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「平和の祭典」オリンピックにナショナリズムは要らない もうたくさん

円山てのる2008/04/25
古代五輪は「平和の祭典」だった。近代五輪も、その精神を受け継いでいる。だが、8月の北京五輪の聖火リレーをめぐって、チベット人が中国への抗議行動を起こし、世界の注目を集めている。だが、五輪をナショナリズムの衝突場所にしてはならない。真の「平和の祭典」は、すべての競技者が「地球人」として競うことで実現されるに違いない。
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「平和の祭典」オリンピックにナショナリズムは要らない もうたくさん | <center>ベルリン大会を観戦するヒットラー</center>
ベルリン大会を観戦するヒットラー
目次
1.高揚するナショナリズムが激突する五輪
2.国歌、国旗から「フリー」な立場で競技を


高揚するナショナリズムが激突する五輪
 
 古代オリンピック――。その原初は、古代ギリシャの2ヵ国=スパルタとエーリス=だけの祭典だったと言われる。4年に1度のスポーツ大会。回を重ねるごとに参加国が増え、やがてギリシャ全土の諸国が参加するようになった。

 競技は、全裸の成人男子たちによって、神々の王、ゼウスに捧げられた。その期間中、参加国は戦争を中断した。神聖なる祭典であったことと、開催地オリンピアへ向かう出場者や観客らの安全を確保するためでもあったようだ。

 古代オリンピックに<平和の祭典>たる精神を見出したフランス貴族、ピエール・ド・クーベルタン男爵は、あらためて世界中の国々にオリンピックの開催を呼び掛けた。賛同者を得て、1896年の第1回アテネオリンピックの開催に漕ぎ着けた。近代オリンピックの誕生である――。

 当然のごとく、近代オリンピックもまた<平和の祭典>として認知されてきたはずである。いまも、多くの日本人はオリンピック贔屓と思われるが、それはやはり、1964年の東京オリンピック開催によって、太平洋戦争の敗戦〜アメリカによる占領を経た当時の日本、日本人が復興の実感と繁栄の予感の中、平和の尊さを強く噛みしめることになった、その体験、体験の記憶からくるものだろう。

 だが、今回の北京オリンピックは、すでに世界各国を巡る聖火リレーの段階から波乱の様相を呈している。中国政府のチベット圧政が、現地のチベット人蜂起によって露わになったことが切っ掛けである。おそらく、中国政府の同化政策を拒む、特に若いチベット人層が中心となり、あえて、聖火リレーが始まる直前に中国政府によるチベット圧政の事実を、広く世界へアピールする計画が進行していたのだろうと推測される。

 中国政府の独裁・人権抑圧政治は、目下、チベット人など少数民族支配政策のかたちで象徴的に顕在化している。中国経済の著しい発展の陰に隠れ、中国人民自身による民主化要求が、すっかりトーンダウンしていることの反映であり、裏返しである。

 漢民族の圧倒的経済力と、それに伴う膨大な人的流入は、少数民族の文化や生活、そして民族的基盤を揺るがしている。チベット人の若い層は、居ても立ってもいられぬ危機感に苛まれているのだろう。

 おおかたの中国人民は、都市と農村間の巨大格差や尋常でない環境汚染の問題を抱えつつも、表面的には富や豊かさを獲得し、繁栄に酔い、有人ロケットまで宇宙に飛ばした民族の誇りを胸に、北京オリンピックの成功を強く願っている。一方、チベット人の蜂起で如実に分かるのは、中国政府の圧政に対抗しようとする、彼ら少数民族の誇りの高さである。

 オリンピックをキーワードに、いままさに民族の誇り=ナショナリズムが高揚し、そして衝突する現実の図式が、はっきりと見えている。日本でも、長野で北京オリンピックのための聖火リレーが予定されているが、その出発式会場になるはずだった善光寺が、敷地の提供を辞退したことについて、インターネット上では賞賛の声が沸き上がっている。

 善光寺が出発式会場を辞退したことに関連し、日本の主要メディアが伝えることのなかった諸外国メディア論調(と言われる情報)を、紹介しよう――。

<引用> 

「善光寺が発した静かな怒りは、世界の全仏教徒のみならず宗派を超えた宗教指導者が身を切るほどの警告となった」。@CNN(アメリカ)

「ZENKOUJIは一滴の血も流さず、一個の石(投石?)も用いずに最大級のデモンストレーションを成し遂げた」。@NBC(アメリカ)

「日本の対中外交の勝利をもたらしたのは、政治家ではなく若き僧侶だった」@F2

「2000年の時を越えて、遠い東の国にBuddismの精神が変わらず受け継がれていることをZenkojiはこれ以上にない方法で示した。我々は、我々と同じ価値観を共有する日本国民と日本の仏教界に強い尊敬と親しみの念を覚える」。@IDN(インド)

「物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた。拡声器もプラカードも用いないその静かな抗議の声はしかし、どんな喧騒よりも深く強く世界の人々の心に届くに違いない」。@BBC(イギリス)

