量取引
排出量取引の制度は、排出上限を定めて行うものはキャップ・アンド・トレードの方式といわれる。この取引制度は、アメリカでは石炭火力発電所に対してSO
2について1995年から始められ、またNO
xについて1999年から始められた。京都議定書の交渉では最初にアメリカがこの方式を提案し、当初EUは排出を実質的に減らすことにならないとして反対していた。
EUでは1992年に炭素税が提案されたが(それ以前からいくつかの加盟国は実施していた)欧州委員会が財政を扱うことができないためにEUとしては実現せず、2005年からCO
2の排出上限(キャップ)を課した排出量取引を実施している(EUETS)。
EUETSは、2003年のEUディレクティブ・2003/87/ECにより、2005年1月から実施され、対象はエネルギー(発電等)、鉄鋼、窯業、紙パルプの施設である。CO
2を対象とし、対象施設数は約1万、EUにおける約40%を占める。2005〜2007年は第1期である。
アメリカが京都議定書プロセスから脱退しているので、現在、CO
2に関して排出量取引を実施しているのはEUだけである。なお、マラケシュ合意では「京都議定書は何ら権利・権限(any right, title or entitlement)を生じさせるものではない」と規定する(決定15/CP.7)。
ここで、排出権取引の構造を理解するために次のようなモデルを考えてみる。
ある排出枠の上限があり、実際の排出がこれを超過すると政府がその分に比例する課徴金を課し、達しなければその分に比例する報奨金を与えるという仕組があると仮定する。ここで政府がこれらのことすべてを行う代わりに、課徴金と報奨金を相殺してよいこととしてそれを当事者の行為に委ねることができるとする。
これは形式的には、枠の足らない者が枠の余った者からそれを購入する取引であるように見える。ここで、相殺できずに上限を超えた者に対しては上記の課徴金よりも厳しく罰するルールがあるとすると、上限を超えて枠が不足する者はそれを相殺してなくそうとする。これが排出量の枠の取引の構造である。
排出量取引に関する経済学的な説明は、削減費用が高い排出者は低い排出者から枠を購入し、そのことにより全体の費用が最小化するとする。費用の最小化は政府が費用の小さいところから積み上げていけば原理的に可能であるが、政府が各者の削減費用の情報をもたなくとも(すなわち最初の配分が不適切であっても)、政府による最初の配分の仕方にかかわらず、市場で当事者が自分の費用と市場の価格を比較しながら行動することによって社会的に最適な状態(効率性)を見つけ出すことができるというものである。
排出量の枠の配分については、岡敏弘氏らによる均衡理論からの批判があり、枠を最初に1回配分するだけであれば効率性を満足することができるが、所得分配の公平性のためにその後も再配分を行うことによって効率性は損なわれ、またそもそも市場が不完全であることから効率性は期待できず、そうであってみれば効率性を謳う取引制度は意味をもたないとする(岡敏弘・畔上泰尚・山口光恒「排出権取引は何をもたらすか−EUETSの本質−」環境経済・政策学会、2007 年10月7日)。
環境省も「将来の技術開発の見込みが外れることなどにより、排出枠の需給が逼迫した場合に、生産減少等が極端な形で起こらないような柔軟な仕組みも制度設計の中で検討している(特に「費用緩和措置」)」と述べている(環境省・国内排出量取引制度検討会「国内排出量取引制度のあり方について−中間まとめ」(2008年5月20日)第2章1.(13)、第3章第1節7.)
