◆捜査批判も結構だが……
90年に栃木県足利市で起きた女児殺害事件で無期懲役が確定し、服役していた菅家利和さん(62)が釈放された。再審請求に基づくDNA鑑定の結果、女児の肌着に残った体液の型と菅家さんの型は「一致しない」とする結果が出た。検察は再審の判決を待たず、刑の執行を停止。それなりに率直なところを見せた。
朝日も読売も6月5日付の社説は、この足利事件をテーマにしていた。朝日は<足利事件 DNA型一致せずの衝撃>というタイトル。
冒頭に
<がくぜんとする。刑事裁判の歴史にまた汚点が加わることになりそうだ>
という文章を置いている。
読売は<足利事件 決め手となったDNA再鑑定>というタイトル。
<捜査当局や裁判所に、DNA鑑定への過信があったことは間違いあるまい。取り調べにも疑問が残る。徹底した検証が必要だ。>
と書いている。
こういう文章を読むと、「新聞の事件報道はどうだったの?」と調べてみたくなる。さっそくその悪い癖を発揮してみた。とりあえずすぐにできるのは朝日、読売の記事データベースのチェックだ。
◆露骨な真犯人扱いの紙面づくり
菅家さんが逮捕されたのは、1991年12月2日未明。当時の新聞記事を見ると、前日の1日早朝、任意出頭させて調べを始めたが、「自供」を始めたのは午後10時ごろ。翌日未明に逮捕したという経過らしい。
「任意」という名目の強制的な調べが長時間に及び、「自白」の強要も行われたとみられるが、当時の新聞記事に、捜査について疑問符をつけたものはない。
逮捕当日の2日付朝刊。読売は1面7段で<足利市の幼女殺害 元保育園運転手を逮捕 DNA一致で自供 他の3事件も追及>、社会面6段で<“ミクロの捜査”1年半 一筋の毛髪が決め手 栃木・足利市の幼女殺害>という大々的報道を展開した。7段、6段などの扱いはトップ以外にあり得ない。取材で先行し、特ダネ意識があったのだろう。単独の事件もので、この大展開は珍しい。
社会面の記事には<ロリコン趣味の45歳>という小見出しもある。
<菅家容疑者は、昭和37年に地元の中学校を卒業後、職を転々としたが、56年6月から今年4月までは、同市内の保育園と幼稚園計2か所で、スクールバスの運転手をしていた。(中略)
20代半ばに結婚したがすぐに離婚。同市家富町の実家で両親や妹と暮らしているが、十数年前「週末をゆっくり過ごすため」と、真実ちゃんの遺体発見現場から南へ約2キロ離れた同市福居町に、6畳と4畳半2間の木造平屋一戸建てを借りた。この「週末の隠れ家」には、少女を扱ったアダルトビデオやポルノ雑誌があるといい、菅家容疑者の少女趣味を満たすアジトとなったらしい。>
という記事だ。「犯人扱い」そのものと言っていい。
<私がやりました>という小見出しで
<「私がやりました……」
菅家容疑者は、絞り出すような声で真実ちゃん殺しを自供した。午前中、取調官が事件に触れると、ポロリと涙を流した。「容疑者に間違いない」と取調官は感じた。
だが、菅家容疑者が事件について語り始めたのは夜10時近くになってから。取り調べは1日朝から14時間にも及び、事件発生から1年半にわたる捜査がようやく実を結んだ瞬間だった。>
という文章もある。
警察からの情報をすべて「真実」と扱うという悪弊がにじみ出ている記事だといえよう。
朝日も
12月2日付朝刊=元幼稚園運転手を逮捕 足利の女児殺し容疑
同夕刊=足利の女児殺し容疑者、他の事件と関連追及へ 栃木県警
同3日付朝刊=「騒がれると困る」 菅家容疑者、園児絞殺の動機自供
同=「変なおじさん」と園児に人気 真実ちゃん殺害の菅家容疑者の素顔
同夕刊=再度DNA鑑定へ、血液使い確度高める 足利の幼女殺害
(以上いずれも社会面)
という記事を掲載している。読売ほど大々的にやっているわけではないが、「警察発表は真実」という前提に立った事件報道である点、まったく変わりない。
◆「他の2件も自供」報道
菅家さんが起訴されたのは12月22日だが、その当日朝刊に朝日、読売とも、足利市内で起きて未解決となっていた他の2幼女殺害も自供したという記事を掲載している。その2件は、以下のとおりだ。
(1)1979年8月3日昼ごろ、当時5歳の幼児が、自宅近くの神社境内で1人で遊んでいて行方不明になり、6日後に1.5キロ離れた渡良瀬川の河川敷で、リュックサックに詰められた遺体が発見された。死因は窒息死。
(2)84年11月17日、両親と一緒に同市内のパチンコ店に出かけて1人で遊んでいた5歳の幼女が、午後5時過ぎ、行方不明になった。1年4カ月後の86年3月7日、パチンコ店から2.4キロ離れた畑に埋められた白骨体で見つかった。死因は窒息死。
起訴された事件が起きたのは90年5月12日。菅家さんが殺害したとされた幼女は4歳。父親に連れられてきたパチンコ店で遊んでいるうち行方不明になり、渡良瀬川近くの草むらで遺体が発見された。
こうしてみると、5、6年おきに3件の幼女殺害事件が起きていたわけだ。幼女の年齢といい、状況といい、似通っているから、3件とも同一犯人の犯行というのが、捜査する側の「常識」なのだろう。
栃木県警は(1)の事件で菅家さんを再逮捕し、(2)も含めて書類送検。最終的には宇都宮地検が不起訴処分にしたという形をとった。しかし2月中旬には、有力な物証が見つからないまま、捜査本部を解散した。この段階で、県警も他2件については不起訴となるということを了解していたらしい。
◆3件起訴なら、死刑執行ずみという悪夢
担当検事が強気だった場合、「3件とも起訴」というコースは考えられなかったのだろうか? 「菅家被告は3件とも自供している。うち1件については、DNA鑑定で真実であることが立証されている。だから他2件も真実である」というのは、検察の主張にときどきみられる3段論法でなかろうか。
いまや裁判所は、検察の主張をほとんど認めて有罪判決ばかり出す機関になりつつある。1審で無罪判決が出る場合もあるが、東京高裁は、検察の言いなりで「逆転有罪判決製造器」みたいになっている。
3件とも有罪なら、菅家さんの量刑は死刑だったはずだ。最高裁の上告棄却によって菅家さんの無期懲役判決が確定したのは、2000年7月。もし判決が死刑でも確定時期が同じなら、その後、死刑は執行されていたのではないか?
