◆「花の1区」から留学生を締め出す
師走の風物詩となった観のある京都の高校駅伝をテレビ観戦して、1区から外国人留学生が締め出されたことを知った。1区は男子が10km、女子も6kmで、ともに最長区間。「花の1区」と呼ばれる。
◆留学生作戦の成功
ケニアなどで、長距離ランナー向けの良い素材を発掘し、留学生として入学させる。順調に育った選手に1区を走らせる。他校の日本人ランナーを大きく引き離してトップとなる。2区以下のランナーがその貯金を維持して優勝できる……。こうした作戦を立て、実行したのが仙台育英だった。
◆ケニヤのワンジルが大活躍
成功した留学生の典型が、北京5輪マラソン優勝のサミュエル・ワンジルだ。2002年4月、15歳のときケニアから仙台育英高に留学。京都の全国高校駅伝では、3年連続で1区を走り、区間賞を獲得。2、3年生のときには同校を優勝させた。
◆トヨタ九州でマラソンランナーに
高校卒業後、トヨタ自動車九州に進み、社会人駅伝などロードレースのプロとして成長を続けた。ハーフマラソンで世界記録を次々更新した後、マラソンにチャレンジして、従来の常識を覆すスピードで42.195kmを走り抜けた。
◆北京5輪で金メダル
初マラソンの2007年福岡国際を2時間6分39秒の世界歴代18位(当時)で制し、今年のロンドンで2時間5分24秒まで伸ばした。そして北京五輪では21歳で金メダルを獲得した。ゴール時には気温30度を超えるという夏マラソンなのに、2時間6分32秒の五輪新をマーク。常識破りのスピードで走り抜き、底知れぬ力を見せた。
◆締め出しの引き金はワンジルの活躍
どうやらこのワンジルの活躍が、「1区は留学生禁止」という動きの引き金になったらしい。「1区はダメ」という制限を決めたのは07年5月22日の全国高校体育連盟(高体連)理事会・評議員会だった。
これまでは「登録2人、出場1人」という規定だけ。「花の1区」を留学生が快走し、一気に勝負が決まるケースは多かった。テレビの全国中継があるレースだけに、一般からの関心は高く、批判が強まっていたという。
◆日本人特待生も多い現実
しかし、こんなことが「学校スポーツ」にふさわしいことだろうか? 留学生の場合、「特待生」であることは明らかだろうが、高校駅伝の全国大会出場チームで「特待生ゼロ」はありえない。陸上競技では中学校の大会がしっかりしているから、素材の発掘は容易だ。高校側がスカウトし、親などの考え方によって特待生にすることになる。
◆「黒人差別」でないか、検証が必要
1区で留学生を禁止することによって、1区だけは日本人高校生の争いになるわけだ。優秀な日本人生徒の獲得競争が激化するだけではないか? 何よりも外国人を差別するルールは採用すべきでないだろう。とくに駅伝の場合、ケニアなどアフリカ人留学生が活躍する。「留学生への批判」が実は「黒人差別」でないかどうか、十分な検証が必要だ。
◆日本の誇りのはずだったワンジル優勝
ワンジルの北京五輪マラソン優勝について、育ちの場・日本のメディアはもっと喜ぶべきだという主張は8月25日付
<敗者にこそ人間味 五輪TV観戦記> で書いた。
確かにケニア人だから、五輪ではケニア代表として走る。表彰式ではケニア国旗が掲げられ、ケニヤ国歌が演奏される。しかし彼が長距離ランナーとして育ったのは、日本だということは誰もが知っている。日本には世界1の長距離ランナーを育てる文化があるということになる。そのことを誰も喜ばなかった。
◆ノーベル賞は大喜び
対照的にノーベル賞の日本人4人受賞は、日本人あげて大喜びという風情だった。
◆米国の環境で花咲いた研究
その4人のうち南部陽一郎は米国籍を取得した合衆国国民であって日本人ではない(日本の国籍法は2重国籍を厳密に禁止し、外国籍を取得すると同時に日本国籍を失うと明文で規定している)。物理学賞受賞の他2人、小林誠(KEK素粒子原子核研究所長)と益川敏英(京都産業大学教授)は日本人だが、素粒子理論の「対称性の破れ」の研究のリーダーが南部であることは明らかで、2人も「南部さんの導きの下での研究」だったことを認めている。
化学賞の下村脩(元米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員)も、米国の研究環境の下で開花した。
◆「頭脳流出」組の受賞、喜ぶだけで良いのか?
ノーベル賞の場合、あまりにも多いのが、米国に「頭脳流出」した日本人(ときには国籍でさえなく、日本生まれの人種としての日本人というだけ)の受賞である。
こんなことで文部科学相が喜んでいるだけでいいのだろうか? せっかく優秀な素材であるはずの日本人が、米国の研究環境でなければ開花しないということが証明されているだけではないか。
◆日本の研究環境改善が急務
大学の閉鎖性・封建制などはずっと前から指摘されてきた。ボス教授にゴマをすらなければ教員として採用されない。生意気な人間は排除される。20代での発想が「生命」といわれる理論物理学などの世界で、ボス教授支配は、致命的な欠陥であるらしい。
今回のノーベル賞など、日本は喜ぶべきではないケースだ。逆に日本の大学・研究所など、学術研究システム全体を改めるためのきっかけにしなければならない。それなのに、ただただ「日本人の受賞」というだけで喜んでいるのが、この馬鹿げた国なのだ。
◆あまりにひどい人種・血縁重視
21世紀の日本は、後世の歴史で、古今東西稀な血縁重視社会だったと記録されるのではないか。親や祖父の七光だけで、本人に何の実績・力量がなくても首相になれる。「日本人の受賞」なら無条件に喜ぶ。相撲でも駅伝でも、活躍する「外国人」は排除しようとする。
こんなまま続けていけば、まもなく滅びる運命だろう。