小沢一郎民主党代表の公設第1秘書、大久保隆規は24日、政治資金規正法違反で起訴された。それを受けて民主党は、24日夜緊急役員会などを開き、小沢の「続投」を了承した。
報道によると、それによって小沢辞任論を主張することが解禁されたという。<いったい何なんだ>と言いたい。24日の大久保起訴まで、辞任論の主張は「禁止」だったのか? 誰が「禁止令」を出したのか? 民主党国会議員たちが、その禁止令に従っていたのは何故か? 疑問ばかりがわく。
副代表の前原誠司が率いる国会議員グループが凌雲会(約30人)である。読売が26日付朝刊政治面に掲載した連載<混沌政局・小沢続投(下)>によると、前原らは23日、連絡を取り合って、小沢が「続投」となった場合は、小沢批判の一斉蜂起を示し合わせたという。凌雲会の仙谷由人(元政調会長)や小宮山洋子らが25日、小沢辞任論を口にしたのは、この申し合わせに基づくものという。
この記事は、凌雲会員の1人が25日、「今まで党のために発言を我慢してきたが、これからは党のために発言する。24日の続投宣言をもって『小沢下ろし』は解禁だ」と語ったことも紹介している。
「続投」宣言までは発言しないことが党のため、宣言後は逆に発言することが党のためと逆転するというのもおかしい。「何故だ」と問われて、明確に答えられる人がいるのだろうか?
要するに24日までの民主党は、「物言えば唇寒し」というムードに覆われていた。誰もが「小沢退陣論で突出して、小沢の報復を招いては損だ」と判断していたのだろう。
特捜検察が強制捜査に乗り出した。小沢の言うように「帳簿上の処理ミスで、指摘を受けたら訂正すればすむ」類の問題ではない。小沢側が西松建設に金額を明示して献金を要求していた。西松がそれを了承し、実態のない2つの政治団体を通して、その金額を「陸山会」などに献金していたのである。こうした献金が行われる背景には、「小沢事務所の発言力」があった。北東北3県を中心に、公共事業の業者選定について、小沢事務所が大きな発言力を持っていたのである。
「検察リーク」は評判が悪いが、一般国民は「小沢はダーティー」という印象を持っている。だから3月に行われた世論調査では、各社共通して「小沢は代表を辞めるべきだ」を選択した人が過半数となったのである。
8年前の2001年春、自民党は総裁の森喜朗をクビにした。森の場合、検察という公権力が動いたのでも何でもない。失言を重ねて支持率が低迷していたのは事実だ。宇和島水産高校の実習船が、米海軍艦艇と衝突、沈没した連絡を受けながらゴルフを続けていたという失態はあったが、政府の対応にマイナスの影響があったわけではない。それでも「森では7月の参院選に勝てない」という声を強めて、森を退陣させたのである。
森喜朗に比べれば小沢の方がはるかに状況は悪い。国民が神経をとがらす政治資金の問題について、特捜検察が動き、世論も「辞任すべし」なのである。それでも民主党は、小沢をクビ切ることができなかった。
01年の自民党は、4月に前倒しされた総裁選で小泉純一郎が当選した。小泉はあたかも「首相公選」が実現したかのように、全国の主要都市を街頭演説行脚した。その結果、総裁選で小泉が勝利しただけではなく、自民党が一転して「人気政党」に生まれ変わったのである。その遺産が、公明党と併せると衆院で3分の2以上の議席を握っているという現状である。
「8年前は自民党が活力を発揮した。今度は民主党の番だ」と主張する議員が一人もいなかったのは不思議極まる。
こんな「不思議な政党」である民主党は、自公から政権を奪う力を持っているのだろうか。