「聖火リレーのボイコットを表明したその日も、Zenkojiは静かだった。その日、Zenkojiの境内で取材を続ける私は、全身にしみこむ鐘楼の深く低い音に思わず立ち尽くした。憎しみや悲しみを洗い流すこの聖なる音色が1300年にわたり受け継がれていることは世界の奇跡である」。@AE通信(オーストラリア)

〔原典は不明――インターネット上でコピペが繰り返されている〕

<引用・終>

――をとらえ、日本人としての誇りを感じ/訴えるインターネット上の書き込み=意見が、ここ数日、果てしなく連鎖している印象を受ける。

<引用>

<<読んでて涙が出てきたよ。世界は日本をしっかり見ているし、日本が発信するメッセージを正確に聞く耳も持っている。日本の親中メディアは一行も伝えない世界からの賞賛の声を、せめてコピペで伝え合おう>>

〔同じく原典は不明――インターネット上でコピペが繰り返されている〕

<引用・終>

――との文章とあわせ、あたかも一大キャンペーンがインターネット上を駆けめぐっているように見えるからである。
◇ ◇ ◇

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[33977] 根拠のない流言を広めるのはジャーナリズムのモラルにもとる
名前:山口一男
日時:2008/04/29 16:52
佐藤折耶氏の意見に全面賛成です。
念のためCNN, NBC、BBCについて善光寺の辞退に対する記事で引用されているような評価の記事の有無を調べてみましたが、全く見つかりませんでした。見つかった記事は単なる事実の報道のみの記事です。もちろん、私が見つけられなかっただけかもしれない。しかし、こういう場合、原典を引用せず、「原典は不明、ネットでコピペが繰り返されている」との断りだけで、無批判に外国ディアの報道とされるものを記事に引用する書くなら、流言の流布に加担しているといえます。以前福島瑞穂氏の発言についてネットで根拠のない流言が流布したことがありました。流言は人権侵害の可能性もありえます。今回は人権侵害はないにしても、物事の客観的判断をゆがめることになります。私自身は、善光寺さんの選択に肯定的であったけれど、こういう記事は、まず事実に基づいて報道する、ジャーナリズムの基本精神に反します。JANJANも、流言を批判的に取り上げる以外の理由での、外国マスコミの原典のない引用は、記事に載せてはならないとの基準を持つべきです。
[33936] 必ず出典の確認を
名前:佐藤折耶
日時:2008/04/25 15:01
出典の確認が取れていないにもかかわらず、出典元らしきものを明記するというのは、著作権法を持ち出すまでもなく、基本的な情報倫理・ジャーナリズム倫理に明らかに反するものです。確認をきちんと取るか、確認が取れないのであれば出典不明とすべきです。ネット時代だからこそ、ネット上の真偽不明の情報は、きちんと確認すべきなんです。


こういう基本的なことは、編集部できちんとチェックすべきなのに、それができていないのは非常に問題です。これでは、市民メディアは所詮ジャーナリズムのイロハもわからない幼稚なメディアとなってしまいます。


大変なのはわかりますが、これは言い訳が効かないレベルの話だと思います。
[33935] 「平和の祭典」
名前:村上久三郎
日時:2008/04/25 13:27
「もともとオリンピックは平和の祭典だから、ナショナリズムは要らない」というご意見が散見されます。無学の私にはオリンピックの起源について良く分かりませんが、今から50年前、私は高校生でした。文部省認定・英語の教科書にオリンピックの起源について次のような一節がありました。「At last a wise man thought that in order to stop the fighting he would gather together men of different cities and have them try to beat one another in atheletic contests and games.」(何分50年前の記憶なので、少し間違っているかも知りません。よかったら文部省でご確認下さい。) それ以来、私はオリンピックは「平和の祭典」ではなく、「争いをなくすることを目的とした祭典」という印象を持っています。
 昨今の騒動を私は大歓迎です。チベットの方々、中国(漢民族?)の方々、ウィグルの方々も、大いにナショナリズムを表されることを希望致します。私が、最も恐れているのは、オリンピック終了とともに、この類のデモが一切消えてしまうことです。
 昨今の騒ぎがオリンピック終了後も持続的に継続すれば、@チベット状況、Aチベット人の願望、B中国政府・中国人の国民性、C各国政府の考え方、D各国の国民性などが世界に明確になります。例えば、明日(26日)、長野に大規模に警察官が導入されるそうですが、これは「日本政府の弱さの反映」でしょう。
 こうした、一連の騒ぎが長引き、中国国内での「戦い・対立」がなくなれば、今回のオリンピックは史上最高のものになると思います。これは全人類にとって素晴らしいことです。こうした一連の騒ぎがチベット人が満足するまで続くことを願っています。このたびの出来事はまさに「神や仏様からの贈り物」であると考えます。
「天網恢恢、疎にして漏らさず」という老子を生んだ中国の方々には「品格ある行動」を望みます。
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