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『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソ

鉄田憲男2007/07/02
25万部突破のベストセラーになったという武田邦彦氏の本は、意図的な誤読やデータの捏造、論点すり替えなどに満ちている。
日本 本 NA
 勤務先で環境問題を担当しているので、最近よく同僚から、武田邦彦著『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社)にまつわる質問を受ける。

 「地球が温暖化しても、海の水位は上昇しないって本当ですか?」「紙のリサイクルをしても意味がないのですか?」「ペットボトルは、ほとんどリサイクルされていないのですか?」……。この本を読んでから聞いてくる人もいるし、「テレビで見た」といって質問してくる人もいる。

 テレビとは、やしきたかじんが司会を務める「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)のことである。この番組は東京では放送されていないそうだが、関西では平均16%ほどの視聴率を稼ぐ人気番組である。この番組の07年3月25日(日)放送分に武田氏がゲストに出て、上記のような話をしていたという。

 私は当日の番組は見ていなかったが、6月3日(日)にテレビをつけると、再び武田氏がゲストに呼ばれ、主張の違う細田衛士氏(慶應義塾大学教授)と議論を戦わせていた。細田氏はごくまっとうな話をされ、「(武田氏の著書にある)ペットボトル再利用量の数字はおかしい」とも指摘されていた。
 
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソ | 著:武田邦彦
出版社:洋泉社
定価:税込999円
著:武田邦彦 出版社:洋泉社 定価:税込999円
 さて、私も同僚の質問には丁寧に答え誤解を正していたものの、次第に腹が立ってきた。武田氏は、何のためにこんな人騒がせな珍理論をまき散らしているのだろうか。さらに、番組出演のおかげでこの本が25万部突破のベストセラーになったと聞いて、堪忍袋の緒が切れた。

 本当は専門家の方にきちんと反論していただきたいのだが、ネット上を探し回ってもうまくヒットしないので、仕方なく自分でこの本を買い求めて反論することにした。

1.「地球温暖化で水位は上昇しない」のウソ

 武田氏は同書第3章「地球温暖化で頻発する故意の誤報」に《もともと地球の気温が上がったからといって南極や北極の氷が溶けて海水面が上がるということはない》。またIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)報告を引用して《「北極の氷が溶けたら海水面がどうなるのか」ということはほとんど書いていない》《「南極の周りの気温が高くなると、僅かだが海水面が下がる」という結論だ》、それなのに、環境省の環境白書(今は環境・循環型社会白書)の記述は《IPCCの英語の原文とは全く逆》とまで書いている。

 なおIPCCとは、世界気象機関(WMO)国連環境計画(UNEP)が共同で開催する国連の下部組織のことだ。地球温暖化に関する科学的根拠やその影響・対策などをまとめて報告する権威ある組織で、武田氏も一目置いているようだ。今回公開された報告書(07.2.2公表)は、科学的根拠を調査分析する第1作業部会の報告である。

 私はIPCC報告書の英語原文は読んでいないが、週刊エコノミスト誌(毎日新聞社刊 07.3.6号)に要旨が掲載されていたので、それを引用することにしたい。

 報告の「将来予測」では《南北両極では海氷の縮小が予測される》《グリーンランドの氷床の縮小は、2100年以降も引き続き海面水位の上昇を引き起こすと予測される。地球の平均気温が産業革命前と比べて1.9〜4.6度上昇し、それが数千年間続くとグリーンランドの氷床はほぼ完全に消失し、海水面が約7メートル上昇する》《人間が排出する二酸化炭素は1000年以上、温暖化と海水面の上昇を引き起こす》とあり、武田氏の引用とは全く違う。

 なお武田氏の著書には《北極の氷が溶けても海水面は絶対に上がらない》というフレーズが何度も登場する。確かに、北極の海にぷかぷか浮かんでいる氷(厚さは3m程度)が溶けても海水面は上がらない。氷は水より軽く(比重が小さく)、その軽い分が水面に顔を出しているだけ(まさに氷山の一角)なので、溶けて水に戻っても水面は上昇しない(=アルキメデスの原理)。

 これは、武田氏が「浮かんでいる氷」しか見ていないからそういう結論になるのだ。IPCC報告のように、極地(北極圏)にある世界最大の島、グリーンランドの氷床(広い土地を覆う厚い氷)に目を向けると、一転して上記のような予測となり、水位は7mも上昇する。なおグリーンランドの急激な氷の消失については、アル・ゴア著『不都合な真実』(ランダムハウス講談社刊)P190〜P209に、ショッキングな図版とともに詳しく紹介されている。

