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撮影:小池正春
2007年12月22日、日本映画のインディーズシーンの代表的な監督のひとりである石井聰互監督が、1984年制作・公開のヒット作『逆噴射家族』から市川実和子主演で話題をよんだ『鏡心』(2005年)まで、全6作品(特典映像ほかあり)を集めたDVD‐BOXU(予告編映像)を発売することで、話題をよんでいる(Tは2006年10月28日発売)。
この機をとらえ、日本の前衛映画作家の現在を語っていただいた。石井監督は筆者とはほぼ同世代であり、テレビ局の映画への参入や日本映画の興行の成功など、昨今の映画をとりまく環境の変化の下で、監督暦30年を、どのように歩んできたか、興味深い話を聞くことができた。
【石井聰互監督プロフィル】
1957年 福岡県出身。1976年、日大芸術学部入学直後に、8mm映画デビュー作『高校大パニック』を撮り、有名になる。大学卒業制作では、『狂い咲きサンダーロード』を発表、ジャパニーズ・ニューウェイブの急先鋒と呼ばれた。次いで1984年に『逆噴射家族』を撮り、イタリアの第8回サルソ映画祭グランプリを受賞したほか、海外でも高い評価を得た。その後、パンクロックと共闘しつつ音楽ビデオや実験短編映画を制作したが、1994年の『エンジェル・ダスト』で再び長編映画にカムバックした。翌95年には『水の中の八月』、2000年には時代劇『五条霊戦記GOJOE』を発表。2005年、フルデジタルHD制作3Dサラウンド映画『鏡心』で映像表現の最先端に挑む。
「逆噴射家族」(1984年)(写真はすべて禁無断転載:株式会社トランスフォーマー)
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『逆噴射家族』のあと 映画が撮れなくなった
DVD‐BOXのTとUということで、はじめて自分のことをふりかえらざるをえなくなったというか、常に目の前のことで精一杯というのか。というのは、いつも映画を作ることは気持ちの上ではデビューであり、遺作っていうつもりで、この1本が自分にとってすべてだというつもりで撮っていました。前のことはいったん完全に忘れるというか、逆にいうと、自分が以前、撮った映画じゃないものを撮るというか、そのことがいつも私のテーマだったんですよね。
自分にとって映画はある種の冒険です。避けて通れない問題が出てきたときに、着地点は分からないけれども、なんとなくは見えていると、だから別の視点が獲得できるのではないかと考える。それを映画的なエンターテインメントとして表現していく、そういう戦いの歴史というか……。作れなかった映画も多いですね。特に、今回発売のDVD‐BOXUの時代、『逆噴射家族』の後で、『半分人間』という映画を撮るんですが、ドイツ・ベルリンのバンド(ノイバウテン)で、当時はドリルやグラインダーなんかも楽器にして鉄や廃材を使って演奏していたのですが、そのバンドと仕事をした後で、映画が撮れなくなった。自分では撮りたい映画がたくさんあったんですが、「コインロッカー・ベイビーズ」とか。
それまで自分のキャパの中でやってきたんですけど、それ以上のものをやりたくなって、たまっていたんですよね。より深くテーマに突っ込んだものとか、より映画的な表現を追及したものとか、どうしても作りたくて、しかしそれができなくなった。
お金が集まらなくなったこと、自分の技術が不足していたと思うんですけれども、表現力の問題、脚本にキチンとそれが表現できていたのかどうか。今、振り返ると主観的過ぎたんじゃないかと思いますし、また時代というものが出てくると思うんですけれども、日本はバブルというものに向かっていて、いわゆるそれまで作っていた過激な表現とか、激しい動きとテーマ性をもったものみたいなことはほとんど望まれなくなったのも大きかったです。
振り返るに、1本や2本の作品に固執していたわけではなくて、次から次とこの映画がだめならこういう方法はどうだと、やろうとしましたし、海外に出て模索もしました。七転八倒していました。その時は。『半分人間』を撮った後、1986年ごろです。
『逆噴射家族』(1984年)は海外で評判になったこともあってドイツ、イギリスとかに頻繁に行くようになりました。東南アジアにも行くようになり、自分としては視野がすごく広がったんです。日本では評判はよくなかったんですけど、海外では評判になって自信もついた。自分がやっていることに間違いはないと。それなのに日本で作る機会がないと。そこに矛盾を感じていました。
