◆朝日の報道にびっくり
8月3日付朝日新聞朝刊を見てびっくりした。
1面左肩に<「天才バカボン」「おそ松くん」/赤塚不二夫さん死去」>の大見出し。しかも<「バカボン」のパパ>と<「もーれつア太郎」のニャロメ>の絵が、それぞれ1段半ずつ、合計3段扱いで目をひいた。
社会面は日曜に掲載している「縁」を休載とし、もちろんトップ記事。評伝を含めて3分の2くらいは赤塚関連記事で埋めた。社会面にも「ひみつのアッコちゃん」「おそ松くん」「ウナギイヌ」などの絵があった。
◆他紙も同様の扱い
「お堅い」ことで知られた「朝日」だけに、このさい脱皮しようと考え、異常な紙面をつくったのではないか? この暑さだから、おかしなことも起こり得るよ……。これが第一感だった。しかし念のため他紙の扱いを見ようと図書館に足を運んだ。驚いたことに、他紙もそろって同じような扱いなのである。
◆40年前の記憶
記事を読んでいくうちに思い出した。私がいちばん赤塚ギャグを耳にしていたのは、もう40年も以前のことになる。1968年から2年近く、大阪で「大学担当」つまり「紛争担当」をしていた。記者クラブにいた若い記者たちが「シェー」とか「ケムンパス」とか意味不明のことを言い合っていた。
当時は、私も若い記者の1人だったが、ついにマンガ誌を読むことはなかった。どう考えても「大人がマンガを読む」というのは、私の美学に反する。「若者文化を知るため」とかいう無理な理屈をつけてまで読む必要はない、と考えたのである。
◆「赤塚ギャグに埋まった青春」を過ごした人たち
しかし全共闘世代=団塊の世代が、赤塚ギャグのファンだったのは、よく分かっていた。
どうして赤塚不二夫死亡記事があんなに大きな扱いとなったのか? その理由は、いま新聞づくりの現場でトップにいる人たちは、「ポスト団塊」と言うべき世代の人たちで、そろって赤塚不二夫がいる青春時代を送った人たちだ、ということではないか。そうとしか考えられない……。それが私の推測であった。
◆4日付「天声人語」
それを確信に高めてくれたのが、翌4日付「朝日」の天声人語だった。
<赤塚ギャグで育った世代としては万感の「シェー!」で送るしかない。>と書いている。「シェー!」は、私には分からない。<仲間内にしか通じない文章では困る。赤塚ギャグを知らない世代にどう伝えるか、きちんと書いて欲しい>と異議を唱えたい。以下、天声人語(朝日社内風に「天人」と略そう)の文章、私の異議という対話を試みる。
◆落語調はいけないの?
天人<ところ構わず出てくるおかしな脇役と、めちゃくちゃな展開に笑い転げた><それまでの漫画がのんびりした落語調なら、急テンポのドタバタ映画。>
異議<落語の世界では、「笑わせてばっかりは下品な芸として軽蔑された。客に笑いを強制するのではなく、客を話に引きずり込んだうえで客が思わず笑うという展開が理想とされた。それこそが「芸」だったのである。
◆細分化された時間のデメリット
下品な芸の時代、さらには芸がないことで笑わせる時代を切り開いたのが、赤塚でなかったか? 時間はどんどん細切れになり、ついには「ひとつのテーマについて3分以上継続して考えることができない(官僚のレクチャーを3分以上聞き続けられない)」田中真紀子まで出てくる。そういう時代をつくった>
◆日本の元気をもたらした
天人<スピード感あふれるナンセンスは、60〜70年代の日本の元気にも共鳴した。><映画監督の伊丹十三さんが赤塚さんのすごいところとして、「世の中の方が彼のマンガに似てくるもんネ」と核心に触れたのは33年前だ。壊れっぷりに拍車がかかる社会を残し、昭和を「線」で笑わせた鬼才が旅立った>
◆反体制でも体制でも、大勢なら
異議<人生はしょせんナンセンス。全共闘でもベ平連でも思いっきり暴れ、そのエネルギーをそのまま会社人間として発揮したのが団塊の世代。皮肉に言えば「反体制でも体制でも、大勢に従う人間は良い人間だ」ということにでもなるだろうか。80年代まで続いた日本「元気」は「無思考の元気」だった。
◆日本を壊す元凶となった?
その元気さこそ、いま日本を壊す元凶となった(この点は天人も認めている?)。「ある面での成功は、他の面での失敗である」とか「勝って兜の緒を締めよ」とかいう、しっかりした考えは消え失せた。バブル経済がもたらした繁栄に、誰もが浮かれ立った。
◆北野たけしにも似てきた世の中
世の中は赤塚マンガに似てきただけではない。北野たけしのギャグにも似てきた。たけしが「赤信号みんなで渡れば怖くない」のギャグを流行らせたのは80年。翌81年「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」がつくられた。「靖国参拝」は「赤信号」だったのである。みんなで渡っているうちに、首相自ら断行しようという小泉純一郎が出てきた。
同じころ北野たけしがつくったギャグ「寝る前に、きちんと絞めよう親の首」も、いまや時代の精神となろうとしている。>
◆メディアの虚像に従って生きた?
各氏の評伝を読むと、「長嶋茂雄をやってる」と同じ意味で「赤塚不二夫やってる」人だったように思える。つまりメディアの期待どおりに行動するということだ。メディアによって虚像の「優等生」とされたのが長嶋。その対極にあるの虚像の「劣等生」とされたのが、赤塚ということである。
いまメディアの世界で生きるということは、「虚像」をつくらせて、それに従うということらしい。私が一番やりたくないことである。