2.「紙のリサイクルは意味がない」の論点すり替え

 同書第4章「チリ紙交換屋は街からなぜいなくなったのか」には《現代の大学生でも一番、衝撃を受けるのは紙のリサイクルだ。紙のリサイクルが何の意味もないということを知った時、学生は一様にショックを口にする》とある。

 私の勤務先では、最近大型シュレッダーを設置して紙を集中破砕し、製紙工場でトイレットペーパーにリサイクルしてそれを買う、という仕組みを作った直後なので、同僚たちが「ショックを口にする」のは当然のことだろう。

 武田氏の著書をよく読むと、根拠はこうだ。《紙の原料のほとんどは先進国の森林から採られたものであり、守らなければいけない開発途上国の森林からではない》《先進国から来る紙の原料を節約しても、熱帯雨林の減少は止められないのは当たり前なのである》。

 つまり「何の意味もない」のではなく、単に《熱帯雨林や開発途上国の森林は関係ない》と言いたいだけなのだ。確かに、途上国の森林はほとんどが燃料(薪炭材)として使われ、パルプ用に回るのは全体の2.5%程度だ。これを守るには紙のリサイクル以外の手段が必要だろうが、だからといってリサイクルは「何の意味もない」などと紛らわしい主張をしては、誤解を生じる。

 なお同氏は《紙のリサイクルを民間から自治体がやるようになった》ので《チリ紙交換屋さんが消えた》、《新しい紙のリサイクルシステムが発足し、額に汗して働いていた人たちが追放された》と主張するが、わが家の周辺(奈良市郊外の新興住宅地)には今も毎日のようにチリ紙交換屋さんが巡回し、古新聞・古雑誌や段ボールなどと引き換えにゴミ袋をくれる。決して「いなくなった」わけではない。

3.「ペットボトルのリサイクル」のデータ捏造

 同書第1章「資源7倍、ごみ7倍になるリサイクル」には、ペットボトルに関するあれこれが書かれていて、テレビではこれが主張の中心になっていたようである。

 同書には「ペットボトルの消費量と回収量、再利用量の変化」(出典:PETボトルリサイクル推進協議会)というグラフが掲げられている。これについて、リサイクルする前の《平成5年は消費量12万トンだったが、平成16年はペットボトルの消費量が51万トンで、分別回収量が24万トンだ》《ペットボトルの分別回収が進むと販売量、つまり消費量が増えたことが分かる》つまり《分別回収した方がごみが増える》と結論づけている。

 これは明らかに本末転倒だ。消費者は、分別回収されるという安心感(原因)からペットボトル飲料を買う(結果)のではない。消費者は商品としての多様なペットボトル飲料の魅力、簡便性、派手な広告宣伝などによって購買を増やす(原因)、だから当然回収するボトルも増える(結果)のだ。

 このグラフにはペットボトルの再利用量も出ていて、平成16年の《ペットボトルの販売量が51万トンなのに、再利用量が3万トンである》との説明もついている。これだと再利用率は、わずか5.9%という低さになる。

 しかし、出典と記されたPETボトルリサイクル推進協議会の「PETボトルリサイクル年次報告書 2006年度版」を読むと、05(平成17)年の国内生産量は53万t、実質回収量(国内回収+輸出)は38万t(回収率72%)、そしてその全て(38万t)がリサイクル(指定法人による引き取り+輸出による海外リサイクル)に回っているとあり、同書の3万tとはひと桁違う。

 6月3日のテレビで、細田教授が「数字がおかしい」と指摘していたのはこのデータのことだが、果たして6月28日、同協議会はこの本を名指しして「『再利用量』データに関しては、一切弊協議会のデータではなく、弊協議会の名前を騙った捏造データであります」とのコメント(参考リンク)を発表するに至った。

 その他、この本には突っ込みどころが満載で、とりわけ《節電すると石油の消費量が増える》のくだりは笑わせる。

 ガソリン代も電気代も節約して家計が2万円浮いた人が、そのお金を銀行に預金したとする。《しかし、彼が銀行に預けた2万円は一瞬だけ銀行の金庫にあったが、すぐ貸し出されて企業の社長が持って行った》《そのお金はその日のうちに社長さんが使った》《自分で使えば一度しか使われないので、その分しか石油を消費しないが、銀行に預けると2回使われる。だから石油の消費量も2倍になる》

 どなたか武田氏(東大教養学部卒。中部大学総合工学研究所教授)に、「銀行の信用創造機能」(参考リンク)のイロハを教えてあげてほしいものだ。

 お金は2回どころか、当初の預金が引き出されるまで繰り返して使われ、マネーサプライは増加していく(例:社長が2万円で食事する→その売上代金を飲食店が銀行に預ける→銀行はそれをOLに貸し出す→OLはそれで家電製品を買う……)。また借りたお金は、石油を消費する用途だけではなく、省エネ家電やハイブリッドカーの購入、屋上緑化など、地球環境を守る用途にも振り向けられるだろう。

