|
5月19日朝8時、東京・竹ノ塚警察に服を血に染めた青年が駆け込んだ。顔見知りの「33歳の男」に殴る蹴るの暴行を受け、4時間も監禁されたという。医師の診断の結果、顔面と左足に全治10日の怪我ということだった。これだけなら、仲間内のトラブルという、世間にはよくある事件に思えた。 男は6月4日、逮捕監禁致傷容疑で逮捕された。しかし事実はそれだけではなかった。私は暴行を受けた27歳の青年に話を聞くことができた。 男は5月19日午前2時頃、足立区の自宅マンション前で待ち伏せしていた。そうとは知らず、27才の生花店に勤める青年は先輩と仕事を終え帰ってきた。すると突然、青年は男に顔面を殴られ、倒れたところをさらに蹴られ、金属バットで脅されて、男の車のトランクに押し込まれたという。車は40分ほど走り、埼玉県三郷市の男の母親が経営するスナックに連れて行かれた。 「俺の女をどこへやった」と、全くの言い掛かりをつけて、ここでも殴る蹴るの暴行を受け、約4時間監禁され、午前6時に解放されたということだった。何故こんな目に遭うのか、さっぱり訳がわからないという。 そもそもこの男とは、勤め先の生花店で顔を知るようになり、親しい付き合いはまったく無いし、暴力団員的な様子から、関わりを持ちたくないと思っていたというが、時々、男から青年の携帯に電話が架かってきていたという。 しかし、3月か4月頃に、突然、夜中の2時頃に青年のマンションにやって来て、部屋に上がり込み世間話をして帰ったという、以後、何度か家に来るようになり、「10年もムショに入っていた」「死んでいるのかどうかを確かめるため、たばこを鼻の下に近付けても、煙が揺れないから本当に死んでいると分かった」とか「死体をドラム缶に入れ、コンクリを詰め込んだ」と、ニヤニヤ笑いながら身振り手振りを交えて自慢げに話したという。 身長180センチ程のガッチリした体躯のヤクザ風の男に、こんな話をされたら、誰だって恐怖感を持つし、関わりを持ちたくないと考えるだろう。これ以後この青年も、携帯に出るのを避けるようになった。しかし却ってそのことが、男を怒らせてしまったのか、冒頭の事件に繋がってゆくのである。 殴っている時の男の表情について、本当に人を殺す時は、こんな恐ろしい眼をするのだろうと感じたという。逮捕から1か月経った現在も、何時か殺されるのではと怯えていた。それには訳があった「1人殺すも2人殺すも同じだ」そう脅されていた、そして、この1人殺すも2人殺すも同じという言葉の意味が分かっていたからだった。 今から16年前、昭和から平成に時代が変わった1989年3月30日、あまりにも残忍な事件が発覚した。 東京・江東区の埋立地から、ドラム缶にコンクリート詰めにされた女子高生(当時17歳)の遺体が発見された。両親ですら実の娘だと確認が出来ないほど、変わり果てた姿だったという。 この事件は「女子高生コンクリ詰め殺人事件」として世間に衝撃を与えた。 殺された女子高生は、昭和63年11月25日の夜、アルバイトから埼玉県三郷市の自宅に自転車で帰る途中、少年Cがバイクですれ違いざま、女子高生を自転車ごと蹴り倒し、後から来た少年Aが言葉巧みに騙して、足立区綾瀬の少年Cの家の二階に連れ込み、41日間も監禁し、翌年の1月4日に命を奪われるまで、少年達によって筆舌に尽くしがたい扱いを受けるのである。 少年4人が逮捕され、わいせつ目的誘拐・略取、監禁、婦女暴行、殺人、死体遺棄罪によって刑事裁判にかけられた。この裁判を傍聴した私は、少年達の所業が明らかになるにつれ、何とも言えない不快感と持って行き場の無い怒りを感じた。そして、傍聴席から4人の後ろ姿を見ながら、ここまで堕ちた者が更正できるだろうかと感じたことを、今でもはっきりと覚えている。 平成元年7月31日、東京地裁で裁判が始まり、論告求刑で検察官は、「犯罪史上においても稀にみる重大かつ凶悪な犯罪」とし「常識では考えることのできない陵辱の限りをつくしている」と述べた。しかし、一審判決が軽いということで、検察側が控訴。平成3年7月12日、東京高裁は主犯格の少年Aに懲役20年、準主犯格の少年Bに懲役5年以上10年以下、自分の部屋が監禁場所になった少年Cに懲役5年以上9年以下、死体遺棄に関与しなかった少年Dに5年以上7年以下の判決が下され、確定した。この少年Bが今回の事件の「33歳の男」である。 私が知っている範囲では、今回の事件で、産経新聞、週刊新潮、週刊文春が、逮捕された男の実名(少年時代と現在の苗字は変っている)を公表したが、それ以外は「男」と表現し実名は出さなかった。 何故なのか・・・少年法である。 少年法61条に「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」とある。 今回のケースでは、33歳の男が今年の5月に引き起こした逮捕監禁致傷事件だけをニュースとして伝える場合は実名を公表しても良いが、16年前の「女子高生コンクリ詰め殺人事件」で有罪の男だったとして、2件の事件を結びつけて伝える場合は匿名にしなければならないことになる。 なにか釈然としないものを感じる。あれだけの事件を引き起こした者が、今また事件を起こしたからこそ、ニュースとして伝える価値がある訳だし、社会不安の解消と注意喚起にニュースの意義があるのだから、匿名であることの利益は、この33歳の男にはあっても、社会にとっての利益になるかは大いに疑問だ。成人の事件は実名が公表されるのが普通である。しかし、犯行を重ねた者が保護されるという法律は、説得力に欠けると思う。 成人としての責任を自分自身で引き受けることによって、この社会生活が機能し成り立っているならば、少年法61条はこのままで良いのだろうか。 「10年もムショに入っていた」と自慢しているこの男にとって、更正の為の10年間は、まったく無駄な時間としか思えない。かつて凶悪な事件を起こしたからと言って、また同じような事件を起こすとは考えていない。しかし、この「33歳の男」にとって、16年前の事件と奪われた女子高生の命の重さをどのように考えているのだろうか。 |