トップ > コラム > 金正勲の光州通信 > 悪しき他人本位 大学の病弊が深刻な韓国
コラム

悪しき他人本位 大学の病弊が深刻な韓国

金正勲2008/03/11
大学の諸改革は必然的なものかもしれない。しかし、ある大学では中南米専門家の教授再任の「脱落」について、学生が撤回を求める署名運動に入り、同僚教授らも対応策を考えるなど波紋は広がっている。また別途、自殺する非常勤講師も出るなど深刻な状態も生じている。
韓国 公共 NA_テーマ2
目次
(P.1)大学の民主主義はどうなる
(P.2)非常勤講師の自殺も

悪しき他人本位 大学の病弊が深刻な韓国 | 大学民主化運動が盛んだった朝鮮大学 (フリー素材集より)
大学民主化運動が盛んだった朝鮮大学 (フリー素材集より)
大学の民主主義はどうなる

 李明博(イ・ミョンバク)政権となって、各大学で起こっている変化の動きは注目に値するものがある。ソウル大学をはじめ、韓国の主要大学では教授再任審査を強化し、その基準に達しない教授を大学から退出させる(追い出す)方針を明らかにしている。審査強化による「再任脱落」は、日本での使用者側からの有期雇用契約更新拒否のような状態であり、教職員の退職につながる。

 韓国科学技術院(KAIST)では最近、再任審査申請者6名を、延世大学では5名を基準から脱落させた。そして、梨花女子大学でも脱落者が出ているし、東国大学では学生による教授評価さえ公開し各教授の授業を点数化している。めまぐるしい変化である。

 このような変化の動きは、大学生を指導する教授の研究活動に刺激を与え、また講義にも充実を呼び起こすという点から見て、評価したいところもある。韓国の大学社会では一旦教授になると、定年までの地位が保障されるというのが通例であったからだ。

 ただ、問題はそうした雰囲気が各大学で悪用される余地がある点だ。要するに、大学の管理者(いわゆる当局)を批判する教授や、管理側の言いなりになっていない教授を弾圧する手段として用いられる虞(おそれ)がある。

 良い意味での構造改革は、大学の社会にも適用され、それが教職員や学生らの緊張を高潮させ、大学の発展と繋がれば何よりであろう。さらに大学は未来の人材を養うところで、そのための絶え間ない国際的競争と変化を求めなければならない状況に置かれているので、そのような改革は必然的なものかもしれない。  

 しかし、それが構成員の合意による合理的方法と公正な基準によって進められているのか疑問を持たざるをえない。ある大学の場合は、国際学術誌に論文を掲載しなかったという理由で、1人の教授に再任脱落を決めたというが、どうも納得いかない。その教授は数少ない国内の中南米専門家で、国内学術誌に10編の論文を発表するなど、活発な研究活動をしてきただけではなく、講義評価でも最高点だったというからだ。

 どのような審査基準と評価による脱落であっただろう。契約教授と言っても、業績がよければ再任するのが一般的なことである。一体何が問題だったのだろう。学生らはその教授の再任脱落について撤回を求める署名運動に入り、同僚教授らも対応策を考えるなど波紋は広がっているらしい。何かの働きによる不公正な抑圧の結果ならまさしく不幸なことであるに違いない。

 何より、再任審査は必要不可欠とはいえ、その基準が公正で客観的なものでなければならないのではないか。私立学校法が大学を運営する財団側に有利に変わったと言って、権力を濫用するなら、大学の民主主義はどうなるだろうか。ソウルの名門でもそのようなことが起こっているのだが、韓国の地方大学教授の現実はもっと厳しいものである。

 毎年新入生が減っていることもあって、教授の新入生募集結果を教授評価のバロメータにする学校も現れている。学校側は教授の意見を一切反映せず、学科の重要な案件を勝手に決めることもあれば、一般企業のように勤務時間をチェックするなど教授の人権を厳酷に踏み躙ることさえある。

 健全な批判をする教授や学校側に対立する先生は狙いの標的になり、色々な不利益を受けざるを得ないし、学校側の企みによって同僚からも徹底的に孤立させられるので、本来、大学の主体であるべき教授の教権は侵害されつつある。

 何のための教育であろうか。それで真理探究の場所、大学で人権教育が可能だろうか。はたして人間の可能性と潜在能力を培養するという言葉が言えるだろうか。

(次ページにつづく)
◇ ◇ ◇

ご意見板

この記事についてのご意見をお送りください。
(書込みには会員IDとパスワードが必要です。)

