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文化

「太宰治文学サロン」が三鷹にオープン

ひらのゆきこ2008/03/05
3月1日にゆかりの地である東京・三鷹に市がオープンした「太宰治文学サロン」を、翌2日に早速訪ねてみた。三鷹駅南口から徒歩3分のマンションの一室にあるサロンでは、代表作「人間失格」直筆原稿の複製などが展示されていた。近くには山本有三記念館やジブリ美術館もある。桜が満開になるころにでも、一度に足を運んでみては如何だろうか。
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「太宰治文学サロン」が三鷹にオープン | <center>パネルを熱心に見る来場者</center>
パネルを熱心に見る来場者
 作家・太宰治のゆかりの地、東京・三鷹に「太宰治文学サロン」が3月1日オープンしたという記事が新聞に載っていたので、早速行ってみた。太宰がよく酒を買っていた「伊勢元酒店」跡地に建てられたという文学サロンは、三鷹駅南口から徒歩3分のマンションの1階にあった。

 商店やビルなどの建ち並ぶ一角にある文学サロンの中に入ると、太宰が愛用していた火鉢や代表作「人間失格」の直筆原稿の複製や著作本などが展示してあり、三鷹時代の太宰の生活を伝える写真・地図・年譜などのパネルを、来館者が熱心に見入っていた。館内は落ち着いた雰囲気で、椅子に片膝を立てて座っている有名な写真を撮った銀座のバー「ルパン」のカウンターを再現し、太宰の生きた時代の雰囲気をかもし出している。

「太宰治文学サロン」が三鷹にオープン | <center>「人間失格」の直筆原稿の複製と著作本</center>
「人間失格」の直筆原稿の複製と著作本
 筆者がこの文学サロンを訪れたのはオープンの翌日であるが、日曜日だったこともあって来場者が多く、太宰ファンだけでなく、通りがかりに寄ったという人たちもいた。中には小学生の男の子を連れたお母さんもいて、市民ボランティアのガイドさんたちが、男の子に「中学生になったら教科書に『走れメロス』が出てくるから、そのお話を読んで友情の大切さを学んでね」などと話しかけていた。

 太宰と三鷹というと、どうしても愛人の山崎富栄と玉川入水心中した場としてのイメージが強いが、太宰にとって三鷹時代(1939年〜1948年)は作家としてもっとも円熟した作品が生み出されたときである。それは、代表作と言われている作品のほとんどがこの時期に書かれていることからもよくわかる。ちなみに、筆者の好きな「津軽」もこの三鷹時代に書かれている。

 この文学サロンは、今年は太宰の没後60年、そして来年には生誕100年を迎えることから、その記念事業として三鷹市が開設したそうだ。太宰の墓のある禅林寺など、市内には太宰にゆかりのある場所が20箇所近く点在しており、それらの拠点施設としての役割を担うという。

 筆者は必ずしも太宰の熱心な愛読者というわけではないが、太宰のことを考えるときいつも思い出すのは、太宰の妻と太宰の長兄が言っていた言葉である。作品の口述筆記をしていた太宰の妻は、太宰があとで口述筆記したものを読み、一字一句ほとんど書き直すことはなかったと語っている。また、戦争中、太宰が津軽の生家に疎開していたとき、長兄は本を読んでいる太宰を見てその早さに驚いたと述懐している。

 2人とも太宰のもっとも身近な存在であると同時に、その死も含め、もっとも被害を蒙った人たちであるが、その2人が一様に伝えているのは、文学に対する太宰の真摯な姿である。太宰の死については諸説あるようだが、残された遺書には「書けなくなった」と記されていたそうだ。文学に生き、文学に死んだ太宰の人生が、終焉の地であるこの三鷹にオープンした「太宰治文学サロン」によってふたたび蘇ったことは、多くの太宰ファンにとっては大きな喜びであるにちがいない。

 少し足を延ばせば、山本有三記念館やジブリ美術館もある。玉川上水沿いの「風の散歩道」の桜が満開になるころにでも、是非一度、この「太宰治文学サロン」に足を運んでみてはいかがだろうか。

●「太宰治文学サロン」案内
住所:三鷹市下連雀3−16−14
電話:0422−26−9150
開館時間:午前10時−午後5時30分
休館日:月曜日(月曜日が休日の場合は開館し、翌日と翌々日を休館) 年末年始(12月29日〜1月4日)
入場料:無料

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