このような費用緩和措置は効率性を損なうものであり、そのような措置が必要であること自体、その効率性モデルが適合していないことを示している。
排出量取引のモデルは、削減費用を全体で最小化するには、削減を行うのは排出量あたりの削減費用が低い者の方が高い者よりも好ましいということである。排出量取引も、費用が高い者が生産する代わりに費用が低い者から枠を購入することが好ましいということであり、当然そのような取引が成立すると考えられている。
しかし、例えば生産費用のうちエネルギー原料費用の割合が高い産業分野では、原料の燃焼プロセスにおける生産効率やエネルギー効率を高めることによって温室効果ガスの排出を削減し、技術的に高度になることによって一般的にその生産費用と削減費用が高くなっている。
例えば、エネルギー資源の乏しい日本において、石油危機を経て国際競争力をもつために、鉄鋼産業は1973年以来の省エネルギー化のために2005年までに4.5兆円の資金を投入し、その高炉製鉄技術は世界最高水準になっている(政策手法分科会・第2回(2008年5月21日)の関澤秀哲委員)。
さて、所定の排出枠があるとして、上記の企業がその中で利益を最大化しようとするにあたり、削減費用が高くなっているからといってその生産を抑制し、その分の枠を削減費用の低いところから購入しようという意欲は生じない。すなわち、このような供給者である場合に、費用が高いが故に価格の低いところから購入するという意欲があるかという点については疑問がある。これは、排出量取引モデルが想定してい通常の需要者のような場合とは異なるところである。
上記のように、同じ削減量であれば、自国産業の競争力維持やエネルギー・資源安全保障の政策的観点からの判断では、上記のエネルギー効率が高く削減費用が高い企業がそうでない企業に代わって生産をふやすようにするであろう。環境省も、排出枠の価格よりも対策費用が非常に高い技術である場合、これに排出量取引を当てはめようとはしていない(環境省・国内排出量取引制度検討会・第2回 (2008年3月6日)の高橋市場メカニズム室長)。政策としての「エネルギー革新技術計画」等がある以上、当然である。
しかしながら、排出量取引のモデルは、上記のように費用の高低を比較するだけであるため、かえって上記の政策に反する取引を行わせて、削減が進んで削減費用が高い企業の活動を抑制することの方をよしとすることになる。
ここで、上記のように環境目標にかない、また産業政策上好ましいものであっても、その企業・業種に排出枠の上限がかかれば、その活動を制限してより削減が遅れて削減費用の低いところから枠を購入せざるをえないことになる。これが、前述の日本のエネルギー集約型産業による巨額のクレジットの購入であり、前述のように、これは日本の排出枠の配分が適切でないことに由来している。
前述の
「エネルギー革新技術計画」によって、資源エネルギー庁が本年度に約630億円の予算要求をしているが、この資金は上記のクレジット購入と対比して有意義であり、かつ出費も少ない。
削減が進んで削減費用が高い場合、最初の枠の配分が適切であれば排出量取引は行われない(秋元圭吾「排出権取引制度について」(RITE、2007年10月15日)2.(1)。3.4)。一方、枠が適切に配分されていなければ取引が生ずるが、これはその生産抑制によって国内での技術開発投資に回されるべき資金を外国に移転することになる。
上記の取引を必要としない状態と比較して、この取引を行わざるをえない状態はそれを支払う企業の公平性と国の政策の状態を悪化させている。これは、所得分配の公平性の問題を別にしても、資源配分の効率性を価格指標で行うことによる最適性とされるものが、実際には産業政策的な要請とは合わないということである。
このように、最適な配分をしていれば取引をする必要性がないことから、ここでは最初の枠配分の適切さが決定的なものとなる。そこでは、国の将来にとって重要な技術を評価する政策的判断が必要であり、国の中で排出量の目標を分野毎に設定するときにはそれが最も重要となる。これは、日本のみならず他の先進国においても同様である。
日本政府は、前述の
「エネルギー革新技術計画」等において国際的に技術開発のロードマップを共有していくことを提案している。日本の「エネルギー革新技術計画」と同様に、アメリカには“Climate Change Technology Plan”(2006)、EUには“Europe Strategic Energy Technology Plan”(2007)がある。
一方で、排出量取引制度は、削減が遅れて削減費用が低くその枠を売って利益を受ける企業にとって、あえて削減を進めて費用の高い技術開発を促進するようには作用しない。このように、この取引制度は技術開発政策において意義をもたない。
ちなみに、電力や鉄鋼のように設備が数十年間稼働するような産業においては、排出量価格が投資に影響を与えることはないといわれる(政策手法分科会・第1回への山口光恒委員の提出意見)。若林雅代氏・杉山大志氏の研究では、(EUに比べて評価しうる歴史がある)アメリカの排出量取引制度は、既存技術の普及による費用低下には効果があったが、通常の規制を行っていた日本の方がはるかに排出を削減しており、SO
2に関しては1/6程度であるとし、また、取引制度は市場において長期的な経済的誘因を与えるのに充分な価格を形成していないとする(若林雅代・杉山大志「排出権取引制度の実効性に関する事例研究レビュー」(電力中央研究所、2007年3月)3.2.7、3.3.2(6))。
経済産業省は排出量上限を設けるような割当方法をとることには慎重であり、世界トップクラスのエネルギー効率をもち限界削減費用が相対的に高い日本の産業界ではその努力が衡平に報われることが必要であるとして、衡平な物差しとなる「国際的な業種別のベンチマーク」を設定し、原単位の改善をベンチマークとして個々の企業が原単位改善(または総量削減)の目標を設定することを想定している(「『ポスト京都』における我が国の産業分野を中心とした対策について」2.〜5.)