 それにしてもお騒がせな本だ。特に、データ捏造は許されるものではない。今後の著者および出版社の対応を注視したい。最もお気の毒なのは、こんな教授に学び、あげく著述にまで協力した6人の学生たちだ。若者よ心配するな、マトモな大人も多いのだから。

筆者ブログ:日々ほぼ好日

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[38928] 環境問題について思うこと
名前:その名はひーろ
日時:2008/11/13 21:44

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



このペンネームは規定外です。

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※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


最近、環境問題に関する色々な本が出たり、テレビ(特に朝日さん)でも
放送をしているので見ることがあります。

もちろん出来るだけ中立の立場で考えています。

そんな中で思うことです。

1.テレビでの放送は要らない。
 旱魃、豪雨等一部の事を大げさに取り上げすぎている。
 もちろん、視聴率をとるためであるがやり過ぎです。
 なんでもかんでも温暖化のせいにしている。

2.温暖化と言っている先生は信用できない。
  気温がちょっとあがれば温暖化??はあ?
 明日の天気の予想が外れるのに、何で100年後の気候が
 予想出来るのかまったく理解に苦しむ。不思議である。
 だって、1970年代は寒冷化で氷河期がやってくると
 言ってたのは何??

3.リサイクルは、本当に環境に良いものだけにして欲しい。
 リサイクルは、本当に環境に良いのか?
 ビン、アルミ缶、紙(牛乳パックも含む)、
 PETボトル等全てリサイクルが本当にいいのかわからない。
 実際にリサイクルしている業者でないと詳細はわからないからである。
 例えばPETボトルは、洗ったり、細かく砕いたり、溶かしたり
 本当に色々な過程でリサイクルされています。
 まず、洗う段階で大量の汚水が発生します。
 さらに、高額な砕く機械で大量の電気を消費しながら
 細かく粉砕し、溶かす機械も運転するのにも莫大な電気を
 使うだろうし、本当にリサイクルしなきゃいけないの??
 リサイクルして汚水・電気の大量消費・高額な機械に対する
 補助金(これに関してはあるかわかりませんが、少なくとも
 発泡スチロールのリサイクル機械は補助金があったと思います)。
  リサイクルは良いと宣伝して、実際はぜんぜん良くないのでは??
 天下りの温床になっているのかなと思う。 
 天下り=税金の無駄遣いだと思う。
 そうじゃないといってくれる方教えてください。

[29381] 試算してみました…やっぱりダメです
名前:近藤真一
日時:2007/07/27 18:30
鉄田様
> なおウチの町では、缶もビンも食品トレーも、ペットボトルと同じ日に分別回収してくれます。


 それは良いことですね。
 ただ、例に出た大田区の場合などは、回収は同じ日でも、2種類の車を出して、さらにわざわざ回数を分けて、1回目に段ボールを回収、2回目にペットボトルを回収、トレー類は別の車というようなことをやってるようです。同じ日でもちゃんと別コストがかかってますよ。もっとも大田区の場合は、重さの割に体積がかさばるペットボトルを、プレス車を使って回収したいが、そうなると何回か回ってでも別々に回収せざるをえないという事情があるのでしょうから、これはこれで合理的に考えた結果なのだろうと思います。都市部だとこの方が効率的なのでしょう。
 逆に言うと、重さの割にかさばるペットボトルを同じ車で他の資源ゴミと一緒に回収できてしまう場合というのは、その程度の分量のためにわざわざ車を走らせているということであり、効率はむしろ悪いという可能性もありますね。いずれにせよ、分別回収すればそれだけ余計にコストがかかることは間違いありません。


 ただし、リサイクル時の収集・運搬で「7、8割は余計にかかる」と言ったのは取り消します。改めてデータを見ると、可燃ゴミに対してペットボトルは重量が違い過ぎる。
 例に出された大田区の場合、平成17年データで可燃ゴミ12万トンに対し、ペットボトルは893トンで、重量比はわずか0.7%ですから、同数に近いような収集車の出動台数は出るはずもなく、7、8割なんかになるわけありませんね。
 私の住む自治体の場合、平積みトラックで食品トレーと一緒に集めていくので、重量の割にかさばるペットボトルを運ぶのは、重量比通りにはいかない効率の悪さがありそうだという頭もあったのですが、大田区の場合はプレス車で回収のようですので、体積がかさばる分は考慮しなくとも良さそうです。
 とはいえ、ギリギリ少数の車で何日もかけて回収するというわけにはいきませんから、重量比通りのコストをかければ済むというわけにもいかないでしょう。現に大田区ではペットボトルのためだけに回収車を走らせているわけですから、明らかに別のコストが発生しています。
 可燃ゴミ処理の場合は、十分に多いものがちょっと増えるだけなので、重量比通りに増えるということで良いでしょう。


