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外国人に教えられる日本

海形マサシ2007/01/05
米留学時代に読んだ「メール・カラーズ」。日本にいた頃は知らなかった自国の歴史に、目を開かせてくれた書物である。
米国 教育 NA
 最近、外国人によって日本の意外な歴史を垣間見る体験をしている。大ヒットとなっている上映中のハリウッド映画「硫黄島からの手紙」で、当時の日本兵が誰しも愛国心から戦場に向かったわけではなかったこと、同じくハリウッドが描いた幕末の日本を舞台とした「ラスト サムライ(2003)」では、西郷隆盛こそが真の愛国者であったこと、また、昭和初期の芸者の半生を描いた「SAYURI(05)」では、芸者の濃い白粉(おしろい)は、蛍光灯のない当時、暗いお座敷で顔を際立つせるために必要であったことを学んだ。

 同じような体験をアメリカに留学した10年前にしたことを、年末大掃除で物置を整理していた時に思い起こした。写真の書籍をたまたま久しぶりに目にしたのだ。10年前にアメリカの書店で購入したものである。「MALE COLORS The Construction of Homosexuality in Tokugawa Japan (男色 江戸時代日本の同性愛の在り方)」(1995年・University of California Press)だ。

 著者は、アメリカ・タフツ大学で日本史の教授をしているGary P. Leupp氏。この本を読むまで、筆者は同性愛というものは日本ではあり得ないものと考えていた。筆者はゲイではないので、そもそも同性愛などに関心はなく、また同性愛は西欧の退廃した文化によるもの、と否定的な見方をしていた。だが、アメリカで知り合ったゲイの人に、この書籍を紹介され、日本人でありながら知り得なかった歴史を学び、大変驚いた記憶がある。

 この本は、主に江戸時代の日本における男性同士の同性愛に関して記述している。だが、序段ではそれ以前の日本における「男色」についても紹介している。それによると、男色は仏教を日本に伝えた僧侶・空海が中国から持ち込んだものと伝えられ、主に僧侶の間で広まったとされる。鎌倉・戦国時代には、武士階級の中でも顕著に見られるようになったという。織田信長や武田信玄の家来たちとの性的交流は、歴史的な記録として残され、武田信玄は家臣の高坂昌信との間で、関係を誓い合う覚書を記したほどだったという。

 戦国時代、日本にキリスト教を伝えた宣教師、フランシスコ・ザビエルは、そんな世相を見て「日本人は自然の摂理に反する罪深い行為を日常的に堂々としている」と言ったらしい。だが、当時の日本人にとっては、まさに正常であり、奨励さえされたのであった。

 戦乱の世が終わり、徳川幕府が統治する江戸時代となった。が、ここでも「男色文化」は続いた。徳川将軍15代のうち、7人に男色的な交流があったことが記録されている。武士階級に限らず、町人の間でも顕著であった。当時の男色とは、主に2種類のスタイルがあったという。1つは、年の差の離れた男同士が、兄弟分という形の関係を持つこと。もう1つは、男尊女卑的な女性蔑視の考えに基づくもの。一方が女役となり、不純な女性との性行為を避け、男同士で男女のまねごとをしたというものだ。

 庶民の男色を象徴するものとして、井原西鶴の「好色一代男」がある。主人公の商人の息子・世之介は、生涯にわたり3275人の女性と725人の男性と性的な交流を持ったと綴られている。ほぼ5対1の割合こそが、当時の男性の一般的な性的志向を反映したものであるとされる。つまるところ、当時の社会において、同性愛は少数派ではなかった。当時の男性の典型的な性的志向は、現代でいうバイセクシャルであったとされるのだ。

 なぜ現代のように、同性愛を嫌悪する社会へと日本が変貌していったのか。「明治以降の近代化によるものだ」と著者は指摘する。鎖国の時代が終わり、多くの西洋人が日本を訪れ、日本に西洋文明を伝えるにあたり、日本の男色文化は非難の対象とされた。当時の指導者階級の人々は危惧し、西洋の価値観に合わせるものとして、男色を不道徳なものへと変えていったという。新渡戸稲造は、男色を「野蛮で暴力的な行為であり、精神修養により抑えなければいけない」と説いたという。

 ところで、筆者は留学時代に、西洋文明において特にモラルの規範とされるキリスト教で同性愛が禁じられてきた理由を、心理学の講義で聞いた。キリスト教では、セックス全てが「いかがわしく罪深いもの」とされてきたのだという。だが、人間が性行為を全くしなければ、生殖は不可能となり死滅してしまう。だから異性愛のみを「子づくりのできる神聖な行為」として容認したのだという。子供をつくれない性行為は、同性愛のみならず、マスターベーションも罪深いものとされ、異性同士の性行為でも、コンドームなどによる避妊行為も罪深いものとされたのである。

 しかし、なぜ「セックス」が罪深いものであるとされたのか。私は専攻だった国際関係学の1科目として取った「地球環境問題」の講義で知った。西洋文明がまさに「自然への挑戦」から成り立ったものであるからだ。性的な欲求は人間の内なる自然であり、それを克服することは、狩猟採集から農耕へと移り変わる文明を築く上で必要とされた「自然征服」の哲学に沿うことだったからだ。

 しかし、現代においては西洋社会に大きな変貌が見られる。欧米などでは、近年、同性愛者の解放運動が盛んになり、一部の国やアメリカの州では同性同士の結婚が認められるまでになった。日本に同性愛の嫌悪感を「近代文明」として伝えた西洋人こそが、価値観を見直しているのだ。全く奇妙な時代である。

 著者もそれを指摘しており、社会の流れにおいて、日本の前近代における「男色」は同性愛を考察する格好の歴史的事例であるとしている。一般に同性愛者とは少数派で、人口の2〜5%か、10%ぐらいの割合でいるといわれている。が、江戸時代の日本を見る限り、真実であるとは言いがたい。かつての日本では、バイセクシャルが一般的なものとされたからだ。つまりは、人間の性癖というものは、生まれつきでも特定の家庭環境から作られるものでもなく、社会によって形成されていくものではないか、というのである。

 前述したように私が、この本を読んで驚いたことは、我々が日本についてあまりにも知らなかった、ということである。江戸時代の世相は、テレビや映画の時代劇で映される。学校でも歴史を学ぶ機会が多かったにもかかわらず、男色に関して教えられたことなどない。

 本の著者はアメリカ人であるが、アメリカ人に日本人の知らない日本について教えられたのだ。全く奇妙な体験である。「ラスト サムライ」、「SAYURI」、「硫黄島からの手紙」などで驚くのは、外の人間の方が、客観的に日本を見渡せるということである。まさに「灯台下暗し」ということであろう。

 私は英語で読んだが、もし翻訳が出る機会があれば、皆様も暗い足下を照らすつもりで読んでみることをお勧めする。
外国人に教えられる日本
Gary P. Leupp氏の「メール・カラーズ」

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[23689] 翻訳本が近々出版されるそうです
名前:海形マサシ
日時:2007/01/06 10:07
作者のGary Leupp氏よりメッセージをいただきました。

Thank you very much for your email, and for writing the very flattering review of my book Male Colors for the Janjan site. I appreciate it. I'd like you to know that the book has been translated into Japanese and should be published soon by the Tokyo publisher Sakuhinsha. I hope that publicity from your review will help its sales!

作品社で翻訳版が出版されるとのことです。

★ 2007年2月刊行予定の本

『男色の日本史』  ゲイリー・P・リュープ  藤田真利子訳  予価:2400円(税別)
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