一方、環境省の制度案のオプション4(原単位について企業が責任をもち、活動量の増減については基金などによって別に対応する)は、排出量取引を前提として、世界最高水準の技術・操業を前提とした原単位目標を設定するとある(環境省・国内排出量取引制度検討会「国内排出量取引制度のあり方について−中間まとめ」(2008年5月20日)第4章(1)・(4))。
しかし、世界最高水準の原単位をベンチマークとすることはよいとして、(限界費用が最も高いところを基準に枠を配分して)実際にどのような取引が生じるのであろうか。
さて、限界費用均等化原理の中で、比較的費用の低い分野においてできるだけ多く対策をとっていくことは重要である。ただし、それらは家庭・オフィス(照明・温度調節等)の民生分野や運輸分野(自動車庫等)のように個々の規模が小さく、実際には運営費用の点から排出量取引の対象とされていない。
排出量取引は、そもそも温室効果ガスの排出という経済外部性による市場の失敗に対して、人為的に権利関係を発生させてその外部性を内部化しようとする試みである。その権利関係は政策によって明確に根拠付けられるべきものであるが、排出量取引のモデルは枠の効率的な配分を市場に委ねれば政府の介入を不要とするというものである。
しかし、上記のようにその最初の枠の配分が適切であれば取引の必要性はなく、取引が起こること自体が所得分配の不公平性を生じる。このように、上限設定という政府の強い権限を行使するとすれば、それは技術開発政策によって明確にされるべきものであり、排出量取引の市場に委ねるモデルはそこで当てはまらなくなっている。
排出量取引は、従来のアメリカやEUの例では枠の配分が緩く、生産量が落ちることによる枠の余剰がある、または限界費用が低い段階におけるものであり、上記のような技術開発の問題がまだあまり顕在化していない。 おそらく、この制度のモデルが実際に当てはまりうるのは、比較的費用が低い領域であって、より削減が進んだ既存の設備等を導入すればよいような場合であろう。
これは技術の研究開発ではなく、既存の製品・設備の普及モードにおけるものであり、日本で今秋から排出量取引を試行していくにあたり、(運営費用との比較だけではなく)その制度が他に比較して最も適切であるのはどのような分野・範囲・方法であるのかを検討するために有効なモデル(理論)が必要である。
ジェフリー・サックス教授は、技術政策が重要であるとして次のように述べている。
【経済学者はしばしば二酸化炭素の排出に価格付けをすることがその削減に充分であるかのように語るが、それは正しくない。ヨーロッパの取引制度が排出を削減したのかどうか分からないが、大規模な研究やブレークスルー技術を開発・配備する能力があることを示すことはなかった。取引制度は、周辺的に、石炭とガスのプラントの選択や太陽光・風力発電の導入に僅かばかり影響を与えたかもしれないが、必要なエネルギー・システムの基礎的な革新をリードすることはないであろう】(Jeffrey D.Sachs, “Sustainable Developments:Keys to Climate Protection,” Scientific American (April 2008).)
(つづく)