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爆破予告つき映画『靖国 YASUKUNI』を観たぞ!

小倉文三2008/07/26
中国人の李監督が作った映画『靖国』の上映が、スムーズではない。高知でも、名乗りをあげた映画館の上映が中止になってしまった。そこで、有志が集まって自主上映計画を進めていた。しかし、いよいよ上映という時になって、妨害が入った。7月21日の高知市での上映会に「爆破予告」が入ったのだ。高知県民は、この「爆破予告」といかに向き合ったのか。
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爆破予告つき映画『靖国 YASUKUNI』を観たぞ! | <center>『靖国 YASUKUNI』<br>(c)2007 Dragon Films Inc. Beijing Film Academy's Youth Studio Beijing Zhongkun Film Inc</center>
『靖国 YASUKUNI』
(c)2007 Dragon Films Inc. Beijing Film Academy's Youth Studio Beijing Zhongkun Film Inc
「会場を爆破します」

 7月21日、高知市の県民文化ホールにおいて、『靖国 YASUKUNI』(以下『靖国』と記述)の自主上映会が行われました。爆破予告に屈することなく、約1100人(4回合計)が話題のドキュメント映画を食い入るように観ました。私の観た最後の上映では、スクリーンが暗くなるまで、誰も席を立とうとはしませんでした。

 7月9日午前、県民文化ホール事務室に、「上映したら必ず天誅が下ります。会場を爆破します」との電話が入りました。そして、その数分後、県庁にも電話が入り、応対した県秘書課職員に「会場を爆破する。知事に言うておけ」との伝言がありました。言葉遣いがちがうので、脅迫者は、2人以上いたということなのでしょうか。

「議論に応じよう」

 「映画『靖国』を高知県で見る会」代表の山崎秀一・県平和運動センター議長は、この爆破予告に対し、一度も上映中止を考えませんでした。「脅迫で圧力をかけ、上映させない卑怯な行為だ。否定的な意見があるなら、映画を見た上で議論に応じよう」と上映の意志を表明しました。

 ご存知のように、映画『靖国』の上映問題は、この春に全国的なニュースになりました。靖国神社は、絞首刑になったA級戦犯を神とまつっていることで、日本の軍国主義と今なお深くかかわっているとされる神社です。小泉元首相が、周辺の意見を聞かず、マイペースで靖国神社に参拝し続けたことから、抗議する中国との外交関係がこじれたといういきさつもあります。

 日中戦争、太平洋戦争の歴史は、日本国が日本人の命を所有した歴史です。そして、日本国は戦死した日本人の命をも所有し続けようとしています。それが、「靖国」です。その事実から目をそらし、歴史と向き合うことのない小泉元首相のような人には、靖国神社は都合のいい神社なのです。その靖国神社を批判的に描けば、心中穏やかでなくなる民族主義的な人々がいます。また、現役の保守政治家たちの中にも「靖国」で世界が完結してしまうような人がかなりいるようです。

 映画『靖国』の受け止め方は人によってさまざまでしょうが、映画から、靖国神社に対する批判的なメッセージを読みとることは可能です。そのため、その上映をめぐっては、たいした圧力があったわけでもないのに、多くの人が神経過敏になり、東京や大阪の映画館で上映中止の動きが広がりました。そして、そうした現代日本人の臆病ともいえる安全第一主義、事なかれ主義が、批判の対象にもなりました。

「自主上映で観よう」

 誰一人かすり傷一つ負っていないのに、表現の自由は早めに自主規制されていきました。しかし、表現の自由を護ろうとするさまざまな働きかけもあり、5月以降は全国の映画館で上映されるところまで正常化しました。高知でもある映画館が名乗りをあげましたが、「削除して欲しい」と言う刀匠の意志を尊重したいという館主の考えで、再び上映中止になりました。高知県内に失望の声が広がりました。

 上映中止の知らせとともに、自主上映の話が県西部から、湧き起こりました。それとほぼ同時に、高知市にも自主上映の準備会ができました。4月のことだったと記憶しています。そして、映画『靖国』の自主上映は、6月末に四万十市で混乱なく上映されました。今回の高知市での上映会は、高知で2回目の自主上映だったのです。山崎議長は、「2回目で中止したら、3回目以降がやりにくいだろう」と考えたそうです。

