古都つれづれ  

古都つれづれ

最新記事

公共の言論機関における誤記 広辞苑の他にも

最近、権威ある大手出版社で誤記があることが発覚し、マスメディアで取り上げられている。50年もの間、誤記が問題になることもなくまかり通っていた訳である。私がかつて編集した記事のなかに、同一の問題を提起された著名人の方があった。(椿伊津子)2008/01/26

 

小学校の礼法室に飾られた「クリスマスローズ」の大型写真

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10月14日(日)、京都市内の名門私立として知られているノートルダム学院小学校の学院祭に、お招きを受けて行ってまいりました。保護者の方々も子どもたちも作法に則りお茶を飲んでいます。カトリックの小学校が日本の伝統文化をごく自然に取り入れているのが京都ならではといえましょうか。(椿伊津子)2007/10/21

江戸博物館で特別展「文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし」

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江戸東京博物館で開かれている特別展「文豪・夏目漱石」は、貴重な個人的遺品やあたたかい家庭人としての漱石を表現しており、期待どおりのものでした。(椿伊津子)2007/10/06

きっすいの京都人、津田青楓・西川一草亭兄弟と漱石

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漱石は、京都に深いつながりを持っていた。今回は、門下となった京都出身の画家、津田青楓とその兄、西川一草亭との交流にスポットを当てた。(椿伊津子)2007/08/18

漱石の参禅体験 取り入れられた作品の数々

漱石と禅との関わりは鈴木大拙が「羅漢のような居士」として登場する小説『門』や釈宗演から「無字」の公案を与えられた事などが書かれたインタービュー記事など少なくない。(椿伊津子)2007/08/08

京都の取材から書かれた漱石の『虞美人草』と『門』

漱石は旅行をした後、必ずその見聞を作品に取り入れています。明治40(1907)年3月下旬から4月上旬、京都を旅行。漱石はその間、新聞に掲載するための記事を書いています。まさにニュースにふさわしい早業の執筆といえましょう。(椿伊津子)2007/07/30

漱石が京都で買い求めた高価な半襟

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夏目漱石先生は、明治42(1909)年10月、2日間だけ大阪から京都に立ち寄った際、わざわざ四条の襟善に一人で買い物に行っているのです。 それも案内なしで当初から予定していたフシがあります。(椿伊津子)2007/07/26

夏目漱石の縁(えにし)祇園と多佳女

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多佳女と漱石についてはかなり多くの論評がなされています。「漱石は花街に無理解な人間だ」「漱石という人間は京都にしっくり来ない」「お茶屋・廓と漱石とはイメージが合わない」さあ、真実はどうなのでしょうか。(椿伊津子)2007/07/13

京都の風流を愛した漱石 祇園の多佳女の看病に癒された日々

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京都は漱石にとって縁うすい都のようですが土地との繋がりというより漱石を看病した祇園のお多佳さんの様に人との深い縁があり「風流」を愛した日々のある都ではなかったのでしょうか。(椿伊津子)2007/06/19

顔見世千秋楽 雨のなかに 中村勘三郎襲名披露

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12月26日は、京の風物詩である顔見世興行(南座)の千秋楽の日でした。日本の宝がここにもあると、今年も私は思ったことでした。(椿伊津子)2006/12/31

カミーユ・クローデル作の胸像も収蔵する関西日仏学館

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ポールの背中から首筋、頭部、なにか人格が感じられるではありませんか。姉カミーユの愛情が流れている……。そんな感動を受けたのは私だけではありますまい。(椿伊津子)2006/12/28

怨霊の『源氏供養』 

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京都市内堀川通りをまっすぐ北へ上がると鞍馬口辺りに島津製作所があります。その一角に目立たない小さな石碑と標識があるのを、道ゆく人々は案外気付かずに通りすぎて行きます。(椿伊津子)2006/10/04

秋彼岸には 手作りの萩の餅 

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おはぎは萩の花が咲く秋のお彼岸につくるお餅。秋彼岸のお中日である今日、夫といっしょにおはぎを作りました。(椿伊津子)2006/09/24

秋風 袴のほころび Gパンの破れ

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この歌を、岩波の『日本古典文学体系』のなかから探したのは、もう随分昔のことです。或るきっかけがあって探す必要があったからです。(椿伊津子)2006/09/16

うるわしい相聞歌 紀子さまに親王ご誕生!

