竹内謙の『Samurai Mayors』  
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竹内謙の『Samurai Mayors』
<最新記事>
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(12)自ら探った衆院選の候補者情報
初当選を果たした逢坂誠二・衆議院議員に、総選挙出馬の経緯を聞いてみた。(竹内謙)2005/12/15

逢坂誠二・北海道ニセコ町長(11)国政選挙は一転して政党主導
「国政と自治のねじれに大きな問題意識を持っていた。その齟齬を埋めたい」との決意とともに、今年の衆院選に出馬した。(竹内謙)2005/12/05
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(10)辞職覚悟で拒んだ「書き得」報道
逢坂誠二・ニセコ町長は『北海道新聞』の報道をきっかけに、北海道知事選への「不出馬」を表明した。記事の何が障害になったのか。(竹内謙)2005/11/25
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(9)新聞報道に反発した知事選不出馬
選挙スタイルにこだわった逢坂誠二氏は、北海道新聞の突然の報道をきっかけに、「これでは自らが思い描いてきた選挙はできない」と判断、知事選不出馬を決断した。(竹内謙)2005/11/14
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(8)自治基本条例ブームに火をつける
自治のルールを明確にして、自主・自立の市町村を創ろうとする自治基本条例制定の流れは、地域から政治を市民の手に取り戻そうとする意思の表明でもある。(竹内謙)2005/11/05
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(7)実践が不要論を押し切った「町の憲法」
ニセコ町が積み重ねた実践を規範化し、まちづくりの姿勢と町の事務の仕組みを明確にしたいという思いから、全国初の自治基本条例が生まれた。(竹内謙)2005/10/28
純一郎、郵政はちいーと細いぞ
又次郎−純也−純一郎と3代にわたる政治家の系譜は、又次郎氏が1903(明治36)年、神奈川県議会議員に当選したことに始まる。(竹内謙)2005/09/09
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(6)心の内の公開に近づく「町長室日記」
逢坂誠二町長は毎朝、役場の全職員に向けて「町長室日記」と題した電子メールを配信し、国内、国際を問わず、ときどきの社会の関心事に積極的に見解を明らかにしている。(竹内謙)2005/08/24
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(5)ニセコ町長 なければつくる情報公開
町がもつ情報はもともと住民のものであり、住民が請求するしないにかかわらず、公開すればいい。「情報共有」に徹すれば、情報公開条例は不要ではないか。(竹内謙)2005/08/18
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(4)「文書は1つ」で滑走路革命
ニセコ町役場のオフィスでは、机や棚の上に書類が積み上がって、雪崩が起きそうな役所特有の風景がない。「机の上は滑走路」などという合言葉さえある。(竹内謙)2005/08/12
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(3)ベストセラーになった予算説明書
「情報共有」に徹底したニセコ町の予算説明パンフレットは、ほとんど解読不能の予算書を公表していた全国の自治体にカルチャー・ショックを引き起こした。(竹内謙)2005/07/27
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(2)大切にした改革への思いと選挙スタイル
町役場を変革しなければという切なる思いから、逢坂氏は出馬を決意した。役場の一係長が圧倒的に優勢な現職町長に挑む「下克上選挙」だった。(竹内謙)2005/07/20
逢坂誠二・北海道ニセコ町長(1)苦痛の役場生活、10年後に開眼
スキー場だけで知られてきたニセコ町に、ここ10年、新しい名声が加わることになった。新進気鋭の町長が手がけた自治体改革である。(竹内謙)2005/07/13
埼玉県志木市(5)「特区」が実証した「改革は地方から」
「制度改革は議会が先行しないと難しいね」。あっさりと勇退を決意させたのは、改革への思いがなかなか通じない議会ヘの歯痒さだったに違いない。 (竹内謙)2005/05/24
埼玉県志木市(6)議会に限界を悟った議会育ちの「元気市長」
掛け声倒れの多い小泉政権の構造改革のなかで評価できるのは構造改革特区制度だろう。02年12月の制度発足からこれまでに全国で558カ所の特区が認定されている。(竹内謙)2005/05/18
埼玉県志木市(4)涌くアイディアを端から条例化