 さて、ここからが本題です。


 大田区の場合で話を進めると、平成17年度の歳出決算で、清掃費は93億1,389万円となってます。
 紹介いただいた記事のデータと年度が違いますが、HPで参照できる予算決算のデータが17年度からだったので、とりあえずこれで計算します。これの全てがゴミ処理のためだけの金額とは限りませんが、一応マックスでこの金額だとしておきます。
 同じ年のゴミの収集量が可燃・不燃・粗大あわせて162,166トン、資源の回収量が34,276トン(うち80%が古紙、ペットボトルは893トン)で合わせて約20万トン。
 ゴミと資源は処理効率も違うでしょうが、そこは目をつぶって一緒に計算してしまうと、ゴミ処理平均のコストは1トン当たり47,413円の処理費用です。可燃ゴミは量がある分、効率は良いはずですのでこれを下回るだろうと思いますが、一応この数字を採用します。
 ご紹介いただいた記事の538トンで1億円というのが正しいとすれば、可燃ゴミ扱いで処理したとすれば2550万円で処理できることになります。25.5%。約1/4のコストですね。いくつか仮定で採用している数字がありますが、多いと思われる方を採用していますので、実際はもっと小さいコストで済むかもしれません。


 私の説で話を進めると、コストのうち「人間生存の基本的負荷」については消費エネルギーとみなしませんが、「職業的負荷」については消費エネルギーとみなします。
 「人間生存の基本的負荷」とは、衣食住その他でその人が生活している中でかけている環境負荷です。その人の収入から賄われる消費エネルギーですから、全コストの内、「人間生存の基本的負荷」の分は、その業種の人件費率で求められるでしょう。「職業的負荷」の分はその残りの部分になります。
 ちょっとデータが古いですが、中小企業庁の資料によれば、粗収入高対人件費比率は以下の通りでした。


-----
一般廃棄物処理業 55.5
産業廃棄物処理業平均 38.0
産業廃棄物処理業〔収拾・運搬〕38.9
http://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/keiei_sihyou/h11/07_f.html
-----


 ペットボトルリサイクル業のみでの数字があるといいのですが、そんな数字はたぶんどこにも無いので、廃棄物処理業のデータを使います。本当は総支出対人件費比率の方がよかったですが、売上高対営業利益率が数%程度で、暴利を得ているわけでもないので、上記の数字でもそう大きくは違わないでしょう。
 最も人件費率の高い一般廃棄物処理業の場合で55.5%ですから、「人間生存の基本的負荷」は55.5%で、残りの44.5%が「職業的負荷」であり、これを消費エネルギーとして勘定しなければなりません。
 まず、上述の可燃ゴミ処理でもかかるコスト分25.5%は差し引いて、その内の44.5%ですから、ペットボトルリサイクル業による対可燃ゴミ処理で余計にかかる消費エネルギーは、コストの33%ということになります。


 先に提示していただいた分別収集し選別するのに要するコスト202円/Kg、これは分別・収集・選別までなので、全コストではないかもしれませんが(大田区の70%を考えると業者に引き渡すまでの全コストは250円くらい?)、一応この数字を採用して、上述の比率を当てはめると、リサイクル処理における消費エネルギー(の金銭換算)は約67円/Kgとなります。産業系の方で見ると、人件費率はより低いので、消費エネルギーはもっと大きくなります(93円/Kg)ので、かかるコストはこの間くらいでしょうか。これによって得られる資源価値は40円/Kgですから、やはり成り立っていません。
 先の安井氏のサイトに載っていた、良い方の平均収集単価ならあるいは、とも思いましたが、これは平均「収集」単価だから、収集以外のコストは入ってない可能性が高いからなあ…。


 というわけで、不明な部分はなるべくリサイクルに有利な方を取って計算してみましたが、やっぱり全く成り立っていないという結論になりました。ペットボトル1本を救うために、少なくとも1.5倍以上の環境負荷をかけています。
 まあ、原子力発電は環境負荷でないというような立場を取れば、環境負荷はもっと小さいという試算も可能でしょうが、私はその立場は取りません。
[29351] 問題は、消費エネルギー量
名前:鉄田憲男
日時:2007/07/26 06:13
近藤真一さん。