自由民権運動の県民性

 「東洋のルソー」と呼ばれた中江兆民をその理論的指導者とする自由民権運動が、いかに高知県で盛り上がっていたかを示す数字があります。民権結社は当時の高知に約80あり、中江兆民、植木枝盛はもちろん、「民撰議院設立の建白書」を政府に提出した板垣退助も高知県人でした。 

 明治政府と決別した言論人・中江兆民は、1887年、保安条例により東京追放になりますが、そのとき追放になった570名の民権活動家のうち330名が高知県人でした。

 明治の国会開設は、多くの犠牲者を出した自由民権運動の果実なのです。1881年、国会開設の詔勅が出され、政府は約束を守って、1890年に第1回衆議院議員総選挙を行います。ところが、政府の予想は大きくはずれ、当選者300名の内170名までが、自由民権活動家たちで占められてしまいます。その時、中江兆民も植木枝盛も田中正造も当選しました。それは、民権活動家たちの実力であると同時に、選挙民の実力(投票率90%)でもあったろうと思われます。

 政府は、選挙結果に危機感を募らせ、自由民権運動の徹底弾圧に乗り出します。言論の自由は、以前にも増して著しく制限されます。当時、それに抵抗した民権活動家100名が殺されました。『カムイ伝』の世界が展開されます。弾圧の1番ひどかったのが高知で、10名が殺されました。

 しかし、民権活動家たちが、暴力に屈することはありませんでした。そして、第2回の選挙でも、民権活動家たちが過半数の議席を獲得します。高知は、政府の選挙不正があり、2議席を失いますが、裁判の結果、最後には4議席を守り抜きました。

 昨今の経済至上主義的な統計では、何でも最下位に近い高知県なのですが、明治以来、脅迫には負けていない県民性なのです。

「かかってきなさい」

 私は、自主上映会のメンバーではありませんが、私の友人知己が多くかかわっていたので、その動きは当初からおよそ把握していました。爆破予告があった後も、私の周囲では、「上映を中止しよう」と言う声は皆無でした。むしろ、おもしろがっている人が多かったように思います。「ワクワクするね」「何かあるといいのにな」と言う声もありました。

 とは言え、建前は厳戒態勢です。支援者約50人と県警の関係者約70人が、終日警戒に当たりました。県民文化ホールの前には、警察の装甲バスとパトカーが1台ずつ停まり、武装警官が1人ずつ立ちました。入場前には、手荷物検査と金属探知機による身体検査が待ち受けていました。

 入れ替えごとに、座席が点検され、バスの中には、爆弾処理班が待機していました。しかし、爆破予告によって、観客が萎縮することはなかったようです。1100人というのは、高知県の自主上映では、記録的な数字だからです。観客の多くもまた、おもしろがっていたようなのです。

筆者の映画評

 日中戦争で、日本軍は1000万人の中国人を殺したと言われています。(ナチス・ドイツが殺したユダヤ人の数は600万人) だから、中国が、日本の軍国主義復活を恐れ、「靖国問題」に敏感なのは、当然なのです。日本は、自らの侵略戦争を侵略戦争ととらえていない、その証拠が靖国神社の存在である、そういう彼らの指摘は正しいのです。日本国は、かつての軍国主義を靖国神社に温存しているのです。

 この映画の李監督は中国人ですが、もちろん、製作意図があったはずです。この映画を観るとき、もう1つ頭に入れておく必要があるのは、今の中国には、表現の自由がないということです。それが故に、表現者は、したたかな進化を遂げていることがあるということです。

 中国人の李監督が、靖国神社の存在に批判的でないわけはないと思います。しかし、たとえいかに批判的であったとしても、日本人は、中国人の作った映画『靖国』を鑑賞したほうがいいと思います。試写会に集まった多くの右翼が、「別に問題は感じない」と評価しました。映画では、時代錯誤のコスプレ・オンパレードと町工場のような仕事場でできあがっていく日本刀のおもしろくもない映像がだらだらと続きました。しかし、その欠点すらが、私には、李監督の表現技法なのではないかと思えてくるのです。