そうなるとDNA再鑑定も行われず、今回のような「逆転劇」はなかっただろう。現実にはそうならなかったから良かったのだが、ちょっとした悪夢ではある。
◆他2件の自供も「真実」扱いの報道
朝日は79年の事件について92年1月12日付栃木県版に「14日にも追起訴」という見通し記事を掲載した。しかしじっさいには地検は処分保留のまま捜査終結を決定。朝日栃木県版は同16日付の<捜査陣「歳月の壁厚く」 処分保留>という記事で軌道修正した。
読売は地裁の初公判の翌日、2月14日付の解説面で<足利幼女殺害事件 自供したが…物証なく起訴は困難>という記事を掲載している。「歳月の壁厚く」でも「物証なく」でも、「自供が真実」という前提に立っていることは明らかだろう。
読売の解説面記事は、以下のように書いている。
<足利署の捜査本部によると、菅家被告は二人の当時の服装などについてもほぼ正確に記憶、万弥ちゃんの遺体を包んだリュックサックについても「市内のごみ置き場で拾った」などと詳しく供述したという。
このため捜査本部は昨年暮れ、菅家被告を○○ちゃん殺害容疑で再逮捕した。しかし、事件発生から12年余り経過していることもあって、供述を裏付ける物証が発見できず、宇都宮地検は先月15日、「証拠不十分」として起訴を見送り、捜査本部に継続捜査を指示した。(中略)
2事件が“灰色決着”に終わりそうな気配に、県警や被害者の遺族には虚脱感が漂っている。十数年間にわたって幼女殺害事件の影におびえた足利市民からも「自供しているのに、なぜ……」という素朴な疑問の声が聞かれる。
だが、捜査当局の証拠価値への過信などによって数々の冤(えん)罪事件が生まれたことを思えば、証拠不十分のまま強引に起訴することは厳に慎まなければならない。>
結論部分で、強引な起訴は慎むべしとなっているが、この解説がほんとうに「確定判決があるまでは、被告といえども推定無罪」という精神で書かれているかどうか疑問というほかない。自供は詳しくほぼ正確だ。それなのに何故、不起訴? という県警や被害者の虚脱感を強調するという筋書きの背景には、「被告は真っ黒」という認識があるとしか思えない。
こうした報道姿勢こそが、自白偏重の捜査を助長している。新聞の社説では、まず自社の報道を検証し、逮捕されただけで犯人扱いしていたなどの問題点をしっかりえぐり出すべきだ。報道の自己批判をまず行ってから警察・検察の捜査批判をすると、もっと説得力のある批判になる。
◆17年もの長期服役は再審への報復?
「刑の執行」のことまで考えたついでだが、菅家さんが17年間も刑務所で暮らしたのは驚かざるをえない。いまや刑務所は満杯という事情もあり、模範囚なら刑期の3分の1で仮出所となるのが普通だという。無期懲役の場合でも、せいぜい10年も経てば仮出所らしい。
菅家さんの服役態度は、ひどく悪かったのだろうか? 問題は服役態度ではなく、再審請求をしていたことのようだ。検察官僚にとっては、再審請求など「許すべからざる非行」ということになる。だから異常な長期服役を課して報復した、というのが真相のはずだ。
社説では再審請求を忌み嫌う検察の独善的姿勢も追及してほしかった。
◆「続報注意」ではなく「おわび」を
朝日の記事データベース(Asahi.com.perfect)を見ると、この事件関係記事は見出しに<続報注意>が付されている。
本文の末尾には
<菅家利和さんは女児殺害事件で2000年に無期懲役が確定し服役していたが、再審請求に基づくDNA型再鑑定の結果を受け、09年6月4日に検察側が刑の執行を停止し、釈放された=09年6月5日付朝刊1面参照>
という記事が付されている。さてこれでいいのかどうか? 考え込んでしまう。
「客観報道」というタテマエにこだわるなら、県警が逮捕▽地検が起訴▽裁判所が判決、などの客観的な動きを報じただけ、ということになる。だから「続報注意」ですむという判断だろう。
ほんらい「客観報道」などあり得ない。じっさいに展開されているのは、警察・検察は正しいという「主観」に立った報道なのである。「当時の報道姿勢は間違いでした」と率直に誤りを認めた「おわび」があるべきだろうと思うが、どうだろうか?