> 分別コストを含めると、焼却ゴミとして収集する
> 場合と比べて、差はもっと大きくなるはずです。


ここで問題にすべきは、ペットボトル処理に要する「消費エネルギー量」なり「環境負荷」です。「コスト」ではありません。根拠数字の分からないものを、あれこれ詮索しても、実りのある議論ができるとは思いませんので、はっきりしたデータが見つかるまで、この議論は保留にしておきます。


なおウチの町では、缶もビンも食品トレーも、ペットボトルと同じ日に分別回収してくれます。近藤さんの町のように、ペットボトルだけのためわざわざ収集車を走らせていませんので、《少なく見ても7、8割は余計にかかる》ということはありません。
[29340] 同様ではないと思います
名前:近藤真一
日時:2007/07/24 20:16
鉄田様
> ペットボトルを「焼却」する場合、収集・運搬費用は同様にかかりますが、


 同様ではないと思います。
 [29264]で疑義を述べてる通り、多くの自治体ではペットボトルなどの資源ゴミの回収は可燃ゴミや不燃ゴミとは別の曜日に回収しています。私の住む自治体では委託業者も別です。業者委託しているところなら、そういうケースが多いと思います。つまり、可燃ゴミと一緒に集めるのとは別のコストをかけています。
 業者委託でなければもっと上手くやっているかというとさにあらず、委託でない直営の方が、なぜか平均収集単価は倍以上高いということになってました。


 ペットボトルが可燃ゴミとして一緒に収集されるならば、ペットボトルの分だけゴミが増えるとはいえ、分量的に他のゴミより相当程度少ないですから、余計にかかる費用は多くみてもせいぜい1,2割増しでしょう。可燃ゴミの収集で100のコストがかかっているとすれば、ペットボトルを一緒に集めても高々120です。
 しかし、上記の通り全く別口で収集しているとなると、同じエリアを回収して回らなければならないわけですから、いくら分量的に少ないにしても可燃ゴミ回収とほとんど同じくらいのコストがかかるでしょう。少なくみても7、8割は余計にかかると思います。170以上ということになります。


 それに、一般的には、収集・運搬ではなく、選別の方がコストはかかると言われていると思うのですが。大田区の場合、本当にペットボトル処理費用のうち70%が収集・運搬コスト(分別コストを含めず)なんですか? ちょっと信じ難いですが。
 ちなみにその大田区のHPで「PET ボトルのリサイクルコストのうち約7割は収集・分別・保管業務が占めるといわれているが」と記述された資料は見つけました(「清掃、リサイクル協議会報告書(第2期)」)。分別も含めて7割ならわかります。
 また、ペットボトルではなくゴミ一般の場合で、収集・運搬のコストが全体のコストの6割を占めるというのが、一般的な数字のようです。一般ゴミより厳密に分別しなければならない資源ゴミで、分別コストの割合がより少ないというのは解せません。
 分別コストを含めると、焼却ゴミとして収集する場合と比べて、差はもっと大きくなるはずです。
[29307] 追記(その3)
名前:鉄田憲男
日時:2007/07/21 13:38
今朝(7/21)の奈良新聞に、《ペットボトルの消費に後ろめたさを感じる女性は約5割》という記事が出ていました。水宅配のアクアクララ(株)の調査結果で、《ペットボトルのごみを減らすべきだと考える人も8割近くに達し、同社は「異常気象の多さが肌で感じられる中で、ごみ問題など環境への意識が高まっているのでは」と話している》。
※アクアクララのHP(「現代人と水」に関する意識調査結果)
http://www.aquaclara.co.jp/search/index.html


同社は、12リットルのリターナブル容器で水を宅配する業者なので、調査結果はやや割り引かなければなりませんが、それでも消費者意識の高まりがうかがえます。ごみリデュースのためには、とても好ましいことです。


さて、近藤真一さんのお説に従って、ちょっと考察してみます。


ペットボトル処理に要する消費エネルギー量(処理に携わる人間や自動車が使用するエネルギー量)をきちんと計算したデータは、今のところ見つけることができません。


しかし費用面では以前、東京都大田区のペットボトル処理費用(収集、運搬、ベーリング=束ねて圧縮、業者への引き渡し)は年間1億円で、《うち70%が収集・運搬コスト》だと出ていました(「循環社会の現実(8)」日刊工業新聞04.11.5付)。


大田区のHPによれば、03年のペットボトル回収量は538トンでしたので、トンあたりの収集・運搬費用は130千円(1億円÷538トン×70%)と、近藤さんが引用された数字(106千円〜265千円/トン)の範囲内に収まりますので、信頼性は高いでしょう。


ペットボトルを「焼却」する場合、収集・運搬費用は同様にかかりますが、残りの3割部分(ベーリング、業者引き渡し費用)は不要です。そのかわり焼却のコストを要しますし、余計な熱エネルギーおよびCO2の放出や大気汚染という「環境負荷」がかかります。


