9月8日に開かれた鎌倉市議会文教委員会で、「北条氏名越亭跡(推定地)並びに釈迦堂口周辺山林を一体として保全することを求め、行政による遺跡発掘調査と厳正な情報公開を求める」陳情が全会一致で採択された。
北条氏名越亭跡(推定地)の遺跡の下には、釈迦堂口切通がある。
この陳情は「いざかまくらトラスト」代表の伊藤正義・鶴見大学教授が提出者となり、署名簿には作家の早乙女貢・鎌倉ペンクラブ会長をはじめ、鎌倉世界登録推進協議会と「鎌倉の世界遺産登録をめざす市民の会」の主要メンバーが名を連ねている。同じ趣旨の要望書も文化庁長官と鎌倉市長宛に提出されており、神奈川県知事にも提出の予定だ。
この陳情には、<歴史的風土をみどりと一体にして守る保全>を求めるのはもちろんだが、もうひとつ、鎌倉市の文化財行政の閉鎖性を改革しようという意図がある。文教委員会でも、この陳情がなぜ提出されねばならなかったのか、という点に論議が集中した。
冒頭に、陳情提出者を代表して福沢健次さんが「鎌倉の文化財には、世界遺産登録の関係で全国的な期待が集まっている。市民憲章にもあるように、中世の遺跡を後世に残すよう、市はもっと努力すべきだ。」と説明した。
一方、市文化財課は、貴重な遺跡や遺物が確認できたら史跡指定して保全する、というこれまで通りの答弁に終始した。
これに対し、渡辺たかし議員は、これまでの行政による発掘調査結果の判断や「記録保存」という名の破壊について、全国の学者から「生ぬるい」という声が寄せられていることをあげ、外部研究者による判断の必要性を質した。
釈迦堂口切通上の古道を西に渡ったあたりの崖面に掘られた通称「日月やぐら」。右の丸い穴が日輪といわれる。
また、松中健治議長は「材木座の開発予定地で貴重な遺物が出たのに、市民に情報公開されていない、市のそのような姿勢が、このような陳情を出さざるを得ない原因ではないか」と手厳しく追及した。
意見陳述のあと、最終的には全員が保全の必要性と情報公開、外部専門家の判断を必要とし、全会一致で陳情が採択された。
期せずして市議会でも問題にされたように、現在、世界遺産登録をめざす鎌倉市は、世界遺産都市になるための脱皮が様々な面で求められている。もっとも切実なのは、文化財行政の情報公開と文化財保護への積極的転換である。国際社会で活躍する多くの学識者が講演会や国、県、市の検討委員会に委員として来訪し参加している。そこで学識者の方々から洩れるのは、鎌倉研究の閉鎖性とそれを原因とする行き詰まりを嘆く言葉である。
日月やぐら内の左手壁に彫られている三日月状の穴。これが月輪と考えられて、日月やぐらの名前の由来となった。
ごく最近では、鎌倉市文化財課が主催した「今小路遺跡発掘調査報告会」で、中世研究の第一人者である学識者から、「この遺跡が残っていれば、すぐに世界遺産登録ができたのに(大変残念だ)。今後は、記録保存の名で破壊して開発させることなく、遺跡を残していくよう頭を切り替えるべきだ」という趣旨の叱責があった。
陳情提出者の念頭にあったのも、貴重な遺跡を次々に破壊してマンションに変貌するのを許す鎌倉市の文化財行政への危惧である。「北条時政邸跡」と長く呼ばれてきたのを理由にして、時政の名の入った遺物でも出なければ破壊されてしまうとして、地元研究者は、ここを「北条氏名越亭跡」と呼ぶことを提案している。実際、北条義時の山荘であった可能性が高いという声もある。いずれにしても、武家屋敷跡の少ない鎌倉の歴史遺産にあっては希少な遺跡と考えてよいというのだ。
一般の人々には理解しがたい、言葉遊びのような理由で、貴重な中世の遺跡が破壊されている。鎌倉市民だけでなく日本や世界の人々に対して、鎌倉の世界遺産の価値を訴える世界遺産登録推進担当者の意図と、市文化財課の意図が対立することにならないだろうか。
すでに保存策が確立している都合のよい遺産だけは残すが、保存に手間と費用のかかる遺跡は「記録保存」という名で破壊してしまうのでは、何のための世界遺産登録かという疑問に答えることができない。世界遺産は、人類の遺産を破壊から守るための制度なのだから。
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