穂坂邦夫市長がこの4年間に手がけた市政改革は教育改革や市民参画ばかりでない。思いつくものは端から庁内検討のまな板にあげ、端から実施に移したといってもいい。(竹内謙) 2005/05/11
埼玉県志木市(3)「独占」を改め「第2の市役所」をつくる
「市民はオーナー、市長はシティマネージャー」を標榜する穂坂市長は、自治体行政について「行政の閉鎖性は行政と市民の乖離と非効率性を露呈している」と強い不信を抱いていた。(竹内謙)2005/04/26
埼玉県志木市(2)「どの子も一番になれる」教育改革
無投票で当選した穂坂邦夫市長は3つの公約をし、就任直後から市政全般にわたり、改革をフル稼働。教育改革でまず成果が現れた。(竹内謙)2005/04/19
埼玉県志木市(1)1期4年でやろうと思えばできる
「元気市長」と評判の穂坂邦夫市長は勇退表明。「1期4年でやろうと思えばできる」−−穂坂市長が挑戦した「一期限りの市長」の実験が残した意味は小さくない。(竹内謙)2005/04/05
福島県矢祭町(4)「合併をしない宣言」から芽生えた自律意識
「市町村合併をしない矢祭町宣言」の7カ月後、再び矢祭町が全国を驚かせることになった。住基ネットへの不参加表明で、これも住民サービスの観点からの決断だった。(竹内謙)2005/03/29
福島県矢祭町(3)どうみても3役は総務課長ほど働いていない
将来の歳入見通しを考えると、3〜4億円の経費削減を図らなければならない。矢祭町の「自立する町づくり」が始まった。朝の庭はきも、トイレ掃除も、電話交換も、職員が交代でする。(竹内謙)2005/03/22
福島県矢祭町(2)いまも遺る“昭和の大合併”、血の雨のしこり
福島県矢祭町が合併に反対するのは、かつて昭和の大合併のときに血の雨が降り、お互いが離反し、二度とその轍を踏んではならないと決意しているからだ。この町になにがあったのだろうか。(竹内謙)2005/03/15
福島県矢祭町(1)“平成の大合併”にブレーキをかけた「小さいからこそ輝く町」
強制的な“平成の大合併”はどこまで功を奏するか。01年、福島県の矢祭町議会が全会一致で採択した「市町村合併をしない矢祭町宣言」は大きな反響を全国に引き起こした。(竹内謙)2005/03/08
岩手県葛巻町(3)「解列」!!!政府・電力会社が逆風!
クリーンエネルギーで躍進を続ける岩手県葛巻町にも、暗雲が漂い出した。電力会社と政府は、自然エネルギー普及の原点をすぐ忘れたがる。国民世論の後押しが足りないせいかも知れない。(竹内謙)2005/03/01
岩手県葛巻町(2)自然エネルギーの4点セットが揃う
岩手県葛巻町の高原牧場には、世界最大級の風車が並ぶ。清流には水車が、学校には太陽光発電の設備があり、畜産バイオマス施設も整う。今年は、木質バイオマス発電も始まる予定だ。(竹内謙)2005/02/22
岩手県葛巻町(1)牛の町が起こしたエネルギー革命
人よりも牛の数が多い岩手県葛巻町は「ミルクとワインとクリーンエネルギーの町」として知られる。町長は「地域には地域が必要とする電力量をつくり出す自然の力が十二分にある」と言う。 (竹内謙)2005/02/15
徳島県上勝町(3)この日本をどうする!国会の怠慢を叱る
上勝町の「ゼロ・ウェイスト宣言」の特徴の1つは、膨大な補助金を使って自治体に間違ったごみ処理政策を押し付けている国の姿勢を痛烈に批判し、国に政策の転換を迫っていることだ。(竹内謙)2005/02/08
徳島県上勝町(2)さらば!政官業癒着の焼却・埋立政策
徳島県上勝町は2020年までにごみの焼却・埋め立て処分をなくして循環型社会を目指す「ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)宣言」を全会一致で採択している。(竹内謙)2005/02/01
徳島県上勝町(1)お年寄りがパソコンを駆使するタヌキの町
徳島県上勝町は、ほんとうに木の葉をおカネに変えてしまったタヌキのような町として知られている。人口の45%が65歳以上という高齢社会だが、パソコンを駆使して、みんなかなりの収入をあげている。(竹内謙)2005/01/25
長野県栄村(3)村民総ぐるみで人間復活の社会を追求!
高橋彦芳村長は、地域での助け合いでなければ保険料が高くなること、そして村の介護保険会計は破綻を来すであろうことを力説し、下駄履きで行ける範囲の「下駄履きヘルパー制度」を作った。(竹内謙)2005/01/18
長野県栄村(2)地域に合わない中央官僚の基準!
高橋彦芳村長は補助金をもらわずに、村の直営事業で実施する「道直し」を考え出し、国の補助事業の3割以下の経費で、しかも10倍以上のスピードで集落内道路を直してしまった。(竹内謙)2005/01/11
長野県栄村(1)補助金なんかいらない!
高橋彦芳村長が考え出した「田直し」と呼ぶ施策。国の公共事業がいかに税金のムダ遣いか、「田直し」はそのことを白日の下にさらしてしまった。(竹内謙)2005/01/04

竹内謙の『Samurai Mayors』

 窮屈な自治制度のなかで果敢な改革に挑戦する市町村長たちがいま硬直化した日本の行政に風穴を開けつつある。そんな『Samurai Mayors』を取り上げる。筆者はもと朝日新聞政治部記者・編集委員、鎌倉市長を2期務めた。現在は『JanJan』編集委員長、早稲田、江戸川各大学客員教授、NPO理事などを兼務。