24日は、日本中でお祭り騒ぎだったらしい。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝のテレビ中継を見ていた人たちは、数千万人というケタになるのではないか? 「仕事にならなかった」という職場も多かったらしい。
「騒ぎすぎ」という感じもするが、たまにはこんな日があってもいい。「日本」だけではなく、「地域」とか「家庭」とか、恋人同士という次元でも、お祭り騒ぎをやるようにすれば、それでいいのだろう。
いろいろほめられているから、私ごときが……という気もするが、なんと言っても原辰徳監督の成長ぶりを特筆したい。野球のことではない。決勝戦終了後のインタビューで「日本と韓国が互いに切磋琢磨することによって、両方とも強くなった。アジアの隣国同士で優勝を争えたのは、互いに相手の存在があったからだ。韓国に感謝したい」と言ったことである。
どの新聞も記事にしていないから、私の記憶に頼った記述である。一つ一つの言葉が正確か? と問われれば困るが、全体の主旨はこのとおりだったという自信はある。
あの場面、敗者への配慮は必要不可欠だった。延長10回表、勝ち越しの2点タイムリーを打ったのはイチローだが、韓国応援団からのブーイングは一段と高かった。例の「二度と日本と戦おうという気が起きないほどに、徹底的に叩きのめす必要がある」という発言の故だろう。
この発言とブーイングがあったからこそ、韓国チームはイチローを敬遠しなかった。イチローの方はブーイングを「歓声」と解釈し、闘志を高めていた。決勝打が生まれた背景には、3年前の発言が起こした微妙な「あや」があったのかもしれない。
しかしスポーツの試合で、言葉による挑発は邪道である。イチローも、まさか意識して挑発したわけではあるまい。結果として挑発となってしまった事実を消すことはできないが、隣国同士で「遺恨試合」めいたものになることは避けなければならない……。こうした配慮のうえで行われたのが原の発言で、極めて優れたものだったと思うのだ。
新聞論調を見ると、社説は以下の2紙。
読売=WBC連覇 日本を元気づける世界一だ
日経=感動を与えたWBC連覇
朝日・毎日・東京が、1面コラムのテーマとした。
どの文章にも共通しているのが<この国を元気にする野球の力の健在が何ともうれしい球春である>(毎日のコラム「余録」の結び)という発想である。
経済は低迷し、社会では不可解な事件がひんぴんと起きる。そうした事態を救うためにあるはずの政治は、「崩壊」を加速するデメリットをまき散らしているだけ。こうした暗い世の中は、それぞれの分野できちんとした対応策をとっていかなければ、「矯正」することは不可能だ。
スポーツの勝利によって、国民が多少元気になるにしても、それだけのことだ。政治・経済・社会の諸問題に与える効用など限られているのである。そんなこともわきまえずに、スポーツでの勝利を過大に賛美する報道、論評は、マイナス効果を生むだけだ。
原の「日韓が両方とも強くなった」発言は、スポーツの世界で起きた行き違いが、両国関係全般に拡大することを防止しようとするものだ。だからこそ優れた発言だと思うのだ。