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今日(6日)のビッグニュースは、秋篠宮家に男児誕生。親王さまというのが正式なのでしょうが、やはり「赤ちゃん」がいいですね。ご夫妻がいみじくもお揃いで詠まれた、あの「こふのとり」のお歌を思い起こしました。(椿伊津子)2006/09/09

松山中学の勇気ある生徒たちと漱石作詩の「童謡」

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夏目漱石が英語教師として教壇に立っていた旧制松山中学。さんざん悪口を書いた松山中学の生徒たちですが、とても勇気のある人間だったようです。(椿伊津子)2006/08/25

「首塚」と隣り合わせる茶席東陽坊

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有名な茶室と隣り合わせの場所に、或る歴史上の人物の首塚があるのです。それは、京都東山区の建仁寺にあります。(椿伊津子)2006/08/20

紫式部には家庭がありました 慮山寺(ろさんじ)源氏庭の桔梗

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久々に寺町通りを歩きました。御所の近くにある慮山寺(ろさんじ)に、桔梗が見ごろだろうかと思い立ったのでした。(椿伊津子)2006/08/07

サンクトペテルブルク〜今むかし〜夏目漱石『長谷川君と余』

サンクトペテルブルクという文字に懐旧の情、そういう心持になる私には、漱石の時代にふと帰る…ひとときがあるからです。(椿伊津子)2006/07/22

高麗犬(こまいぬ)に 角はありません

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ぶらりと歩いているうちに、古美術の店が並ぶ通りに立っていました。京都 東山 古門前通 大和大路。(椿伊津子)2006/07/18

日本美に恋をしたアメリカ人女性『バーク・コレクション展』

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バーク・コレクションは、それぞれの時代と分野ごとに、また全体として日本美術の流れが辿れるようになっています。(椿伊津子)2006/06/27

京都 東山区 祗園町 南側

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京都らしさが今も残っている町の一つが、ここにあります。もとは建仁寺の寺領でした。(椿伊津子)2006/06/17

古都つれづれ番外編:ピカソの茶碗でお茶を一服!ローマ大茶会にて

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5月下旬、裏千家が主催した茶道の国際大会がローマで開かれた。前家元千玄室氏が自身の戦争体験から、「平和は一碗から」を掲げて世界行脚を行なってきた半世紀あまりの成果に、錦上花を添える一コマだった。(椿伊津子)2006/06/08

更衣(ころもがえ) 日本とドイツ

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「四月朔日」という姓の人があるのをご存じでしょうか?4月1日に着物の綿をはずして仕立てかえるため「わたぬき」さん、と呼ぶのです。(椿伊津子)2006/06/05

フランスの「緑茶香水」

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グリーンティーの香水があるのをご存知でしょうか?香水……フランス製のオーデコロンなんです。(椿伊津子)2006/05/26

スイスで緑茶茶園に囲まれた茶室造り?

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静岡市の日本茶輸出を手掛ける製茶問屋とその顧客であるスイス人実業家の提携により、スイス南部のアスコーナ市で、緑茶の茶園に囲まれた茶室を造ることがいよいよ実現の運びになったのです。(椿伊津子)2006/05/18

小川一真アルバムから 女性美を見る

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旧きよき日本には、本来の女性の美しさをもった方々が家族に尽くし、地域に奉仕し、国家を支えていたのではなかったかと私は考えます。(椿伊津子)2006/05/12

明治の古写真 茶摘みと茶道

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長崎大学付属図書館のオンラインデータベースを使用させていただけることになりました。時代の息吹を伝える貴重な写真と向き合うことができます。(椿伊津子)2006/05/08

奈良:中宮寺の四月 細川ガラシャの歌に寄せて

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4月23日、24日と、奈良は斑鳩(いかるが)中宮寺において、恒例の山吹茶会が開催されました。(椿伊津子)2006/04/27

花吹雪のなかで 献茶式

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秀吉から死を賜った利休居士。その子孫が献茶式を行い、秀吉の遺徳を偲ぶという茶道の精神。(椿伊津子)2006/04/21

さくら色も 寝覚めの色も みやこの花

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さくらの種類はかずかずあれど…。っていうことで、いろいろ種類があるところを探してまいりました。(椿伊津子)2006/04/16

御衣黄(ぎょいこう)桜は京そだち 浅葱桜(あさぎざくら)って?

