男子マラソンで優勝したサムエル・ワンジル(AFLO)
◆高校駅伝「花の1区」3連勝の勲章
ワンジルは2002年来日して、仙台育英高に留学した。それまでは「駆けっこが速い少年」程度だったが、高校駅伝の1区(10km=「花の1区」と呼ばれる)を3年連続で走り、3年ともトップで区間賞を獲得した。高3のときには区間新を出した。
◆瀬古利彦が前例だが……
「花の1区」を3年連続して走るのは、日本の長距離走者の「登竜門」というべきコースで、前例として私が知っているのは、1970年代前半の瀬古利彦(四日市工業高)だけだ。瀬古の場合でも、2年、3年のとき区間賞だったが3連勝とはいかなかった。「花の1区3連勝」は、ワンジルがいかに優れた素材だったかを示す記録だ。
◆実業団でも活躍
同高を卒業した05年にはトヨタ自動車九州に入った。11月の九州実業団毎日駅伝で、トヨタ自動車九州チームは、12連覇を狙った旭化成を破り、初優勝したが、その原動力がワンジルだった。
◆初マラソン初優勝
初マラソンに挑戦したのは07年12月の福岡国際だったが、2時間6分39秒の大会新で優勝した。今年4月のロンドンマラソンではケニアのマーティン・レルに優勝を譲ったが、2時間5分24秒で2位だった。ハーフマラソンで58分33秒の世界記録を持つスピードが特長で、北京五輪の勝利は「順当」というに尽きる。
◆先輩にワキウリ、ワイナイナ
「日本育ちのケニア選手」としてはソウル五輪(1988年)銀のダグラス・ワキウリとアトランタ(96年)銅、シドニー(2000年)銀のエリック・ワイナイナがいた。ともに高卒後来日、日本の実業団で活躍し、世界と戦える力をつけた。高校から日本で指導されたケニアの五輪マラソン選手はワンジルが初めてだ。
◆冷淡だったテレビ
「日本」となれば、何ごとでも大喜びするテレビの五輪番組が、ワンジルについては「冷淡」と思えるほどのトーンだったのは何故だろうか。ワキウリ・ワイナイナ・ワンジルと並べてみると、日本のマラソンランナー育成は、世界でも一流ということになる。「日の丸」は上がらなくても、胸を張っていいことだろう。そうならない原因は国籍(端的にいえば「日の丸」)にあるということなのだろうか。
さすがに25日付朝刊では朝日・読売とも「日本育ち」を見出しにとっていたが、それが正常な感覚だろう。
◆プロランナーの道をスタート
ワンジルは先月末、トヨタ自動車九州に退職通知を提出したが、円満退社ではなさそうだ。今月13日、大分県宇佐市に設立されたスポーツマネジメント会社「HERMIT(ハーミッツ)」が、ワンジルとマネジメント契約を結んだと発表したという。
◆「意地悪」はやめてほしい
同社によると、ワンジルはマラソンに専念できる環境を希望しており、今後は日本国内でスポンサーを募り、プロランナーとして活動するという。ワンジルのスポンサー企業が集まらないなどという事態にはならないようにしてほしいものだ。それこそ日本人の「心の狭さ」を示すものだろう。
◆大歓声あびたビリの佐藤
このマラソンを完走した選手の中で最下位が、日本の佐藤敦之。2時間41分台で76位だった。佐藤がメーンスタジアム「鳥の巣」に入り、トラックを走っている間、観客からの激励の声が続いた。マラソンでビリになったランナーが大歓声を送られるというのは、どうやらどの国でも同じことのようだ。
◆日本人の反中国・反韓国感情こそ問題
一部には、中国人の日本への反感を書きたてていたメディアもあったが、あの場面をテレビで見ていて、騒ぐほどのことではないと思ったがどうだろうか? そんなことより、日本人の反中国、反韓国感情の方が問題ではないか。
キューバ対韓国となった野球の決勝戦で、私の知り合いはほとんどが、「キューバ勝て」だった。キューバに親近感があるのではなく、単なる韓国嫌いなのである。こんなところに人々のホンネが出てくる。「近隣の国と仲良く」が通じない日本は、いったいどこへ行ってしまうのか心配だ。
◆フェルプスとボルトのオリンピック
記録面から北京五輪を見ると、米国のマイケル・フェルプスとジャマイカのウサイン・ボルトのオリンピックだったという印象だ。水泳での金メダル8個・前大会と通算で14個というのも、陸上100m、200m、400mリレーの短距離3種目を、すべて世界新で完全制覇したというのも、ともに素晴らしい記録だ。
◆「人間潜水艦」「シンカンセン」?
