ベルリン大会を観戦するヒットラー
目次
1.高揚するナショナリズムが激突する五輪
2.
国歌、国旗から「フリー」な立場で競技を
高揚するナショナリズムが激突する五輪
古代オリンピック――。その原初は、古代ギリシャの2ヵ国=スパルタとエーリス=だけの祭典だったと言われる。4年に1度のスポーツ大会。回を重ねるごとに参加国が増え、やがてギリシャ全土の諸国が参加するようになった。
競技は、全裸の成人男子たちによって、神々の王、ゼウスに捧げられた。その期間中、参加国は戦争を中断した。神聖なる祭典であったことと、開催地オリンピアへ向かう出場者や観客らの安全を確保するためでもあったようだ。
古代オリンピックに<平和の祭典>たる精神を見出したフランス貴族、ピエール・ド・クーベルタン男爵は、あらためて世界中の国々にオリンピックの開催を呼び掛けた。賛同者を得て、1896年の第1回アテネオリンピックの開催に漕ぎ着けた。近代オリンピックの誕生である――。
当然のごとく、近代オリンピックもまた<平和の祭典>として認知されてきたはずである。いまも、多くの日本人はオリンピック贔屓と思われるが、それはやはり、1964年の東京オリンピック開催によって、太平洋戦争の敗戦〜アメリカによる占領を経た当時の日本、日本人が復興の実感と繁栄の予感の中、平和の尊さを強く噛みしめることになった、その体験、体験の記憶からくるものだろう。
だが、今回の北京オリンピックは、すでに世界各国を巡る聖火リレーの段階から波乱の様相を呈している。中国政府のチベット圧政が、現地のチベット人蜂起によって露わになったことが切っ掛けである。おそらく、中国政府の同化政策を拒む、特に若いチベット人層が中心となり、あえて、聖火リレーが始まる直前に中国政府によるチベット圧政の事実を、広く世界へアピールする計画が進行していたのだろうと推測される。
中国政府の独裁・人権抑圧政治は、目下、チベット人など少数民族支配政策のかたちで象徴的に顕在化している。中国経済の著しい発展の陰に隠れ、中国人民自身による民主化要求が、すっかりトーンダウンしていることの反映であり、裏返しである。
漢民族の圧倒的経済力と、それに伴う膨大な人的流入は、少数民族の文化や生活、そして民族的基盤を揺るがしている。チベット人の若い層は、居ても立ってもいられぬ危機感に苛まれているのだろう。
おおかたの中国人民は、都市と農村間の巨大格差や尋常でない環境汚染の問題を抱えつつも、表面的には富や豊かさを獲得し、繁栄に酔い、有人ロケットまで宇宙に飛ばした民族の誇りを胸に、北京オリンピックの成功を強く願っている。一方、チベット人の蜂起で如実に分かるのは、中国政府の圧政に対抗しようとする、彼ら少数民族の誇りの高さである。
オリンピックをキーワードに、いままさに民族の誇り=ナショナリズムが高揚し、そして衝突する現実の図式が、はっきりと見えている。日本でも、長野で北京オリンピックのための聖火リレーが予定されているが、その出発式会場になるはずだった善光寺が、敷地の提供を辞退したことについて、インターネット上では賞賛の声が沸き上がっている。
善光寺が出発式会場を辞退したことに関連し、日本の主要メディアが伝えることのなかった諸外国メディア論調(と言われる情報)を、紹介しよう――。
<引用>
「善光寺が発した静かな怒りは、世界の全仏教徒のみならず宗派を超えた宗教指導者が身を切るほどの警告となった」。@CNN(アメリカ)
「ZENKOUJIは一滴の血も流さず、一個の石(投石?)も用いずに最大級のデモンストレーションを成し遂げた」。@NBC(アメリカ)
「日本の対中外交の勝利をもたらしたのは、政治家ではなく若き僧侶だった」@F2
「2000年の時を越えて、遠い東の国にBuddismの精神が変わらず受け継がれていることをZenkojiはこれ以上にない方法で示した。我々は、我々と同じ価値観を共有する日本国民と日本の仏教界に強い尊敬と親しみの念を覚える」。@IDN(インド)
「物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた。拡声器もプラカードも用いないその静かな抗議の声はしかし、どんな喧騒よりも深く強く世界の人々の心に届くに違いない」。@BBC(イギリス)
「聖火リレーのボイコットを表明したその日も、Zenkojiは静かだった。その日、Zenkojiの境内で取材を続ける私は、全身にしみこむ鐘楼の深く低い音に思わず立ち尽くした。憎しみや悲しみを洗い流すこの聖なる音色が1300年にわたり受け継がれていることは世界の奇跡である」。@AE通信(オーストラリア)
〔原典は不明――インターネット上でコピペが繰り返されている〕
<引用・終>
――をとらえ、日本人としての誇りを感じ/訴えるインターネット上の書き込み=意見が、ここ数日、果てしなく連鎖している印象を受ける。
<引用>
<<読んでて涙が出てきたよ。世界は日本をしっかり見ているし、日本が発信するメッセージを正確に聞く耳も持っている。日本の親中メディアは一行も伝えない世界からの賞賛の声を、せめてコピペで伝え合おう>>
〔同じく原典は不明――インターネット上でコピペが繰り返されている〕
<引用・終>
――との文章とあわせ、あたかも一大キャンペーンがインターネット上を駆けめぐっているように見えるからである。