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コラム

赤塚不二夫氏を悼む

田中良太2008/08/07
赤塚不二夫の死去を朝日新聞が1面に3段見出しと大きく報じたのでびっくりしたが、他紙も同様の扱いだ。新聞づくりの現場のトップが「ポスト団塊」というべき世代で、彼らの青春は赤塚とともにあったからだと理解した。赤塚は60年代から80年代まで続いた日本「元気」の送り手の1人だった。その「元気」は体制も反体制もない「無思考の元気」で、これが今の日本を壊す元凶となったのだが。
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 ◆朝日の報道にびっくり
 8月3日付朝日新聞朝刊を見てびっくりした。

 1面左肩に<「天才バカボン」「おそ松くん」/赤塚不二夫さん死去」>の大見出し。しかも<「バカボン」のパパ>と<「もーれつア太郎」のニャロメ>の絵が、それぞれ1段半ずつ、合計3段扱いで目をひいた。

 社会面は日曜に掲載している「縁」を休載とし、もちろんトップ記事。評伝を含めて3分の2くらいは赤塚関連記事で埋めた。社会面にも「ひみつのアッコちゃん」「おそ松くん」「ウナギイヌ」などの絵があった。

 ◆他紙も同様の扱い
 「お堅い」ことで知られた「朝日」だけに、このさい脱皮しようと考え、異常な紙面をつくったのではないか? この暑さだから、おかしなことも起こり得るよ……。これが第一感だった。しかし念のため他紙の扱いを見ようと図書館に足を運んだ。驚いたことに、他紙もそろって同じような扱いなのである。

 ◆40年前の記憶
 記事を読んでいくうちに思い出した。私がいちばん赤塚ギャグを耳にしていたのは、もう40年も以前のことになる。1968年から2年近く、大阪で「大学担当」つまり「紛争担当」をしていた。記者クラブにいた若い記者たちが「シェー」とか「ケムンパス」とか意味不明のことを言い合っていた。

 当時は、私も若い記者の1人だったが、ついにマンガ誌を読むことはなかった。どう考えても「大人がマンガを読む」というのは、私の美学に反する。「若者文化を知るため」とかいう無理な理屈をつけてまで読む必要はない、と考えたのである。

 ◆「赤塚ギャグに埋まった青春」を過ごした人たち
 しかし全共闘世代=団塊の世代が、赤塚ギャグのファンだったのは、よく分かっていた。

 どうして赤塚不二夫死亡記事があんなに大きな扱いとなったのか? その理由は、いま新聞づくりの現場でトップにいる人たちは、「ポスト団塊」と言うべき世代の人たちで、そろって赤塚不二夫がいる青春時代を送った人たちだ、ということではないか。そうとしか考えられない……。それが私の推測であった。

 ◆4日付「天声人語」
 それを確信に高めてくれたのが、翌4日付「朝日」の天声人語だった。

 <赤塚ギャグで育った世代としては万感の「シェー!」で送るしかない。>と書いている。「シェー!」は、私には分からない。<仲間内にしか通じない文章では困る。赤塚ギャグを知らない世代にどう伝えるか、きちんと書いて欲しい>と異議を唱えたい。以下、天声人語(朝日社内風に「天人」と略そう)の文章、私の異議という対話を試みる。

 ◆落語調はいけないの?
 天人<ところ構わず出てくるおかしな脇役と、めちゃくちゃな展開に笑い転げた><それまでの漫画がのんびりした落語調なら、急テンポのドタバタ映画。>

 異議<落語の世界では、「笑わせてばっかりは下品な芸として軽蔑された。客に笑いを強制するのではなく、客を話に引きずり込んだうえで客が思わず笑うという展開が理想とされた。それこそが「芸」だったのである。

 ◆細分化された時間のデメリット
 下品な芸の時代、さらには芸がないことで笑わせる時代を切り開いたのが、赤塚でなかったか? 時間はどんどん細切れになり、ついには「ひとつのテーマについて3分以上継続して考えることができない(官僚のレクチャーを3分以上聞き続けられない)」田中真紀子まで出てくる。そういう時代をつくった>

 ◆日本の元気をもたらした
 天人<スピード感あふれるナンセンスは、60〜70年代の日本の元気にも共鳴した。><映画監督の伊丹十三さんが赤塚さんのすごいところとして、「世の中の方が彼のマンガに似てくるもんネ」と核心に触れたのは33年前だ。壊れっぷりに拍車がかかる社会を残し、昭和を「線」で笑わせた鬼才が旅立った>

 ◆反体制でも体制でも、大勢なら
 異議<人生はしょせんナンセンス。全共闘でもベ平連でも思いっきり暴れ、そのエネルギーをそのまま会社人間として発揮したのが団塊の世代。皮肉に言えば「反体制でも体制でも、大勢に従う人間は良い人間だ」ということにでもなるだろうか。80年代まで続いた日本「元気」は「無思考の元気」だった。

 ◆日本を壊す元凶となった?
 その元気さこそ、いま日本を壊す元凶となった(この点は天人も認めている?)。「ある面での成功は、他の面での失敗である」とか「勝って兜の緒を締めよ」とかいう、しっかりした考えは消え失せた。バブル経済がもたらした繁栄に、誰もが浮かれ立った。