> 人件費を消費エネルギーとみなさなければ、消費エネルギー
> の観点でリサイクルは成立しています。
> 人件費を消費エネルギーとみなせば、消費エネルギー
> の観点でもリサイクルは成立していません。


という話を引き延ばすと、「リサイクル」することで生じるこの3割部分の環境負荷の大きさと、「焼却」することで新たに生じる環境負荷の大きさとの比較が、(消費エネルギーの観点から見た)リサイクルが成立するかどうかの分岐点、ということになります。


以上が近藤説を敷衍した私なりの推論です。私としては、「ペットボトルの処理問題は廃棄物対策なので、環境負荷や費用の多寡だけでリサイクルか焼却かを選択するのではなく、国や自治体の長期的な資源・環境対策として決定すべきだ」と考えています。
[29289] 消費エネルギーとして成立していないからダメ
名前:近藤真一
日時:2007/07/20 11:56
鉄田様
> これを「商売(市場原理)で成立していないからダメ」などというのは、同義反復でしょう。


 私が言いたいのはそういうことではありません。最終的には「消費エネルギーとして成立していないからダメ」と言っているのです。
 環境負荷を下げるための業が、実は環境負荷を上げているのだとすれば、そんな仕事はやる意味が無いどころか、むしろ害でしょう。自治体か民間かなど関係ない話です。


 人件費を消費エネルギーとみなさなければ、消費エネルギーの観点でリサイクルは成立しています。
 人件費を消費エネルギーとみなせば、消費エネルギーの観点でもリサイクルは成立していません。
 しかし、私が思うところは、そのどちらかではなく、その間です。人件費の内、「人間生存の基本的負荷」については消費エネルギーとみなしませんが、「職業的負荷」については消費エネルギーとみなします。
 その観点で見ても、消費エネルギーとして成立していないように思えるのでダメと言っているわけです。


> 燃やしてごみを「リデュース」していては、またぞろ地球温暖化やCO2排出や大気汚染の問題に直面してしまいます。


 一理あるようにも思えますが、目の前の廃棄ペットボトルの山しか見ていないご意見だとも思えます。
 ペットボトルリサイクル業の中で、総体として消費エネルギーが増えているとすれば、たとえ目の前の燃やさなければいけないペットボトルの山は減っているとしても、どこか他のところで、それ以上の量の、CO2排出を含めた環境負荷をかけているということですよ。
[29286] 追記&回答(その2)
名前:鉄田憲男
日時:2007/07/19 23:25
1.『Newton』8月号の総力特集


月刊科学雑誌の『Newton』07年8月号(税込 千円)は、まるごと一冊「地球温暖化がみるみるわかる」特集です。豊富な図解で、温暖化問題の今がとてもよく分かり、もちろん最新のIPCC報告書の成果も取り入れられていて、武田氏に進呈したいくらいです。


同誌で、特別インタビューに登場しているスタンフォード大学のスティーブン・シュナイダー教授(気候変動研究の第一人者で、IPCC報告書作成にも参加)が、興味深いことを語っています。


《地球温暖化が進むという将来予測に、疑問を持つ科学者がいますね》という同誌の問いに、「無病誤診」(病気でないのに、病気と診断された)と「有病誤診」(病気なのに、病気でないと診断された)という比喩を使って説明されているのです。


つまり、地震予知の学者が「地震が起きる」という予測を発表したために、先を争って避難しようとする人が自動車事故で200人亡くなる(しかし地震は起きなかった)というケースが「無病誤診」。何も発表せず(しかし地震が起きて)1万人が亡くなるというケースが「有病誤診」です。


《疑い深い科学者の多くは「無病誤診」を嫌います。絶対に確信できる予測でないかぎり、むやみにそれをいうべきでない、という考え方です。私は、もう片方の立場です》。最悪のケース(最大のリスク)を避けるために《どんな対価を払ってでも、破局的な気候変動が起きる事態を避けなければならないと考えているのです。そのためには、温暖化の速度をとにかくゆるめなければなりません》という態度には、とても潔いものを感じます。


2.ご意見板への回答


山田ともみさん、有益な情報を有難うございました。今はざっと拝見しただけですが、じっくり読んで参考にさせていただきます。


近藤真一さん。


> 商売として、つまりコストとしてはペットボトルリサイクルは成立していないわけですね。


容リ法のところで説明しましたが、ペットボトル対策はごみ(廃棄物)処理問題です。廃棄物問題は、市場の失敗(外部不経済)の典型例です。市場(商売)で解決できない(=失敗)から公的サービスで解決しよう、としているのです。これを「商売(市場原理)で成立していないからダメ」などというのは、同義反復でしょう。


