◆文科省の改正案
5年後の2013年4月から、高校の英語教育は原則として英語で行うことになるのだそうだ。文部科学省が22日発表した高校学習指導要領の改正案で、英語教育の強化が最重点となっている。日本語を使わない授業のほか、習得する単語の数も増やし、中学校の履修も含めて約3,000語とするという。
◆可能かどうか疑問
「学力崩壊の時代に、そんなことできるの?」という疑問がまず浮かぶ。朝日の社説(23日付)は
<高校指導要領 英語で授業…really?>というタイトル。
<高校の英語の先生たちの中には、頭を抱える人も少なくないだろう(書き出し)>
<あいさつや簡単な呼びかけを英語でするだけなら、これまでと大差はない。しかし、文法を英語でわかりやすく説明したり、生徒の質問に英語で答えたりすることは簡単ではないだろう。できたとしても、どれほどの生徒が理解できるだろう>
◆現場は混乱
いきなり英語で授業、と言われても現場は混乱するばかりだ。使える英語を身につけるためには、どうすればいいのか。そのために英語教育をどう変えるべきなのか。その道筋と環境作りを大枠で整えることが先決であり、文科省の仕事ではないか。
<教師の育成やカリキュラムの検討はもちろん、入試問題の改革も視野に入れなければならない。11年度から全面実施される小学校高学年での英語活動も含めて、総合的な検討が必要だ>
<指導要領は大枠にとどめて、実際の運用は学校に任せる。それが現場の力を引き出すことにつながる(結び)>
などの文章はいちいち「ごもっとも」というほかない。
◆「まず妥当」と読売
読売の社説は
<高校新指導要領 「脱ゆとり教育」をどう生かす> で、例によって指導要領改正案全体については肯定的内容。しかし「英語で授業」については、
<改定案で疑問なのは英語だ。「聞く、話す、読む、書く」という四つの能力を総合的に身につけられるよう再編成し、中学校レベルの基礎的な授業も行えるようにしたのは、まず妥当だろう。
◆英語の授業は「無理」
しかし、「授業は英語で行うことを基本」としたのは、無理がないか。会話をはじめ、実社会で使える英語力の育成が狙いのようだが、性急な改革は消化不良を起こす恐れがある。
どういう授業を目指すのか。文科省は、説明会や今後出す解説書で狙いを明確にすべきだ。> と指摘された。
◆必要なやるべきか否かの論議
しかし、可能なことと、やるべきことは違う。例えば高校でケータイ小説の読み方、書き方を教えるとすれば当然可能だろう。しかし「やるべきでない」という主張も出てくる。まず実現しないだろう。英語教育の強化が何故いま提案されるのか、不思議というほかない。
◆脚光浴びた「日本語のみ」の益川氏
今年のノーベル賞授賞式で「日本語」は一躍脚光を浴びた。物理学賞受賞者の1人、益川敏英氏は英語を一切使わず、日本語で押し通した。それは益川氏が「英語をしゃべらないのではなく、英語をしゃべれないから」(本人の弁)ということにすぎない。
◆異例の日本語祝辞
この行動をうけて、授賞式でスウェーデン王立科学アカデミーの幹部らが「小林先生、益川先生、あなた方の業績に感謝します」と、日本語での祝辞を述べた。どうやらこれはまったく異例のことのようだ。
ノーベル賞授賞式、記念講演という場を支配しているのは英語らしい。益川氏の「日本語」が、英語支配に風穴を開けたようなのだ。
◆欧州連合での「英語論議」
そういう展開になったのは理由がある。欧州連合(EU)の公用語問題である。2001年、当時のプローディ欧州委員長(イタリア)が膨らむ事務経費の削減を目指し、委員会内部で使用する言語を英語に一本化し翻訳コストを節約する改革案をまとめた。EUは加盟国の言語をすべて公用語としている。その時点で公用語は11言語もあった。会議の同時通訳と文書の翻訳費用は年間2億ドルに上っており、そのムダを省くことを狙った改革案だった。
◆「加盟国すべての言語が公用語」再確認
これに対してフランスとドイツが猛反発、両国外相が「単一言語主義はとても容認できない」と抗議文を送りつけた。仏独両国は、文化面では英国にひけをとらないという自負があり、欧州統合の主役を演じてきた実績もある。「英語の支配」は許せないという姿勢をとった。
この騒ぎでEUは「加盟国言語すべてが公用語」という原則を再確認した形だ。
◆公用語20言語・同時通訳190通り
その後、EUは東に拡大。2004年5月、ポーランド、チェコなど中・東欧8カ国とマルタなど地中海の島国2カ国が加盟して、加盟25カ国・公用語20言語となった。
同時通訳の場合、11言語だと55通りが必要となる。20言語になると理論的には190通りに膨張する。しかしフィンランド語からギリシャ語などという小言語同士の場合、英仏独などの大言語を経由した重訳とする「リレー通訳」方式をとることによって克服。加盟国が増えても、「すべて公用語」の原則を貫いているという。
◆英語帝国主義見直しに一石
こういう脈絡の下で欧州では、「英語帝国主義を見直そう」という考え方が強まっていたのである。そこに益川氏の「日本語のみ」という行動があったので、スウェーデン側がすぐに反応して、日本語での業績発表ということになったようだ。
引用した朝日の社説は、益川氏に触れて以下のように書いている。
◆「益川氏の日本語スピーチは英語下手の象徴」(?)
<たしかに日本人の英語下手はよく知られるところだ。ノーベル賞を受賞した益川敏英さんのスピーチは、その象徴といえるかもしれない。中学、高校と6年間学んでも、読み書きはともかく、とんと話せるようにならない。
ますます国境の垣根が低くなる世界で、英語は必須の伝達手段になってきた。だから英語教育を変え、会話力を育てたい。それはその通りだ。そのために授業自体を英語での意思疎通の場と位置づける。その発想もいい。>
◆その認識こそ恥ずかしい
「何だこれは」と悪罵を投げつけたくなるような文章だ。益川さんの行動を「英語下手の象徴」と恥ずかしがるようでは、日本を代表する大新聞の社説として、あまりに低レベルでしかない。
◆英語上手の背景に、英国支配の歴史
アジアでいちばん英語が上手いのは、インド人、シンガポール人といったところだろう。それぞれ英国に植民地支配された時代があり、とくにインドは、「母国語」を一つにはできなかった。このため高等教育が英語でしかできなかったという事情がある。
◆しっかりした日本語教育が最優先
日本の学校教育なのだから、日本語をしっかり教えよう。その上で英語だ……という主張になるべきだろう。