9月15日の「敬老の日」を前に、110歳で日本最高齢の女性、安里千代子さんを沖縄県北中城村荻道の自宅に訪ねて、その健康法を伺った。千代子さんの家は長男の栄一郎さん(88)、なつ江さん(82)ら4代が同居している。核家族化の時代に珍しい家族構成。全員で9人という大所帯である。千代子さんは「みんなが居て和やかなことが大好き」と述べ、その大家族も長寿に大きく影響しているようだ。耳が遠く、杖を頼りに小刻みに歩くほかは至って健康で、デイケア施設の担当者も「手のかからないおばあさんだ」という。
腰掛に座ってにこやかに話す安里千代子さん
千代子さんは1898(明治31)年9月20日生まれ。隣接した集落・大城(うふぐしく)の豪農の中村家に生まれた。その中村家は戦災を免れ、中城城跡に連なる道路脇にあり、毎日多くの観光客が訪れている。千代子さんは喜舎場尋常小学校を卒業したあと、首里城内にあった工芸学校で首里織などを学んだ。明治政府が強制的に琉球王国を日本の版図に組み込み、沖縄県にしたのが1879(明治12)年で、その後の首里城は民間に開放されていたことになる。休みになると、友人たちと語り合いながら約25kmの道のりを歩いて帰ったという。
現在、月曜日から金曜日までは午前9時から午後5時の間、デイケア施設で過ごしている。夜と土・日曜日は家族と一緒に暮らす生活パターン。家族と一緒にテレビを観るなど、一人ぼっちのことはないという。なつ江さんは「テレビがいやになると、腰掛に座って両足を上げ下げして運動をするので、騒がしいときもある。本人は気付かないかもしれない。そんなとき、お義母さん騒がしいので、ご自分の部屋で運動して下さい、と言えば自分で帰っていきます」と話している。なつ江さんは「110歳という高齢なので無理もないです」と付け加えた。
。
耳が遠い千代子さんに質問を取り次ぐ嫁のなつ江さん
なつ江さんは「こちらの他の家と変らない日常的な食事ですが、野菜や豆類はよく食べます。特に長寿食というものはありません。農業をしながら子どもたちを育ててきただけですよ」と説明。だが、「高齢なため食物を呑み込む機能が衰えており、特に食事中は食べ物が喉に詰まらないか、家族は気を遣います」と話している。耳が遠いので、大きな声で質問すると、はっきりした言葉で受け答えする。だが、しばらくして同じことを聞くと、また別の答えが返ってくる。なつ江さんは「年をとっているので、記憶や機能の衰えは自然の成り行きで、どうしようもないです」と話している。
家族の話を総合すると、ハワイに移民していたが、祖母の面倒をみるために千代子さんは夫1人をハワイに残して子どもたちと帰郷、農業をしながら一家を支えてきた。戦争中は先祖の墓の中に隠れているとき腿に銃弾を受けたが、日本兵が居ないと知った米兵に助けられて治療を受けたという。読書が好きで、暇があると本を読んでいたという。なつ江さんは「瀬戸内寂聴さんの本が大好きで、新刊を買ってきて読んでいました。バターやチーズなどは食べないですが、ケーキなどに入っているのは構わない。お義母さんは『肉が好き』と言っていますが、その量はわずかです」と話している。孫の嫁がピンセットで魚の骨を抜くなど、家族みんなが気を遣っている。
なつ江さんは「私は滋賀県彦根市の出身ですが、本土で主人と知り合って結婚。戦後しばらくして沖縄に来ました。生活や習慣、言葉も違うので、戸惑ったこともありますが、お義母さんに叱られたことは1度もないですよ」と話している。
世界遺産に登録された中城の城跡に通じる県道146号の両脇が荻道の集落。その南に立ち並ぶ民家のほぼ中央に位置する2階建てが安里さんの住宅だ。フクギやイスノキの大木が生い茂る静観な佇まいである。長寿の秘訣は食べ物だけでなく「日常生活でストレスがなく、のんびり暮らすこと」も挙げられている。それはまさに千代子さんの生活環境と一致している