「船場吉兆」本店、07年11月19日、大阪市中央区にて山本ケイ記者撮影(「偽装事件に揺れる「船場吉兆」本店
」より)。
◆「偽装」に関心なし
「船場吉兆」がとうとう廃業に追い込まれた。もともと、私は食品偽装には何の関心もなかった。安価な素材を買って上手に調理し(自分でつくるのである)、美味しく食べるのが食通の極意だと思っていたからだ。近所のスーパーで安価な鶏肉は「ブラジル産」となっているが、30%程度の上乗せで買える「国産」を選ぶことはない。国産とブラジル産の味の差は、私の舌では判別できないからである。
◆高価なものは美味しい?
産地が偽装され、高い値段が付けられている食品を美味しいと考えている人たちは、それで満足している。「これは国産の味じゃない」とか「比内鶏でなくブロイラーだ」と消費者が告発して偽装が判明した、などというケースは1件もない。要するに「偽装」で迷惑を被った人は誰もいないわけだ。それなら内部告発で会社をつぶすこともないではないか。
◆社用族がだまされた!
まして「吉兆」など、虚栄心の塊みたいな人たちが行く店である。「値段が高いから美味い」という人たちが、たいてい会社の交際費で利用する。そんな店が偽装で客をだましたところで、だまされた客に同情するつもりは全くない。「ざまあ見やがれ」と思うだけだった。しかし閉店の理由が、客が手をつけないまま残した料理の「使い回し」だということで、ひとこと言いたくなった。
◆太宰治の習慣
使い回し発覚直後の5月6日付毎日新聞は、朝刊のコラム「発信箱」に以下の文章を載せている。
<発信箱:食べ残し=玉木研二(論説室)
大阪・船場の旧家に生まれた4姉妹の物語、谷崎潤一郎の長編「細雪」に料亭「吉兆」は登場する。
世は戦時下。「どうも昨今は、酒も料理もだんだん窮屈になって来ましたが、此処(ここ)の家はいつもこんなに御馳走(ごちそう)が出るんでしょうか」。招かれた客が顔を光らせながら感心する場面がある。
そして今、飽食の世。「船場吉兆」が客の残した料理を別の客に回していた。高級料亭の体裁の裏で焼け跡闇市の雑炊食堂のごときやりよう。いじましいというほかない。
ところで、太宰治が戦前の小品「佐渡」で書いている。
「私は一つの皿の上の料理は、全部たべるか、そうでなければ全然、箸(はし)をつけないか、どちらかにきめている。金銭は、むだに使っても、それを受け取った人のほうで、有益に活用するであろう。料理の食べ残しは、はきだめに捨てるばかりである」
彼の「人間失格」にも「お弁当箱に食べ残しのごはん三粒、千万人が一日に三粒ずつ食べ残しても既にそれは、米何俵をむだに捨てた事になる」というくだりがある。
船場吉兆が太宰を座右の書にしていたとは到底思えない。ただのソロバンずくだろう。高い金払って一杯食わされた客もさることながら、残され、使い回された料理こそ哀れである。私は高級料亭には縁遠いが、会食でやむなく残しても持ち帰り可能な料理は、頼んで包んでもらう。
さて佐渡の太宰。食べきれぬ料理を酌の女性に懇々と勧める。「女は、私の野暮を憫笑(びんしょう)するように、くすと笑って馬鹿丁寧にお辞儀をした。けれども箸は、とらなかった」
◆津軽の旧家の躾け
本名・津島修治の太宰は津軽の大地主の六男だった。一つの皿の上の料理を「全部食べるか、全然箸をつけないか」どちらかにすることは、自分で決めたように書いているが、正確には津軽の旧家の躾けだったはずだ。私自身は、太宰とは対照的な貧乏人の家で育ったが、「手を付けたものは全部食べなさい」と厳しく言われたことを記憶している。太宰の生家でも、私の家でも一皿そっくり残ったものは、他の誰かが食べた。
◆もったいないという生活感覚
ずっと昔から日本人の生活を支配したのは「もったいない」という感覚であった。食べないものは一皿すべて残すのが美風であり、あちこちの皿に手を付けては残すというのは、「食い散らかす」といって下品の極みだったのである。
◆吉兆で残す客のメッセージ
吉兆のような店で、手を付けないで一皿残す客は、「これは次の方に食べてもらって下さいよ」というメッセージを発したことになる(毎日の玉木氏の見解と異なるが……)。客の要望に沿うような形で、「使い回し」の習慣ができたのではないか。「吉兆」は、料理人で文化功労者だった故・湯木貞一氏が1930年に大阪市で創業した店である。時代背景から見れば、この伝統が成立・支配したのは不思議ではない。
◆「消費は美徳」の時代
資料を見ると「消費は美徳」という言葉がつくられたのは、1959年だったという。しかし、言葉は登場と同時に普及するのではない。普及しても、それが「生活感覚」として支配するのは、その先のことである。少なくとも1960年代まで、日本人の生活感覚は「もったいない」だった。70年代の石油危機に直面して「浪費を慎もう」というキャンペーンが展開された。
◆伝統を断ち切れなかった?
消費どころか浪費さえ「美徳」扱いとなったのは80年代で、バブル経済とリンクした現象だったように思われる。その時代の転換の中で、「使い回し」の習慣を改めなければならなかったのであろう。しかし老舗であればあるほど、伝統を断ち切ることは難しい。
伝統を断ち切れなかったという「過失犯」の方が社会的非難も、そして客足への影響も大きく、ついに廃業となった。「故意犯」である偽装だけなら何とか乗り切れたのに……というのは皮肉なことである。
◆天声人語の非難
5月6日付「朝日」の天声人語は
<高級料亭「船場吉兆」で、また醜聞が噴き出した。客の食べ残しを別の客に出していたという。思えば料理屋の厨房(ちゅうぼう)は、客の目を隔てた「密室」だ。吉兆に限らず、やろうとすれば難しいことではあるまい。
だが私たちは普段、そんな不実など思いもよらず、料理を口に運ぶ。念を押すまでもなかった「暗黙の信頼」が、ここでも揺れた。まっとうな店への疑心も植え付けたとしたら、船場吉兆の罪は重い。>
と書いている。偽装はともかく、「使い回し」について私は、ここまで非難する気にはなれない。
◆バイキング料理食い散らす日本人
貧乏暮らしなので、どこかに出かけたときはビジネスホテル利用が多いが、ときどき中国・韓国などからの団体客とかち合うことがある。バイキング方式の朝食で同席して、彼らの食事の跡が目に入ると、皿には食べ残しなどない。それに対して日本人宿泊客の残した皿には、食べ残しが山盛りという感じだ。
そういうとき、日本人であることがホントに恥ずかしくなる。