かつてはクズ屋さんが屑鉄や針金を買いに回ってきてくれました。今はチリ紙交換屋さんが関の山です。これらは「例外的に」市場原理が成立している希有な例です。


もし奇特なクズ屋さんがいてペットボトルを回収してくれれば、そこでは市場原理が働きます。1kg40円だから、30本(@約30g)集めれば40円もらえます。ウチの近所の酒屋さんはビールのアルミ缶を1箱24円(1缶1円)で買い取ってくれるので、ペットボトルも今の高値が続けば、商売として成立するかも知れません(もし奇特な方がいれば、という仮定の話ですが)。


いずれにしてもペットボトルのリサイクルは、ごみ焼却場不足という現実的な問題(市場の失敗)の解決策なので、もともと「商売として成立するか」どうかというのとは次元の違う話です。


> リサイクルの仕組みそのものが、飲料メーカーにとってのペットボトル生産の免罪符
> となり、消費者にとっての見せかけの安心感になっているように、私には思えます。


そういう「安心感」を持っていた方には、良い警鐘となったでしょう。武田本の、思わぬ副次的効果というべきでしょうか。ただし来年4月からは改正容リ法の施行で、飲料メーカー(事業者)は市町村にお金を払う(資金を拠出する)ことになります。

 
なお「リデュース」とは、「ごみの発生源を減らす」ことです。燃やしてごみを「リデュース」していては、またぞろ地球温暖化やCO2排出や大気汚染の問題に直面してしまいます。
[29284] 資料ありがとうございます
名前:近藤真一
日時:2007/07/19 19:39
山田様


 資料の紹介ありがとうございます。
 収支計算はスライドは、どこかで見た数字だと思ったら、そのまま安井氏が運営しているサイトを見たことがありました。
 安井氏は確かにリサイクルを推進する立場ですが、文面から受ける印象としては、公平かつ客観的な主張をしていると思います。
 数値の説明についてはこちらに詳しい説明が出ています。
ペットボトル現況 10.11.2004
http://www.yasuienv.net/PetBottle2004.htm


――(以下引用)――
バージン原料のケース
 原油採掘−石油精製−PET樹脂素原料製造(PTA、EG)−輸送 27.9MJ/kg
 このほかに原料として 34.8MJ/kg
 合計して62.7MJ/kg

リサイクルペットボトルが原料のケース
 市町村回収−ベール輸送−解重合−精製−PET樹脂  28.3MJ/kg

 リサイクルペットボトルの負荷はゼロだと仮定すれば、合計28.3MJ/kgでPET樹脂ができる。すなわち、非常に大雑把に言えば、原料として使われる石油分だけは、確実に節約できる。
――(引用ここまで)――


 アイエスが出していると思われる資料をもとにした数値が紹介されています。市町村回収、ベール輸送といったところを含めての消費エネルギーとなっていますが、回収の内訳が何なのかが不明です。「人件費は消費エネルギーに含めず」などということなら、それは乱暴に過ぎると私は言っているわけです。「リサイクルペットボトルの負荷はゼロだと仮定すれば」の「負荷」とは何を指しているのかもよくわかりませんが…。


 ご紹介いただいた資料でも、「反リサイクル主張の誤謬」とした次のページで「人件費は環境負荷か?」としている点からすると、安井氏は人件費は環境負荷に含めずという考えではないかと推察します。もしくは、人件費として「人間生存の基本的負荷」と「職業的負荷」の2つに分けられているもののうち、一方は環境負荷に含めずということでしょうか。説明が無いので断定は避けます。
 「誤謬」などと言われるとこっちも腹が立つので喧嘩になってしまうわけですが、結局のところ、人件費としているところのうちどれだけをリサイクルによって発生する環境負荷に含めるかという認識が違うだけだと思います。


 私の考えとしては、「人間生存の基本的負荷」は、業として発生させているわけでなく、もらった給料の中から人間として生活していく中で発生させている環境負荷であり、これは含める必要は無いと考えます。が、「職業的負荷」に関する部分は、(オフィスの冷暖房など、他の職業でもやはり発生するものも含め)これはリサイクル業として発生させている環境負荷と考えるべきだと思います。
 前者は社員や職員が手にするサラリー分であり、後者はそれ以外の経費や設備投資費などに当たりますので、企業の全支出のうち人件費以外の占める割合を考えれば、だいたい「人件費」とされているもののうちどれだけを消費エネルギーに含めるべきかが分かるでしょう。ほとんどが人件費なので消費エネルギーはありません、などということにはならないはずです。


