8年連続200本安打目前のイチローをテレビで見た。すると、頬がこけ、精神的にも肉体的にも、限界に近い状態で、毎日を送っているような気がした。
打席に立つイチロー(Getty Images/アフロ)
ここに来て、残り試合25試合ほどを残し、200本まで20本を切ったようだ。(8月5日現在、139試合を消化し182本)したがって、200本の達成は、何とか大丈夫そうだ。ただ、このところ3試合ばかり、1試合に1本ペースでしか、安打を打てなくなっているのが気がかりだ。複数安打がないのは、調子もあるが、記録へのプレッシャーが大きいのではないかと考えられる。
以前、プレッシャーで、食事も喉を通らず吐いてしまうこともある、とシーズン後にイチローが語ったことを思い出した。
今年のイチローは、前半打率が上がらず苦労した。イチローが所属するシアトル・マリナーズはチームが絶不調で、途中で監督が解任されてしまった。それでもイチローは何とかモチベーションを維持し、夏に入り調子を取り戻して、3割越えを果たし、大リーグタイ記録となる8年連続の200本記録を達成できるラインに乗せてきたのである。
今年のアメリカンリーグは、首位打者争いも、3割2分台と低打率での争いとなっていた。このため、イチローが固め打ちをしていけば、3度目の首位打者も取れるのでは、と私は密かに期待していた。
ところが、8月半ばに入ると、松坂投手のいるボストンレッド・ソックスのペドロイヤ2塁手(昨年のアリーグ新人王)がここに来て、あれよあれよと固め打ちを決め、3割3分台(8月5日現在、打率3割3分3厘、安打数191安打)に打率を上げて、首位打者の有力候補にのし上がってきた。現在イチローは3割1分すれすれで、この時点での2分の差は、ほとんど追い越し不可能な数字である。
私たち観客は勝手である。いつも「イチローは天才だから、200安打だろうが打率3割だろうが、当たり前」と考えるようなところがある。しかし当のイチローは、毎日毎日、自分の能力の限界に近いところで闘っているのではないだろうか。
そう考えると、私には、イチローがまるで「鶴の恩返し」のツルのような存在に思えてくる。ツルは、自分の羽を抜いて機織りをしている存在だ。しかもどこからか糸を仕入れてきて、反物を仕上げている訳ではない。自分の羽根を材料にしている。自分の身を削っての奉仕である。
イチローが試合の3時間も前に、誰も居ないグラウンドでひとり始めるストレッチとランニング。それから試合中も欠かさず、儀式のルーチンワークのように行うストレッチも、試合後に使ったグローブやスパイクの手入れも、グラウンドで安打や好プレーを観客に披露するための準備なのだ。それが私には隠れて機を織る姿と二重映しに見える。
今年の10月、誕生日が来ると、イチローも35歳になるはずだ。35歳という年齢は、野球選手の中ではむしろベテランの部類に数えられる。20代では、それこそ疲れも1日眠れば取れたかもしれないが、疲れも容易には取れなくなる。老いは、イチローの身体にも情け容赦なく及んでいるはずだ。それでもイチローは強いモチベーションを保ちながら、1本また1本と、ヒットを重ねている。
まさにイチローは、「イチロー織り」という作品を仕上げるためボールパークに舞い降りた1羽のツルのようだ。