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漱石は罪作りなことを書いたものである。小説『虞美人草』に或るさくらの種類を名文調で綴っているが、後々までその判別が尾を引いているのだ。(椿伊津子)2006/04/13

上賀茂から川沿いに歩く「鴨川公園」

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賀茂川右岸のソメイヨシノは、かつて地元の人たちによって「志波む(師範)桜」と呼ばれていたそうです。(椿伊津子)2006/04/10

三分咲き 京都・本法寺のさくら

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長谷川等伯ゆかりの、京都・本法寺でも、桜が咲きそめています。(椿伊津子)2006/04/03

『和の学校』シンポジュームって何?

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3月25日、京都市左京区の京都国際会館で開かれた『和の学校』シンポジュームに参加させてもらった。(椿伊津子)2006/04/01

お土居の梅

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北野天満宮には約2万坪の境内に50種約2000本(門内・梅苑各1000本づつ)の縁の梅がある。(椿伊津子)2006/03/27

茶道のせかい 帰化人のことなど

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和敬静寂、その道を現実のなかに真摯に求めた近代の茶匠・円能斎宗匠のことを、一人でも多くの人に知って欲しい。(椿伊津子)2006/03/19

大徳寺・千利休居士の毎歳忌

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豊臣秀吉の命により死を賜った利休居士の祥月命日に当たる2月28日に、大徳寺において千利休居士の毎歳忌が厳かに執り行われた。(椿伊津子)2006/03/11

オレゴン州の環境破壊の取り組み〜松岡陽子マックレインさんからの通信〜

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「京都議定書発効1周年に思う」の拙稿に、松岡陽子マックレインさんから、記事のテーマに関するご意見がメールで寄せられた。写真にもそれぞれ説明がつけられている。(椿伊津子)2006/02/28

京都議定書発効1周年に思う ベルリンから来た自転車タクシーを取材した2002年

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2月16日は、京都議定書の発効から1周年という記念日であった。この議定書の母体となるものは、1992年の地球環境サミットで出来た気候変動枠組条約だ。(椿伊津子)2006/02/22

鎌倉・東慶寺の名僧 井上禅定さん密葬の日

鎌倉・東慶寺の名僧 井上禅定さん密葬の日

1月下旬、「駆込寺」として知られる鎌倉・東慶寺の前住職、井上禅定師が亡くなり、筆者は京都から密葬に駆けつけた。残雪の境内での葬儀は、しめやかでゆかしい雰囲気のなか、師の人柄を偲ぶ弔問の列が長く続いた。(椿伊津子)2006/02/15

光悦忌

光悦忌

2月3日は本阿弥光悦(1558−1637年)の忌日である。本来は刀剣を家業とした光悦だが、書家として工芸家として不朽の作品を遺したアーチストでもあった。(椿伊津子)2006/02/06

新聞記者になった夏目漱石の「京都」

新聞記者になった夏目漱石の「京都」

夏目漱石の肖像が千円札から消え、漱石の文章が中・高の学校教科書から消えたのは昨年であった。しかし、漱石の人気は一朝一夕で変わるほど弱いものではない。(椿伊津子)2006/01/30

 

古都れづれ

筆者

京都、奈良、鎌倉。この3つの古都は日本のみならず世界の文化遺産です。
私は少女時代から病弱の身でした。これまで生かされてきた自分を不思議に思います。
古都との縁(えにし)をいただいている自分の幸せを想う日々ですが、生活のなかで様々な伝統文化がどのように生かされているのか、ひとびとの哀しみや喜びをどう共有できるのか、を考えながら、自分なりに社会の問題点をみつめて行きたいと思っています。