◆<アレ今どうなった>という新番組
6月9日午前0時10分からNHK総合で流れた<アレ今どうなった?「山一証券廃業」>を冒頭部分だけ見た。その直前までのニュースを見ていたからだ。
冒頭は、山一事件の構図など知りうるとは思えない「おバカ」的なタレントたちが、一言ずつ語る場面だった(※注参照)。
(注)NHKホームページでみると「江川達也、はるな愛、勝俣州和【キャスター】神田愛花」とあった。私の知っている名前はない。もっとも私が知っているテレビ芸人は田原総一朗、鳥越俊太郎、みのもんたなどごく少数だが。ホームページでは、この「山一」が番組として2回目だったことも知った。
《(注)終わり》
◆何を語らせるか作り手の自由、という手法
こうしたタレントたちのセリフは、自分のアタマで考えたものでなく、台本どおりであるはずだ。ということは、ドキュメンタリーであるはずの番組に何を語らせるか、は「作り手の自由」ということになる。
とりあえず現状の番組作り手順は、以下のようなことだろう。もはや12年前になってしまった「山一廃業」にからんで、どういう映像・音声が撮れるか、ドキュメンタリー取材をやってみる。集まった映像・音声を組み立てて、番組の筋書きをつくる。その筋書きと矛盾しない範囲で、タレントに何を語らせるか考え、その文言を書く……。
◆NHKの政治支配が進んだらどうなる?
いまのところ、番組の筋書きは、取材の成果が最大限生きるようにする、というところだろう。しかしNHKの政治支配がもっと進んだらどうなるのか? 「政治」にとって都合の良い映像・音声だけを撮り、タレントにも同様の言葉を語らせる、ということになるのではないか?
こんなドキュメンタリーづくりは邪道と言わざるをえない。ほんらい論評するためには、見ておくべきだろう。しかし「苦痛を伴う仕事はしない」というのが、私の生き方だ。テレビを消して寝てしまった。
◆セールス一筋だった野沢社長
さて山一事件である。例の涙の記者会見で有名になった、当時の社長、野沢正平氏は8月11日、専務から社長に昇進したばかり。在任たった3カ月余で、破綻を迎えたのであった。
7月末、山一は大株主となっていた総会屋グループに対して、金融先物の自己取引で得た約7,900万円の利益を不正に提供していた、証取法・商法違反容疑で東京地検特捜部と証券取引等監視委員会の強制捜査を受けた。このため経営のプロであった行平次雄会長、三木淳夫社長ら役員11人が退任、五月女正治専務が会長、野沢氏が社長に昇格する人事を行ったのである。
野沢氏はどうやら、一貫して営業部門を歩み続けた優秀なセールスマンであったらしい。当然のことながら資金繰りの実態についての理解も不足していた。監督官庁である大蔵省との折衝などやったことがなかった。だから何を報告し、何を隠しておくべきかの呼吸も知らなかった。
◆資金繰り支援を証券局長に要請
その野沢氏が大蔵省証券局に長野あつ士局長を訪ねたのは、自主廃業決定の1週間前の17日。このとき山一は、20日と28日に決済しなければならない負債を抱えており、野沢氏は「資金繰りが苦しい」と、支援を求めるために行ったのである。
◆大蔵汚職「影の容疑者」長野局長
長野局長の方もまた、特殊な事情を抱えていた。翌98年1月から東京地検特捜部による大蔵省・日銀汚職の捜査が始まるのだが、長野氏は一貫して「最大の容疑者」であった。地検による空前絶後の大蔵省捜索のときは、証券局長室が捜索の対象となった。最終的には起訴を免れ、減給処分を受けたうえで依願退職となったのだが、これはおそらく検察と大蔵省の「司法取引」である。つまり長野氏ら「セッタイオー」などとあだ名されていた当時の局長級キャリア3人は退職させるという条件で、起訴を免れたのである。
前年11月という段階で、長野氏は自分自身が捜査対象となっていることを知り尽くしていたに違いない。当時東京地検特捜部は「内偵」を進めていた。銀行・証券など各社のMOF担(もふたん=大蔵省担当者)を対象に、大蔵官僚、日銀行員に対する接待の実態を聞いていたのである。
◆「汚職役人」を免れる道
検察に「情報提供」させられたMOF担たちは、その事実を大蔵省にも伝えていたはずだ。銀行・証券各社では女子行員(社員)の制服デザイン変更を大蔵省に報告せず、叱られたというエピソードが語られていたという。接待について事情聴取されていることを報告しなければ、その報復措置として何をされるかわからないと考えたはずだ。
長野氏は野沢氏の話を聞いて何を考えたか?「ここで山一に対して便宜を図るような措置をとれば、典型的な汚職の構図となる。検事たちを喜ばせるだけだ」ということに違いない。
言うまでもなく、業者から賄賂を受け取り、その業者に便宜を図ることこそ、汚職の構図である。賄賂の方は、接待という事実がある。野沢氏の要請の資金繰りへの協力などすると、その「見返り」となってしまう。
◆大蔵省が可能なもっとも厳しい処置
だから長野氏は、野沢氏の依頼と逆のことをしなければならなかった。「どうして資金繰りが苦しいのか? 大蔵省が受けている報告では、そんなことになっていない」と問い詰めたはずだ。野沢氏は当然のことのように「飛ばし」によって巨額の簿外債務が生じている説明をした。「飛ばし」とは、決算期の異なる企業間で転売した形をとりながら株価の回復を待つ違法取り引きである。
長野氏は、この「証言」をタテにとって、山一については証券業の営業許可を取り消す以外にないという判断を固めた。山一が、大蔵省による免許取り消しを避けるためには自主廃業しかない、ということになる。
長野氏は、山一に対してもっとも厳しい処置をとることによって、賄賂を受け取り便宜を図った汚職官僚ではないことを証明しようとしたのである。この判断を日経の記者に伝え、特ダネで1面トップ記事に仕上げさせるというメディア戦術までとった。
◆二つのヒューマンファクターによって起きた破綻
主要にはその長野氏の、さらにもう1つ野沢氏の、2つのヒューマンファクターの「出会い」によって山一破綻という自体は起きたというのが私見である。
97年11月には他に拓銀も含む4つの金融機関が破綻した。その10周年の新聞連載などもあったが、こうしたヒューマン・ファクターを重視したレポートは見あたらなかった。まして「おバカ」レベルのタレントに理解できるはずもないのだ。