[33134] RE : 疑問
名前:金正勲
日時:2008/03/12 07:59
コメントありがとうございます。
なぜ関連付けているのでしょうか。今の時代に「実用と競争」の言葉自体は、どの政権においても強調されるスローガンだと思います。問題は昨年私学法が再改正されたのですが、それが大学側あるいは使用者側に権力を与え過ぎています。今韓国は教授労働組合も正式に認められておらず、教育現場では教権が侵害されつつあります。そのことについては下の文章を読んでいただければ、十分納得するでしょう。http://blog.mag2.com/m/log/0000235680/108734313.html

ところでその私学法を再改正した主体は、李明博政府を支持するハンナラ党勢力。新政府が登場すると、「実用と競争」という口実を立て、合理的基準と教育哲学のない政策で一貫しています。だから私は「実用と競争」という言葉の意味を論じるわけではない。李政府の教育政策の象徴を表す言説そのものとして解釈してほしいです。
今韓国の状況は「自由競争主義」が「政治的目的」と微妙に絡んでいます。むしろ「政治的目的」下に「自由競争主義」たるものが生み出されていますが、その「政治的目的」が非民主的であるために、学校現場でいろいろなことが起こっています。

周知の通り李明博政府とハンナラ党に対する道徳的評価はゼロ。
講師の自殺は、大学不条理と道徳の欠乏から由来しています。
大学の既得権勢力は現政権と結託しており、道徳的正当性のない政権は傍観するしかない。しかし、大学の病弊も益々進化しています。
[33133] 追加
名前:山口一男
日時:2008/03/12 07:54
最後の「因果関係」云々が不当な非難とならないために意図を明確にします。金記者は「講師の遺書には国内大学の病弊、非常勤に対する不当な待遇、大学教授任用における不条理などの内容が書かれていたという」と書いていますが、私自身韓国人大学院生に聞いたところによると(伝聞で申し訳ないのですが)彼女(自殺した講師)の批判は主に彼女の大学の行政に付いてであり、新政権の行政批判では無かったようなので、このことを政権批判に直接結びつけるのはどうかという疑問から発したものです。その点私の認識が間違っているなら、お教えください。勿論大学の非常勤講師たちの置かれている状況の問題は、わが国にもあり、その待遇改善が重要であるという点なら全く異論はありませんが。
[33131] 疑問
名前:山口一男
日時:2008/03/12 03:22
金記者
  大変失礼ですが、論理が混乱しているように思います。結論である「大学側の方針に逆らう人が不利益を受ける風土、それがその講師を自殺に陥れ、大学内で働く教授を苦しめているわけだ。こういう視点から見れば本質は同様だ思う。それをどう打破するだろうか。ひたすら実用と競争を強調する李明博政府の大学政策に立ち向かう根拠は、ここにあるだろう」ということですが、まず第一点の学問に「実用と競争を強調すること」と「大学の管理者(いわゆる当局)を批判する教授や、管理側の言いなりになっていない教授を弾圧する手段として用いられる」ことを金記者は関連付けていますが、両者は全く異なることと思います。後者は学問の自由への敵対行為ですが、前者は必ずしもそうではありません。また「実用と競争の強調ですが」学問には「基礎部門」と「応用部門」があり、基礎部門に実用性を求めるのは見当違いですが、応用部門に実用性を求めるのは当然です。競争についても、学問の場でどういう競争なら望ましいが、どういう競争は望ましくないとの基準を示すべきです。記者の結論は、競争の導入による自体について「評価したいところもあるが」と一端留保したものの、基準を示さないために結局競争自体が悪いような結論になっています。業績評価が公平でないという理由も「実用と競争を強調すること」とは別の次元の批判でしょう。
  記事を読むと大きな問題は学問の場での「自由競争主義」が問題と言うより、運用についての政治的悪用の問題のような気がするのですが、記者は前者が後者を生み出すことを必然と見ているふしがあります。前者に付いては、学問は市場とは違うので、その原理で議論するのはおかしいのは当然ですが、旧弊を打破し、研究の質を高めるのには、どのような「競争や実用の強調」は良いがどういうものは悪いという、より冷静で決めの細かい議論が必要だと思います。まあ、新政権のやりかたがかなり荒っぽいようなので、学者が戦々恐々としているのはわかりますが。 
  それからある講師の自殺を、新政権の大学行政方針と結び付けているようですが、因果関係はあるのですか? 人の死という尊厳な事実を都合のよいよいに利用していないことを望みます。  

下のリストは、この記事をもとにJanJanのすべての記事の中から「連想検索」した結果10本を表示しています。
もっと見たい場合や、他のサイトでの検索結果もごらんになるには右のボタンをクリックしてください。