トップ > コラム > 東京モザイク > 第3回 日暮里の商店街 万華鏡のぞくような多面性
東京モザイク 木村雨音、東京商店街をいく

第3回 日暮里の商店街 万華鏡のぞくような多面性

木村雨音2008/08/26
日暮里は何度か訪れると分かってくるのだが、多面的な表情を持つ面白い街だ。問屋街、韓国人と町工場、寺町、そして繁華街。まるで、子どもの時の万華鏡をのぞいたように、ささやかで繊細な模様が次々と現れる。
東京 街 NA_テーマ2
 小さいころ祖母が鏡を三角柱に貼り合わせた万華鏡を作ってくれた。中に花びらを入れて回すと、ささやかで繊細な模様が次々と浮かんだ。このイメージは日暮里の印象と重なる。くすみがかったような地味な街には場所ごとに少しずつ表情を変える多面性がある。問屋街の顔、韓国人と町工場の顔、寺町の顔、そして繁華街の顔。

 この乙な魅力は何度も行ってみて発見するものだ。幼い私が万華鏡の世界にすぐ飽きたように、この街の面白みを発見できてない人は多いと思う。

第3回 日暮里の商店街 万華鏡のぞくような多面性 | <center>谷中霊園で迷子になりかけたので、駅を見つけて嬉しかった</center>
谷中霊園で迷子になりかけたので、駅を見つけて嬉しかった
 まずは繊維問屋街に向かう。母に連れられて来たことがある。全国から手芸好きが集まる場所だ。ここのルーツは一度使った繊維製品、つまりはボロぎれを集めて製紙工場へ卸すウエイスト業だ。日暮里に集積していた業者が徐々にハギレを扱うようになり、戦後小売を始めるようになったそうだ。

 店頭の段ボールに積まれたハギレやレース、きらきらかわいいボタンに、500円もしない激安服。普段手芸はやらないが、ここに来て何か作りたくなった。ボタンでブレスレットを作ることを思い立ち、悩みに悩んでボタンを選ぶ。金具もそろえて800円なり。店員さんが作り方も教えてくれた。誘惑に負けても痛手にならない値段ゆえ、ついつい財布のひもをゆるめてしまう。ちなみにブレスレットはその日のうちに完成したが、手を動かすときボタンが邪魔で1回しか使いませんでした。

 さて、問屋街から中に入ると、この界隈で一番好きな場所だ。三河島駅と日暮里駅に挟まれた一帯だ。小さな工場が住宅のあいだに点在し、在日朝鮮人や韓国人留学生が多く住んでいる。

 ここは住人の思いを連想させるから好きだ。中学生たちが朝鮮語でおしゃべりしながらブランコをこぐところや、留学生のカップルが寄り添って歩いている姿を見かけると、彼らの人生を想像してしまう。たとえば、在日の中学生はどういう葛藤を持つだろう、あのカップルはいつまで続くかな、韓国で結婚するだろうかと想像する。彼らの喜怒哀楽がこの一帯には濃くしみこんでいる気がする。

 のんきに想像していると、冷たい一瞥をくらった。留学生の女の子が見定めるように見てくる。日本人だとわかると何かを断ち切るように視線をそらした。ここでは韓国人同士の集団ばかり見かける。

 留学生は群れがちで連帯感が強い。異国でプライドと生活を守るのに必死なのだとはわかるが、疎外感と挫折感を持った。この町で私は外部者だという感覚と同時に、以前短期留学した時に日本人と群れてばかりいた不甲斐ない自分を思い出したのだ。

第3回 日暮里の商店街 万華鏡のぞくような多面性 | <center>本当はデジカメで撮りたかった</center>
本当はデジカメで撮りたかった
 そんなとき上を見ると、開放的な夕暮れ空が広がっていた。荒川を連想させるのびやかな空だった。その気持ちのよさに救われた。美しい時間を共有しているよろこびが圧倒的で、いやな気持ちをぬぐってくれた。

 地名の由来は「新堀」という名前に「日暮里」という字が当てられたそうだ。「ひぐらしの里」となったのは一説では日暮れ時が美しいからだとか。また谷中銀座へ行く階段は「夕焼けだんだん」と名づけられている。

 一日の仕事を終えて片付けでもしながら夕暮れを迎える。分け隔てない恵みがこの街のすこやかな雰囲気を保ってきたのだと思う。

第3回 日暮里の商店街 万華鏡のぞくような多面性 | <center>夕方7時の日暮里駅前</center>
夕方7時の日暮里駅前
 感動しながらそろそろ帰ろうかと駅に向かうと、駅前もまた魅力的だった。向こうに見えるマンションとモノレールの明かり。低層の古びたビルとのコントラストは日暮里の新しい表情だ。ふくらはぎを蚊にくわれながらスケッチをとり、赤くなった足で電車に乗った。


ご意見板

この記事についてのご意見をお送りください。
(書込みには会員IDとパスワードが必要です。)

メッセージはありません