
渡邊洋之・著
東信堂・刊
2800円+税">
佐久間淳子さんが
「国際捕鯨委員会・2007総会ウォッチ(5)」などで検証しているように、日本の調査捕鯨計画は年々、拡大の一途をたどってきた。
とりわけ今季・2007/8のシーズンは当初、ザトウクジラの捕獲まで予定していたこともあり、国際的に大きな波紋を投じつづけている。(おもな関連報道 ・
調査捕鯨・悩む政府(東京新聞) ・
鯨肉収入2割減る(朝日新聞))
「近現代におけるクジラと人間」という副題のついた
『捕鯨問題の歴史社会学』は、果たして鯨食や捕鯨は、私たちの伝統なのか文化なのか、さまざまな角度から再検証、問題提起した力作である。
捕鯨を伝統として営んできた地域の文化は、捕鯨法の歴史的変遷などを踏まえた上で尊ばれる必要があるのかもしれない。しかし、そのような場所は私たちが何となく思うほどには多くない。
鯨食は、第2次世界大戦後までは多くの地域で、縁起物あつかいで非日常食だったか、あるいは食べなかった。【全国的かつ日常的にクジラを食するようになったのは、第二次世界大戦後であったということが考えられる】(138P)。
私たちのクジラとの関わりは、本来、地域によって個々人によって、時代によってさまざまだった。瀬戸内で行われていたスナメリ網代漁に代表されるように、クジラそのものは獲らず漁業の助けとした地域もあった。クジラをある種の神と見なして、捕りも食べもしなかった漁村も少なくはない。
だが、近代、文明化にともなって、私たちとクジラとの関わりは画一化される。ノルウェー式捕鯨の導入により、たとえば、ノルウェー人の船長、日本人の船員、朝鮮人の下働きというような職員構成で、捕鯨は産業化、大規模化した。これまで縁のなかった地域でも営まれるようになった。明治時代にはあちこちで漁民らによる近代的な捕鯨業に対する反対運動がおき、青森県・鮫村(現・八戸市)では事業所の焼打ち事件にまでなった。
近代日本では、【クジラを捕獲し食するということが、日本の、あるいは日本という国家の庇護の下にある産業の支配によって、植民地を含むこれまでにそのようなかたちでの食生活が成立していなかった地域へ侵入していく】(138P)。そして、いつの間にか私たちは、鯨食や捕鯨以外の伝統や文化を忘れてしまった。クジラと人々の関わりは画一化されたのだ。
私は、
亡き網野善彦のファンなので、日本に住む人々を歴史的にも現在も単一民族だとは思っていない。おそらく明治より前、人々は国より藩、あるいはもう少し小さい単位への帰属意識の方が高かった筈だ。国という概念や言葉は、その意味するところがきわめて流動的で多彩だ。たとえば川端康成は『雪国』(1935−7)で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と書いた。もし、県境や雪県だったら風情がない。千昌夫が歌うのも『北国の春』(1977)なのだ。
日本人という概念も、緻密に検証してみれば、日本国籍を有する者、あるいは日本列島に居住する人々である。「日本人」があたかも民族のごとく思えるようになるのは、近代以後のことだ。そして日本民族という近代以後に成立した概念によって、私たちの伝統や文化などを画一的に規定することは、よく行われることとは言え甚だしく危険だ。
コンラート・ローレンツの名著『文明化した人間の八つの大罪』は、近現代人の文明化を批判した(関連サイト:
<1> <2>)。大罪の二つは「伝統の破壊」と「教化されやすさ」だ。私たちはとても教化されやすく、伝統や文化、民族といった言葉に弱い。それらの内実は、本書のように緻密に再検証されて然るべきなのだ。
たとえば、文化とは私たちのなりわいのほぼすべてを指すのだが、とかくハイカルチャーのみを考えやすい。伝統とは検証してみれば変化の連続に他ならないのだが、そうは思わない傾向すらある。そしてクジラと人間のさまざまな関わりと言うような、良い意味での伝統の多くを、私たちは破壊してしまった。
素朴に「鯨食文化は日本人の伝統」などと思うのはいささか乱暴で、その内容を史的によく確かめる必要がある。本書のように緻密に検証してみれば、着実に言えることは「縄文人には沿岸でクジラを利用した形跡がある」、「6世紀から10世紀にかけてのオホーツク文化圏では捕鯨が行われていた」、「長崎・佐賀・福岡・高知・和歌山などの県沿岸では、17世紀末には網捕り式捕鯨が確立されていた」とか、「19世紀はじめごろから大阪では、武士や町人の鯨食が始まったらしい」という位なのだ。
日本の鯨食の実態は、全国的には「(1)鯨食をする地域でも、第二次大戦前は縁起物として、ハレの日のみに食べられることが多かった、(2)1の地域も全国的に見るならばそう多くはなかった」という歴史なのだ。ことはクジラに限らない。マグロ、ウナギ、エビ、ハマグリなどなどなど、今や私たちの「食べすぎ」「捕りすぎ」は明らかで、世界の海を日本の食卓のために掻っさらうような事態を招いている。
伝統や文化の検証が必要なのは食文化だけではない。いまや国技として称されるようになった大相撲も、漱石の『坊ちゃん』(1906)では「両国回向院の相撲」にすぎない。その(江戸→)東京相撲興行が、大阪の興行を統合して大相撲となったのは1927年のことだ。私たちはとかく、自らの見聞や体験などを普遍的なものだと思いがちだが、時間的空間的にはきわめて特殊なそれにすぎない。
文明化した私たちは今、環境問題の深刻な悪化や人類生存の危機に直面している。そこで、伝統や文化などを緻密に再検証し、生態系などを含めて地域や人々を生き生きと再生させながら、あたらしい生き方を模索せねばなるまい。
本書によって鯨食や捕鯨のみが私たちの伝統や文化ではなく、本来、さまざまなクジラとの関わりがあったと知ることは、とても有意義だと思う。