 ◆北野たけしにも似てきた世の中
 世の中は赤塚マンガに似てきただけではない。北野たけしのギャグにも似てきた。たけしが「赤信号みんなで渡れば怖くない」のギャグを流行らせたのは80年。翌81年「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」がつくられた。「靖国参拝」は「赤信号」だったのである。みんなで渡っているうちに、首相自ら断行しようという小泉純一郎が出てきた。

 同じころ北野たけしがつくったギャグ「寝る前に、きちんと絞めよう親の首」も、いまや時代の精神となろうとしている。>

 ◆メディアの虚像に従って生きた?
 各氏の評伝を読むと、「長嶋茂雄をやってる」と同じ意味で「赤塚不二夫やってる」人だったように思える。つまりメディアの期待どおりに行動するということだ。メディアによって虚像の「優等生」とされたのが長嶋。その対極にあるの虚像の「劣等生」とされたのが、赤塚ということである。

 いまメディアの世界で生きるということは、「虚像」をつくらせて、それに従うということらしい。私が一番やりたくないことである。

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[36197] この記事は赤塚不二夫氏の「弔文」として成立していないのでは!?
名前:佐藤弘弥
日時:2008/08/07 16:54
田中良太 様

釈迦に説法。失礼なことを申し述べます。この記事は、少しも「悼む」という内容の記事になっていないのではないでしょうか。少なくても朝日の記事を最初にあげての反論記事(?)のように見えますが、ここからは、赤塚不二夫の生涯は少しも見えて来ません。

「悼む」という記事であれば、故人赤塚氏の生み出したものについて、時代にもたらした功罪を論じ、その上での自分が赤塚氏の人生に思うことを述べて、野辺送りをするというのが、常道ではないでしょうか。自分が分からないあるいは、その価値を理解できない存在を、朝日の「天声人語」を相手にして、あれやこれやと反論を述べたところで、受け取る側としては何を言いたいのか、となってしまいます。

私は赤塚氏の存在というものは、日本人の集合的無意識を体現しているのではと思います。とかく天才というものは、時代を先取った破天荒な存在として登場しますが、赤塚氏ももしかするとそのような人物かもしれません。それは田中記者が、引用した伊丹十三氏の「世の中が彼のママンガに似てくる」という言葉に見事に表現されていますね。しかし田中記者が洩らした第一の「反体制でも体制でも、大勢に従う人間は良い人間だ」とか、第二に「団塊の世代の元気さこそ、日本を壊す元凶となった」という論理は、まったく理解できませんね。

そこからいきなり今度は、赤塚批判から北野たけし批判となり、テレビに収れんしていますが、時代の神さま(日本人の集合的無意識)が赤塚という存在をもって社会にもたらそうとしたことは、世の中をとにかく「明るくすること」だったのでは。

一方、北野たけしというキャラクターが世に持て囃されるようになった社会的背景としては、物質的に絶頂を誇るようになった豊かな日本社会にある狂気(暴力も含む)や不安をブラックギャクを持って棘のある風刺すること。だからこそには当然、悪役らしい悪役の登場しないほのぼのとした赤塚マンガのギャクとは、まったく違うものが底流に流れています。それは時代の要請の違いとも言えるのではないでしょうか。

それを同じテレビという括りで、批判したところで、赤塚論にも、たけし論にもなりません。二人ともテレビの寵児ではあったが、社会的に見て、そこからかけ離れた日本の世相や文化の底流を構成する存在です。最後に記された長島論(メディアの期待通りに行動する優等生としての虚像)、そして赤塚論(長島の反対の虚像の劣等生)もまったく、理解できない。これは長島茂雄氏と違って、赤塚氏は、メディアの期待通り動かないということを言われているのでしょうか。そうだとしたら、ずいぶん一方的な決めつけですね。私には見当違いをされているようにしか思えません。

もちろん個人の自由と言われればそれまでですが、故人に対し、「悼む」文章(弔文)などを公にする時には、故人の名誉ためにも、作品や人柄にも触れ、しかも故人に対する深い労りをもって書くべきではないでしょうか。
[36188] この記事に納得しました。
名前:大沼裕人
日時:2008/08/07 12:59
僕らは「天才バカボン」を見て育った世代なので、新聞の扱いの大きさ(情報量)や、それを分析されたこの記事内容にも、違和感は全くありません。

テレビ媒体で『赤信号みんなで渡れば怖くない』なんて言うのをかました奴は、『敵千人あれども我逝かん』の精神からは程遠い腐った考え方を垂れ流しましたね。私のときの何人もの学校教師は「テレビなど馬鹿になる道具だ!」を説法されていました。それは正しかったと思います。

なお、↓のようなコメントを書くような連中はどこにでも居るもので、あまり気にしないほうがよろいしかと。
[36185] やりなおし
名前:井之上文
日時:2008/08/07 12:05
これはあまりにも分析不足、やっぱり知らないものが無理やり記事書くとこうなっちゃうね。 


新聞記者と市民記者のちがいかなァ〜。


国民に愛されてるものと嫌われてるものには、似て非なる違いがありますよ。



バカボンのパパは好きでも、総理大臣は大嫌いだよ〜。
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