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先月の2月28日は、大徳寺において千利休居士の毎歳忌が厳かに執り行われた日であった。 1591(天正19)年、2月28日、豊臣秀吉の命により死を賜った利休居士の祥月命日に当たる。この毎歳忌は、利休居士の直系子孫である三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)が交代で行う追善釜がかけられる。今年は裏千家宗家が当番であるとお聞きしていた。 午前9時半、大徳寺塔頭(たっちゅう)・聚光院において全国各地から伝統文化関係者が参列。利休居士の遺徳をしのび感謝の念をささげた。 法要のあと、今日庵席のほか2席がもうけられ、約300人の参列者に茶がふるまわれた。私は、直門の会の一会員として三玄院に早朝から水屋つとめをしていた。法要が済んだころ、茶席には客足が多くなり、点前に出る順番が来た。 「大宗匠とお家元ご夫妻がお入りになりました」という声を耳にして先輩に、「どうぞお点前をなさって」と言ったものの、「あなたの番ですよ」と言われ、点前をすることになる。 写真1は淡交社カメラマンの撮影になるものである。正客が千玄室大宗匠、次客は千宗室家元、三客に家元夫人、四客は家元の亡き弟君の夫人である。ご家族でなごやかにひとときを過ごされた。 点前をしているのが私であるが、このときの大宗匠の言葉が今も耳に残っている。 「点前を久しぶりに見たが・・・」ここで、大宗匠の言葉が途切れたように思う。 「…若いねえ」 点前が若い、それは点前が未熟なことを意味する。 利休百首のなかの一首が浮かんできた。 「上手には 数寄と器用と功積むと この三つ揃う人ぞよく知る」(功は積まず、器用でない自分、知っているつもりですけれど) 黙って茶碗を清め、茶を入れ、釜の湯を汲む。 「あなたは、変わらんねぇ」(はい。進歩しないまま来てしまいました。年だけとりました。点前が苦手なのは昔も今も変わっていません) 無言の私は、20代の頃の自分にご指導をいただいた昔が、一瞬よみがえった。点てたお茶は、飲んでいただいたようであった。不加減ではなかっただろうか。 ともかく、利休忌は無事に終り、午後水屋を片付け、私はバスに乗って家路についた。 茶道に携わる者としては、利休忌祥月命日のこの日、ご宗家の皆さま方をお迎えして点前をさせていただいた光栄に、感動を覚えるのであった。 それから、庭にワビスケの種類がいま咲いているので、スキヤを一輪手折り、土壁の下地窓の間に差して写真を撮った。数奇屋という名の椿の花。ありがとう、と心の中でつぶやいた。 つくばいには飼い猫が来て水を飲んでいた。小鳥が持ってきたシダの植物が手水の石に我がもの顔に生えている。猫もわがもの顔にここで水に顔を映しては遊んでいた。 裏千家ホームページ 利休居士毎歳忌 |