爆破予告つき映画『靖国 YASUKUNI』を観たぞ! | <center>爆破予告のあった県民文化ホール
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爆破予告のあった県民文化ホール
 最終回の上映会が終了した時、私は、入口付近にいた山崎議長に声をかけました。

私「結局4回で何人入りましたか。予想と比べるとどうなんでしょうか」

議長「1104人です。かなり頑張ったんじゃないでしょうか。今回は、高知新聞が社説を含めていろいろ書いてくれました。爆破予告で引いた人もいたでしょうが、宣伝効果のようなものもあったと思いますよ」

私「一見、思いっきり時代錯誤で、混沌とした映画のようですが、実は全体としてはまとまっていたように思いますが……」

議長「ウーン、もうちょっとこなれていてもいいかな、という印象ですが……。中国人と間違われてたたかれて、血を流している日本人の被害者が警察に逮捕されていましたね。加害者でなく、被害者が逮捕されていましたね。あれなんか、もっと追っかけていったらおもしろかったんじゃないですか」

 日本刀、昭和天皇、靖国神社、この3つのイメージの反復によってこの映画はできています。この3つともが、その役割はちがいますが、日本軍国主義のシンボルだったのです。そして、動画の中に、中国人の首が日本刀で切り落とされる瞬間の写真の数々が挿入されています。時代錯誤で荒削りな映画の雰囲気全体を貫いているのが、徐々にカタチを成していく安手の日本刀なのです。

 映画を観る限りでは、日本刀を作る刀匠には、何の論理もありませんでした。李監督に何を聞かれても、へらへら笑っているだけの刀匠でした。それは、日中戦争に何の論理もなかったことを暗示しているのではないでしょうか。刀匠には、言葉がなかったですが、李監督は、そのことを巧みに利用しているように思えました。

 私がこの映画を観ていて気づいたことは、「戦死者が神になるというウソほど、戦死者を冒涜するものはない」ということです。「安らかに眠ってください」と言われても、戦死者は納得しないでしょう。

 靖国神社は、ある角度から見た日本の顔です。映画『靖国』は、本来、日本人自身が取り組むべき課題だったのです。日本人が怖くて作れなかった映画を中国人の李監督が体当たりで作ったのです。

 映画『靖国』は、人それぞれに何かを教えてくれる映画だと思います。

爆破予告つき映画『靖国 YASUKUNI』を観たぞ! | <center>劇場に入る前に、所持品検査とボディー・チェックがあった</center>
劇場に入る前に、所持品検査とボディー・チェックがあった
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[35972] 靖国=イデオロギー装置
名前:北川洋一
日時:2008/07/26 15:55
「戦死した兵士を纏る」という名目の元、兵士でもない松岡外相、戦死したわけでもない東条英機、戦死でもないし兵隊でもない慰安所経営者、捕虜の女性強姦罪で裁判にかけられた兵士など、およそ纏るにふさわしくない人間を糞味噌一緒に祭っています。神社側は世界平和を唱えてるという言葉と裏腹に、日本軍によるアジア侵略の武勲と戦功を称えています。

このような、大本営美化のためのイデオロギー装置が欧米を中心にカルトのレッテルを押され、アジア全域から靖国批判が巻き起こる原因になっています。

戦争を語り継ぐ世代が高齢化し、1990年以降、急速に絶えるにしたがって、厳しい歴史批判にさらされた戦後世代が、いまや死人に口なしとばかりに、戦争を反省するどころか逆に右翼化して歴史改ざんが始まり、大本営に都合の良い部分だけをつなぎ合わせて、史実と正反対の歴史を創造し、インターネット上に流布しているのが今の日本です。

デマがデマを呼び都市伝説がはびこり、いつの間にか「太平洋戦争は聖戦だ」とか「東南アジアを解放した」とか「従軍慰安婦や南京大虐殺はデマだ」とか、アジア諸国の人々が聞いたら卒倒しそうなことを平気で言う人間が激増しています。

日本の未来は暗いです。
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