1948年ロンドン、52年ヘルシンキの1万mで連覇、ヘルシンキでは5千m、1万m、マラソンの3種目に優勝したエミール・ザトペックは「人間機関車」といわれた。2人を讃える同じような称号は? 「人間潜水艦」と「人間シンカンセン」だろうか。
◆ボルトのスピードも自転車並みだが……
ちなみにボルトの200m19.30秒という記録は、時速に換算すると約37.3キロ(もちろん連続して走り続けることは不可能だから、計算上の数値にすぎないが)。新幹線どころか、普通の電車にも及ばない。「自転車並み」というところらしいが。
◆「ミラクルボディー」
五輪開始直前の6日夜「NHKスペシャル/ミラクルボディー/世界最強の男たち」というテレビ番組を見てしまった。
主役の1人がフェルプスで、強さの秘けつ・潜水が紹介されていた。スタート直後とターンのたびにどの選手も潜水するのだが、フェルプスの潜水は深く、かつ距離も長い。その間、波の抵抗を受けず速く泳げるから、他選手を引き離せる。その潜水を支えるのが1.93mの巨体。肺活量が大きく、全般的な体力も強い。
◆15歳で世界記録
フェルプスは15歳でシドニー五輪に初出場。01年3月に200mバタフライで世界新を出し、15歳9カ月の世界記録保持者となった。04年アテネ五輪は、金6個、銅2個を獲得した。
NHKスペシャルに登場していた男子短距離選手はボルトではなかったが、腰から大腿部につながる筋肉が、通常の人に比べて極めて大きく強い。練習によって肉体そのものが変わったのだ。
◆ボルトの長身は短距離に不向き
身長1.96mのボルトは、以前なら「中距離向け」とされるサイズ。短距離のスタートは、小刻みに足を動かす必要があるから不利なのだ。スタートに失敗すれば、回復できないうちにレースが終わる。
ボルトは15歳で世界デビューしたが、「長い手足を持て余し、足が空回りしている」と評されていた。20歳のころその欠点を克服。その結果が、今回の快挙だ。
◆伸び盛りの時期に肉体改造
「早熟な天才」だった2人が、ともにプロのコーチにつき、伸び盛りの肉体を、トレーニングによって改造していったわけだ。
フェルプスに記録を破られたマーク・スピッツ(1972年ミュンヘン五輪金7個)は、「記録は必ず破られる。人が心を決めて夢を追ったら、不可能はないということだ」と語ったという。
◆敗者の方が人間らしい
しかし、サイボーグ(改造人間)めいた肉体をつくることができる人間は限られている。たった1人の勝者ではなく、多数の敗者の方が人間らしい。
野口みずきが走れず、土佐礼子も途中棄権に終わった女子マラソン▽鳴り物入りで「最強チーム」を誇っていたのにメダルに手が届かなかった野球▽伝統を誇っていた柔道男子、などについて、「どうした」と問い詰めようとする声が高い。
◆平凡に生きる幸せを噛みしめたい
こういう時期にこそ、たった1人の名誉ある勝者をつくるために、他すべての人が敗者の汚名を着るという、「闘い」の残酷さに注目すべきだろう。闘わない人間は敗北を知らない。平凡に生きる幸せを噛みしめる秋を迎えたいものだ。