作家・向田邦子さん(1929〜1981)のエッセーを朗読する舞台公演が、6月20、21日の2日間、3回にわたって高松市のサンポートホール高松で開催されました。
香川県内各地で活動している朗読ボランティアグループ「おはなしの部屋」が、毎年この時期に高松市市民文化祭アーツフェスタの主催事業として定期公演を開催しています。10回目の今年、向田さんの生誕80年を迎えたことから、「向田邦子の世界」として企画したものです。
音楽と映像を交えながらグループのメンバーが朗読。
活動のメインである子供から大人まで楽しめるものから趣を変えて、初めて大人の世界への挑戦でした(6月20日、サンポートホール高松第1小ホールで)
「七人の孫」「時間ですよ」「だいこんの花」「パパと呼ばないで」「寺内貫太郎一家」などなど、昭和40年代から50年代にかけてのテレビドラマ全盛期に、シナリオライターとしてこの人の右に出る人はいないと言われたほど、名作を数多く生み出しました。その一方で、エッセイストや小説家としても才能を遺憾なく発揮、数え切れないほどの作品を残しています。
それらのほとんどは、シナリオと同様に「父親」と「家族」、それに「昭和」がキーワードです。彼女が高等女学校に通うため下宿生活をしていた時に届いた父親の手紙から、厳格な中にも家族に愛情を注いだ父親の想い出が綴られた『字のない葉書』をはじめ、代表作『父の詫び状』から『ごはん』と『お辞儀』、それに『夜中の薔薇』から『手袋をさがす』の4編。クラリネットの山崎盾之さん、フルートの都村慶子さん、それにピアノが中村久美子さん―香川をベースに活躍する奏者3人―による生演奏に合わせて、会員15人が交代して朗読しました。
向田さんは父親の仕事の関係で、1941年(昭和16年)から翌年にかけて1年5ヵ月、四番丁国民学校(現在の高松市立四番丁小学校)6年生から香川県立高松高等女学校(現在の高松高等学校)1年生の1学期までを高松で過ごしました。
母校の実践女子大学図書館に併設されている、向田邦子研究室による資料も展示。数々の業績に、鑑賞した方々もお人柄を偲んでいました(サンポートホール第1小ホールで)
「読書家」「おしゃれで、あこがれだった」…。朗読の途中、多感な少女期をこの地で過ごした時のエピソードが、高松在住の同級生の思い出話や、自らも受賞した直木賞の創設者で学び舎の先輩でもある菊池寛の講演を聞いた話が語られました。
彼女の若き日の素顔や家族、当時の高松や東京などの写真を織り交ぜながらのことです。懐かしく、古きよき昭和という時代を背景に、大黒柱である父親の威厳が強烈な家族像を刻んだ一字一句が、メンバーの朗読によって感情のこもった表現となりました。そのたび、向田文学のファンは郷愁とともに、じっと聞き入っていました。
グループ代表の大美千恵さんは、向田邦子研究会ら関係団体の協力に感謝しつつ、次のように話していました。
「生誕80年、公演も10回目の節目に、長年、高松に縁のある作家の想いを追い求めてきた夢がようやく叶った。1981年8月、あの衝撃的な出来事(台湾航空機での遭難)での夭折から28年経ったいまも、作品は心の中に強烈な光を放ち続けている。『家族の絆』、『父親の存在』、そして『昭和』と言う時代をも問いかけ、さらには向田の魅力的な生き方にも触れてもらいたい気持ちがあった」
向田さんと菊池寛、各界の著名人が巣立った高松市立四番丁小学校。少子化による児童数の減少で来春、周辺小学校と統合して廃校される。