 同じサイトの「(続)ペットボトルの現況 10.23.2004」には「(5)ペットボトルの回収費用は、本当に高いか」という論考も載っていますが…
http://www.yasuienv.net/PETLCA2004.htm
 収集平均単価として10.6万円/トン(委託の場合)〜26.5万円/トン(直営の場合)という数値が紹介されております。鉄田様に教えていただいた数字、202円/kgと合致する数字ですね。素晴らしい。
 1本辺りだと3円〜8円強くらいになるそうで、「いずれにしても、PETボトルを集めると20円/本も掛かるという話はどうも神話のようですね」ということになっています。でも資源価値としては40円/kg=4万円/トンにしかならないわけですからね。程度の差はあれ、やっぱり「回収費用は、本当に高い」というのが事実じゃないでしょうか。
[29266] リサイクル
名前:山田ともみ
日時:2007/07/17 19:51
横から失礼します。
「市民のための環境学ガイド」サイト中の安井至氏の講義スライドの中にここ何回かのやりとりに関係するスライドがあります。
http://www.yasuienv.net/PPT/index.htm


安井氏はリサイクルを推進する立場で、
2月6日2006年: 市町村アカデミー「廃棄物とリサイクルの諸問題と自治体の役割」
のスライド56枚目には「反リサイクル主張の誤謬」として、ちょうど近藤真一さんの発言内容のようなことを取り上げています。スライドの説明文がないのでわかりにくいのですが、他の回のスライドなども見ると、全体としてリサイクル派の主張が理解できるのではないかと思い、お知らせします。


10月〜12月2004年: 中野区民環境講座 4回目
のスライドには、ペットボトルのリサイクルをした場合と新規に作った場合のエネルギーの収支計算と思われるスライドもあります。ご参考までに。
[29264] やっぱりリサイクルは成立していないですね
名前:近藤真一
日時:2007/07/17 19:15
鉄田様


 詳しいご回答、ありがとうございました。


 なるほど。商売として、つまりコストとしてはペットボトルリサイクルは成立していないわけですね。
 「コスト=消費エネルギー」というのは確かに大雑把でしょうが、人件費は消費エネルギーに含めずというのも乱暴すぎると思いますので、202円のコストに対して40円の資源価値というあまりに大きな差を見れば、消費エネルギーの点でもリサイクルは成立していないものと考えます。


 確かに、リサイクルせず、ゴミとして回収するのもコストはかかります。もしゴミ回収でも202円に近いコストがかかるのであれば、どうせ同じコストがかかるのだから、リサイクルしないよりした方がマシと言えるでしょう。40円分は資源価値があるので、ゴミとして回収しても162円以上かかるなら、リサイクル回収の方が良いと言えます。
 しかし、実際は資源ゴミの回収は焼却ゴミなどとは別に行っており、別の曜日に、別の車を走らせるなどして行われています。私の居住する自治体では委託業者も別口です。つまり、202円のうちの大部分は、ゴミ回収コストとは別に、新たにかかっているコストと考えられますし、即ち別に消費エネルギーが増えているということになります。
 ゴミと一緒の回収なら、ゴミの量が増える分だけ回収車の走行量を若干増やさなければならないでしょうが、せいぜい2〜3割で50円増くらいじゃないでしょうか。ゴミとして回収する方が、リサイクル回収よりはるかに省エネルギーだと思います。


 リデュースが最優先なのであれば、実はエネルギー消費が増えている似非リサイクルなどを推進するより、焼却した方が良いと考えますが、いかがでしょうか(昔は燃やせなかったが、今は燃やせるように技術進歩したならば)。たとえ熱効率が悪く、サーマルリサイクル向きでないとしても、焼却ゴミ扱いでも、そちらの方がマシなのではないかと思うのですが。


 容リ法を含むリサイクルの仕組みそのものが、飲料メーカーにとってのペットボトル生産の免罪符となり、消費者にとっての見せかけの安心感になっているように、私には思えます。人が飲む水分の量が10年間で4倍以上も増えてるはずもありません。リサイクルが免罪符として機能せず、消費者も安心して買わないならば、平成5年は消費量12万トンだったものが平成16年で51万トンまで増えるわけがない。
 自宅で沸かすお茶もいいですが、飲料メーカーが開発努力を重ねて作り出した美味しい飲み物だって私は飲みたい。でもそれらの多くはペットボトルでしか販売されておらず、飲みたければペットボトルを買うしかなく、強制的に環境悪化に荷担させられてしまう。それが残念です。紙パックなどで売ってくれれば、いくらでも「マイ水筒」に詰め替える用意はありますが。


 『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』は、数字の嘘が確かにあるのでしょう。
 でもそれ以上に重要なのは、適当に誤魔化して、成り立っていないものを成り立っているように見せかけているものに対し、成り立っていないぞと指摘することではないでしょうか。
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