東京の両国にある江戸東京博物館で特別展「文豪・夏目漱石」が開かれていますが、それに先立って開会式・内覧会が9月25日にあり、行ってきました。開会式で聞いた主催者側のスピーチは興味深いものでした。この特別展は11月18日〈日)までです。
開会式というと、ある緊張と期待を呼び起こすものです。それも敬慕する漱石先生の未公開資料を含め、一挙に展示される特別展なのです。ご招待状を受け取った時には、感激に震える思いでした。
開会式場の壇上には「東北大学100周年記念、朝日新聞入社100年、江戸東京博物館開館15周年記念」とパネルが掲げられ、その下に大きく「文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし」と印象的なサブタイトルがぐっと引き立っています。
江戸博物館の夜。特別展の開会式・内覧会は夕刻に始まりました(撮影:筆者、他も)。
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ゆっくり観覧できたのが、とてもありがたかった。
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言問橋は、都鳥の歌で京都につながりますね。
博物館の前方の道路側にある記念碑。この地の歴史を教えられる。
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主催の江戸東京博物館から竹内誠館長が最初に挨拶。「東北大学は100周年、朝日新聞社入社100年、という後でわが江戸博物館は開館わずか15年ということで、どうも……」と頭をかかれるそぶりでユーモアたっぷりのスピーチでした。
「漱石の人柄、大きさ、多くの人をひきつける魅力を見ていただきたい。実は、私は漱石については何も分かっておりません。学芸員の2人がすべてやってくれ、ここで私が偉そうにしゃべっているのは彼女たちの受け売りであります」
そこで2人の学芸員を呼ばれ、壇上であらためて紹介されました。なんと、フレッシュな若い女性の学芸員、橋本由紀子さんと金子未佳さん。私は思わず拍手をしましたが、会場の皆さんも家庭的な空気で拍手をなさっていたようでした。物分かりのいいお父さんが娘自慢をしているような趣があってほほえましかったです。
2番目に立たれたのは、東北大学副学長・東北大学図書館の野家啓一館長。漱石が朝日新聞入社第1作の『虞美人草』を発表した明治40年6月3日の新聞コピーを説明されました。
「『虞美人草 一』とある記事の隣に東北帝国大学設立の辞令が掲載されていることからも、漱石と東北大学との深い因縁が……」。漱石の愛蔵した書物3000冊が東北大学にあること、漱石山脈といわれた中の小宮豊隆、阿部次郎が東北大学の教授であったこと、に続けて、漱石研究に貢献のある3人の教授を紹介されました。
3先生が壇上にお上がりになり、深々と頭を下げられました。皆さま篤実な学究の雰囲気をお持ちでした。ただ、漱石文庫を長年丁寧に管理されてきた図書館の館員の方々にも壇上に上がって頂ければ、もっとよかったのにと思いました。
しんがりの挨拶は、朝日新聞社の船橋洋一主筆「生誕や死後を数える例は多いですが、入社100年というのは漱石をおいては他にいない。当時の主筆・池辺三山と漱石は非常に似通った価値観を持っていた。新聞記者となった漱石は社会的なときめきと驚きを日々社会に伝えた。三山と漱石は知的大衆をつくったということです」。(関連記事:
新聞記者になった夏目漱石の「京都」)
簡潔で心のこもった開会式はおひらきになり、あとは特別展の内覧会に移りました。
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「そのこころとまなざし 」。このフレーズが生き生きと感じられるのは、文豪漱石と人間漱石の、ありのままのすがたを見ることができたからでしょう。愛用した着物や家族への書簡のほか、鏡子夫人への結納目録なども貴重でした。他人への情愛ある「父のまなざし」を受けとめることができました。
英国への航路を図にしたパネルや購入した原書の展示もよかったです。ロンドン時代の蔵書500冊を知るにつけ、満足な食事もとらず書物を買い求め勉学に打ち込み、病に苦悩した漱石に涙の出る思いでした。細かい書き込みがあるものは暗い照明のなかで読むのは困難でした。拡大したパネルがあれば有り難かったのにと思いました。とにかく漱石の全容を伝えるのは大事業です。
公式ガイドの執筆もほとんど学芸員おふたりの手になるものですが、辛口の評者の「オリジナルなものでなくダイジェスト。会場の記述にも間違いがかなりあった」との声もありました。しかし、若い世代が漱石にこのような真摯な取り組みを行ったということに、私は驚きを禁じえませんでした。これだけすばらしい資料をふんだんに見せていただいた展覧会に、心から感謝したいと思います。
老婆心から申しますと、「江戸東京博物館、東北大学編」となっている以上、もっと互いに相談をされ、入念にことを運んでほしかったと思います。ガイドブックの「漱石略年譜」は西暦のみで和暦の併用がなく、江戸と銘うっているにしてはキリスト生誕を基にした西暦だけというのはいかがなものか、と思ったのも正直なところです。
拙サイト:
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仙台へ 東北大学『漱石文庫』を訪ねて