年末に発表される「今年の漢字」。昨年は「変」で、今年は「新」とのこと。
その漢字検定協会の創業理事長父子が背任容疑で逮捕されたのは今年の出来事だ。(5月19日)
この事件を受けて、本年度第一回の志願者が3割以上減った(90万人⇒62万人)というニュースもあった。
漢検が事件後初の一般向け検定実施 志願者は3割以上減 (産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090621/trd0906211808008-n1.htm
公益法人であるがゆえに、過剰な利益をだしてはならず、ましてやそれを私(わたくし)するというのは、勿論許されない。
しかし、そのこと(トップの不祥事)と「検定の質、意義」とは別問題だとも思う。
子供たちも含め、日本人がテストを目標に「言葉・日本語・漢字の知識を増やす」こと自体は素晴らしいことだ。「はじめに言葉ありき」(ヨハネ伝)。
言葉(日本語であれ英語であれ何語であれ)は大事だ−−−。
他方、太平洋をはさんでここ米国から見て、日本から「グローバル化」「国際化」という掛け声が聞こえてきて久しいが、その重要手段である言葉(英語)力についてはどうもかんばしい向上・進展があるとは思えない。
製造業を中心に戦後日本の経済復興を引っ張ったTQC (Total Quality Control)のデミング博士は「的確なAssessment=測定がないものは改善されない」と言った。
この点からしても、日本の英語教育については、その測定のde facto(=事実上の)標準化してしまったTOEIC(Test of English for International Communication)一辺倒という実態は、後述のごとく改善されなければならない。
そんな折、TOEICを実施する公益法人国際ビジネスコミュニケーション協会 (IIBC)のトップについての不祥事がJapan Timesに掲載され、それを日向清人氏(慶応外語)が鋭く解説している。
TOEICこぼれ話
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/08/toeic_9.html
「8月11日にジャパンタイムズが TOEIC に関しての楽屋落ち的な特集記事を掲載しています。TOEIC no turkey at 30という記事 で、タイトルは、30周年を迎えたTOEICが押しも押されもしない存在に成長していますという意味のものです。」
TOEIC no turkey at 30
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20090811zg.html
(続)TOEICこぼれ話
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/08/toeic_15.html
「先週から始まったジャパンタイムズによるTOEIC特集の連載が、ここに来て、立花隆の田中金脈追及劇のような厳しい姿勢に転じています。きょう、オンライン版に掲載された記事は、タイトルからして、Where does the money go? と、ストレートです。
"the money" という言い方は "that money" と同じですから、『あれだけの、あのお金、果たしてどこに流れて行くのか?』というトーンの見出しです。」
The Japan Times
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20090818zg.html
要するに年間170余万人(韓国を含めた世界では300万人を超す)が受験、80-90億円のテスト料などの収入のある公益法人を理事長が私物化しているということだ。
日向氏はさらに「TOEICからの申し入れ」という鋭いフォローをしている。
TOEICからの申し入れ
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/11/toeic_16.html
しかし、これも先の漢検の例をなぞれば、そのこと(不祥事)と「検定の質、意義」とは別問題だ、という意見もありえよう。
ところが、TOEICの場合は、ネットでちょっと調べるだけで、
「そもそもその検定の質、方法、意義に問題あり」という主張、論文が上がってくる。
たとえば、前述、Japan Timesの寄稿者であるJAMES McCROSTIE氏の主張をネットで手繰っていくと、JALT(*)の季刊誌2006年
秋号(Volume 14, Issue 2)の同氏の論文に至る。
A Letter from the Editor
http://jaltcue-sig.org/files/OnCUE/14.2content.pdf
(*)JALT(The Japan Association for Language Teaching全国語学教育学会)=(いわゆる)ネイティブを主体とする英語教育者の集まり
そこで(30−32ページ)、JAMES McCROSTIE氏は 「Why Are Universities Abandoning English Teaching for TOEIC Training? :なぜ大学ではTOEIC対策にかまけて、英語教育を放棄してるのか?」 という鋭い問題提起をしている。(以下、意訳を含む筆者の抄訳)
「TOEICでは英語のスピーキングとライティング能力は測れない(*)。多くの大学では英語教員にTOEIC点数の向上を強いたり、単位認定に使ってる。しかし、それは学生の英語を使う能力の向上への努力を放棄していることだ」とある。
(*)その後、IIBCはスピーキングとライティングのテストを導入しているが、その成果のほどは未詳。
そして、これを受けて早稲田大学のRobert Brock氏は
「Why is the TOEIC So Popular? :どうしてTOEICはそんなにポピュラーなのか?」を解説をしている。(33−34ページ)
「TOEICには確かに問題も疑問もあるのだが、日本と韓国での就職時における資格問題に直結しており、つまり高得点だと有利になるからだ」
即ち、企業側のニーズがあり、それに呼応してのTOEIC対策ということだ。では採用企業側で後述のごときTOEICの本質を理解しているのだろうか? ここでは、いたちごっこの悪い循環現象となっている。
また、平成14年7月12日発表で、文部科学省が「英語教員が備えておくべき英語力の目標値の設定を(英検、TOEFLと並び)「TOEIC730点程度」としたことも背景の一つであろう。
「英語が使える日本人」の育成のための戦略構想の策定について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/020/sesaku/020702.htm
今回の不祥事件報道を含めて、筆者は多くの日本の英語教育者関係、企業の国際事業関係者に、これら「TOEICの不具合、不都合」のことを尋ねて見たが、それを意識している人は多くなかった。
(出所=Japan Times=が英語版だから情報が広がらないということなら、英語教育界の話としては不思議だ−−)
ある出版社の幹部は「TOEICが問題なしとしないのは承知している。
しかし、TOEIC対策を全面に出すと(本が)売れる」と本音を吐露している。
事実、TOEIC対策本は書店に氾濫している。