神戸市街(旅客機内より荒木祥、撮影)
6.金融市場
排出枠取引は人為的に取引を作り出すものであるが、取引市場に関する経済学の考え方は、それが均衡的であるために競争的な市場であることを前提とする。市場で価格発見機能を働かせるには流動性を高める必要があるが、そのためには実需だけでは足らず、市場に仲介者を入れて層を厚くすることが必要であるとする(環境省・国内排出量取引制度検討会・5回(2008年5月9日)平野信行委員、伊藤豊委員。末吉竹二郎氏の意見も同様。『東洋経済』2008年7月12日号)。
排出量取引の2008年度の予測は42億トン、630億ユーロとされる(国内排出量取引制度検討会・5回の平野信行委員提出資料の引用するポイントカーボン社情報)。これについて、従来から排出量取引市場に投機的資金が流入することに対して懸念が高く、世銀の試算によると、世界の排出枠の11億トンの取引のうち実需は9.3%であるとされる(地球温暖化問題に関する懇談会・第2回、三村明夫委員)。「福田ビジョン」においても「マネーゲームが排除される、健全な、実需に基づいたマーケットを作っていくことが重要」であるとしている。
前述のようにほとんどの場合、排出量取引の基礎が妥当でないとすると、上記のような市場の考え方はそもそも成立しないことになる。ちなみに、宇沢弘文氏が排出権について、「あたかも自らの努力で獲得した私的な財産であるかのようにして、マーケットで売買して儲けようという、人間として最低の生きざまです」(『中央公論』2008年7月号)述べているのも、このような構造に対する自然な違和感であろう。
これに対して、金融庁の動きは、日本の金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備として銀行・保険会社グループの業務範囲の拡大を図ることであり、その一環として以下のように銀行・保険会社本体に対して排出権取引を認めている(金融庁「金融・資本市場競争力強化プラン」(2007年12 月21 日)U.2.B)。
本年6月6日に成立した「金融商品取引法等の一部を改正する法律」において、第87条の2の但し書で、総理大臣の認可を受けた場合、金融商品取引所に「算定割当量(注:排出量)に係る取引その他金融商品の取引に類似するものとして内閣府令で定める取引を行う市場の開設及びこれに附帯する業務を行うことができる」として、金融機関に排出量の現物取引を認めている(「金融商品取引業等に関する内閣府令」の第六十八条の第十六号・第十七号に算定割当量の取得・譲渡契約の締結又はその媒介・取次・代理、算定割当量に係る指標先渡取引・オプション取引又はその媒介・取次・代理を規定する)。
これについて、「排出権については、金融商品に近い側面を持つと考えられる」とされている(金融審議会金融分科会第一部会報告「我が国金融・資本市場の競争力強化に向けて」(2007年12月18日)T.1.(3)。金融庁の金融審議会金融分科会第二部会報告「銀行・保険会社グループの業務範囲規制のあり方等について」(2007年12月18日)T.2.(3)も同様)が、その根拠については示されていない。
しかし、別にある「EU諸国では金融機関が排出権のディーリングを行い、収益を上げている。さらに、銀行等及び保険会社が排出権の現物取引に参加できないことが、わが国における排出権取引の活性化の阻害要因になる可能性がある」という説明(金融庁の規制の事前評価書「銀行等の預金取扱金融機関及び保険会社に対する排出権の現物取引等の解禁」(2008年3月3日))が、その間の意図を示している。このように、金融機関による排出量の現物取引や金融商品化は、環境理念とは無関係に進められてきている。
排出量取引は畢竟それ自体がマネーゲームであるといえるので、取引制度を導入するがマネーゲーム化は防ぐということは難しい。ジェフリー・サックス教授は、「排出量取引は、透明でない、政治的である、操作的である。銀行が取引制度を好むのはそのためであり、取引が投資銀行の夢である。」と述べている(“Technology key to convincing China on emissions trading: economist,” ABC News (July 14, 2008). 彼は炭素税の方が良いとする)。
7.オークション方式
一般的には、政府の無償配分における枠配分の不適切性の問題を避けるためには、有償のオークションの方式とすることが最適であるとされる。
実際に、EUは2008〜2012年から有償オークション方式を10%まで認め、2013〜2020年にはその割合を高めていき、2020年には全面的に移行するという方針を本年1月23日に公表している(共同体の温室効果ガス排出量取引制度の改善と拡大に関するEC指令(2003/87/EC)を修正する欧州議会及び欧州理事会指令案(COM(2008) 16 final)(2008年1月23日))。
取引制度においては価格の変動の問題があるので、オークション制度が議論されるのであれば炭素税(環境税)のように定率にして運用しなければ実際的ではない。
オークションによる収入は政府に入るので、政府の現行の財政規模を増大させない(他の税に代替する)という前提であれば、この制度は議論されてよい。温室効果ガスの排出について厳しい規律をもつということであるから、政府の財政規律も同様にきちんとする(例えば、2030年に政府の負債をなくす)という提案があってよいと思われる。次世代に対して責任があるという点では、温室効果ガスの蓄積も政府の累積債務も同様であるからである。
8.途上国
我々は、環境問題に関連しても熱帯林の伐採や生物多様性の問題などがあり、他に世界的に戦争・テロリズム、貧困・飢餓、伝染病・疾病等の問題に対応していかなければならない。いくつかの途上国での内戦や飢餓を生む社会・経済構造は、植民地時代からの宗主国等の大国による政治的・経済的な支配や介入の影響を強く受けており、途上国にとってはそれらの問題の方が環境問題よりよほど比重が高い。
さて、比較的対策のとりやすい費用の低いところから削減努力をするというアプローチをとるとすると、その対象の多くは途上国となり、途上国の排出の割合は全体の大半を占めることになる。しかし、削減費用が同じであっても、先進国よりも所得の低い途上国においてはその負担は大きい。
従って、その削減費用を所得に関する指標(一人あたりのGDPなど)の大きい先進国では大きめに、途上国では小さめに出すような係数で補正して比較するということが妥当であると思われる。このようにして、途上国も削減について努力するが、先進国に比べて削減費用が比較的低いところまででよいとするのである。
ただし、発電・鉄鋼等のように、先進国の企業が技術移転を行い途上国に同様の企業ができていて産業に共通性があり、費用・利益の水準がほぼ同等であって国際的に生産・開発の競争が行われているような分野がある。この場合、先進国と途上国との間に基本的に差異はなく、補正の必要性はないと思われる。
日本・豪州・カナダ・中国・インド・韓国・米国の発電・鉄鋼・セメント等の業種による「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」(APP)があるが、その対象になっているような産業分野がその例である。
9.おわりに
地球環境問題は、人間の技術文明、特に産業革命以来の石炭・石油等の化石燃料に依存する技術の発展によるものである。従って、それを持続可能な形態にしていくことは、我々の技術文明をそのような方向に変革することである。
「低炭素社会」、「炭素に価格をつける」などといわれているが、「有限の資源を用い、地球システムを不可逆的に変化させる技術に依拠する生活様式を費用の高いものにする」ということになる。さらに、この問題は本質的に、そのようなエネルギー・資源を輸入し、国内食糧生産などもそれに依存している国の安全保障の問題である。
戦争と軍縮がさまざまな技術革新を生んできたように、この「環境戦争」も新たな方向の技術革新を促すものであり、これは今後の技術開発競争とその資金調達の戦略課題となる。
ただし、例えばCO2の回収・貯留(CCS) のような技術は、産業革命以来の技術の延長上の発想にある。これに対して、例えば移動というメカニズムについていえば、動物・魚・鳥などの動物の動きに見られるようなきわめてエネルギー効率の良いメカニズムに倣うということであり、そうであれば化石資源をエネルギー源として猛烈にエネルギーを消費してきている技術文明を本質的に克服することになるであろう。
地球温暖化に対する課題がこのような技術文明の革新のための方向づけになるのであれば、それが適正なことであると思われる。