この時は、映画の勉強をはじめていました。それまで映画をほとんどみず、系統立った勉強はしていませんでした。日大の芸術学部にいましたけど、映画創作ばかりやっていたんで。世界の映画の歴史の中で、いろんな天才がすばらしい表現をしてきたものを見たし、視野が広がって、逆にすごく表現力がついてきた。それがまた日本映画の現在と合わなかった。ですから精神的にもダメージがあって、20代後半から30代頭はかなり辛い状態で過ごしましたね。
前半は思いのまま暴走しました。思いっきりやれたと。それを支える人達がいたと思うんです、たくさん。お客さんがいました。『高校大パニック』を撮ったときは、8ミリでああいう粗末な作りなんですけど、パンクロックとも関係していると思いますが、時代があの映画を求めていたと思うんですよね。とにかく人が入りましたし、熱気がありました。今、見直しましてもいろんな人たちの力が結集されていることが分かります。映画は文学とか、絵画とか、個人でやる表現と違う。観客と一緒に作るみたいなところがありますから。
苦闘の80年代後半 90年代前半 ひらきなおり
80年代後半、自分の作りたいものと時代との間でずれが生じた。企画はおもしろがる人はいましたが、先には進まない。企画ころがしのようなことになっていました。自分も精神的に辛い。どうやったら映画ができるのか、わからなくなってしまった。話だけはハリウッドからもあったし、ヨーロッパのプロデューサーからもあった。自分としては視野を広げた分、インターナショナルな映画を撮りたいんだけれども、自分の思想をまげたくないという思いが強くあったのも事実です。
つまり、単純にハリウッド映画になってしまうのは違うと。今は中国語でハリウッド映画を撮ったりしてますけど、当時はチベットを題材にした映画も全部英語だった。ダライラマの映画を撮るのに英語版では違和感があると。題材と一致していればいいと思いますがドメスティックな映画を撮るときに、それは違うのではないかと。やはり、面白い映画を撮りたいですし、日本で撮れないんだからそういうオファーも魅力的なわけです。しかし、自分の可能性が広がった分、逆に見えなくなったみたいな、いろんなチャレンジはしたけどダメだと。それで90年代になって、92年、93年になって開き直ったというか、オファーがある映画を自分なりにアレンジして撮ろうと。そういうふうに考えて、<撮りたい映画から撮れる映画>をやろうと。
もちろん、テーマに共感できたり、表現の一番大事なものがそこに存在しているというのが、大前提だと思うんですけれど。それまでかなり、苦労、苦闘して自分ではやれなかった脚本を読むとか、映画を見たり、自分の中にこういう狭いものしかないのかとか、ある種、発掘もしたので、例えば、それまで女性が主人公になるということはなかったんですけど、自分の中に女性的な面が確かにあるし、何かするのに受け入れた方がいいんではないかと思ったし、結果的に広がったと思います。
はじめて他人の脚本で映画を撮る
『TOKYO BLOOD』『エンジェル・ダスト』とかの映画は、脚本家との共同作業もあり撮ったもの。抵抗はなくなったと。『高校大パニック』『逆噴射家族』までは自分の過激な部分、反社会性という分かりやすい部分だとすれば、まったく相反する、繊細な女性であるとか、女の子しか出てこない映画とか、そういう作品も撮るようになった。自分の中には、アグレッシブな激しい面と女性的な繊細な部分があります。
『鏡心』は、女性的といっても水のような強さというか、本当に強いものは本当にゆるがないもの、それを女性的というのかな。そういうことに気がついた。アグレッシブなスピード感がある、激しい過激さだけでなく、そうじゃない過激さもあると。非常に静かなだけに強いよということですね。両面が合わさっていればより強いと思いますがなかなかそれは簡単に表現できない。とにかく、1本、作品作ってからまた考えるということをやってきて、今は、一通り、ぜんぶやり終わったというか、感慨深い。
再び アグレッシブな石井ワールドがはじまる
なので、これからまた、アグレッシブなことを多分、硬軟とりまぜてやるんじゃないかなという気がしますね。いままで意図していたわけじゃないんですけれども、割りとこう、好きな人は好き、ダメな人はダメっていう映画が多かったと思うんですけれども、普遍的な強さを持つドラマ、あまり、人間ドラマに還元してこなかったので、自分の興味がそこになかったんですけれども、今、そっちのほうに、興味があり、やり残していることもあって、だから一番王道な映画ですね。
自分にとっては本当に文句なしに面白い、感動もあって、そういう映画が今少なくなっているので、そういうスタイルで大事なことが語れないか。これまで以上に脚本に力が入ります。一緒にできる方と組んで新しいドラマを作りたいと。とはいえ、私は映画は現実の凝縮、デフォルメだと思っています。基本的に映画は現実を舞台にしているんですけど、デフォルメが面白いわけです。ミステリー、サスペンス、サイエンスフィクション、時代劇……現実をテーマにしつつ、デフォルメしている。映画的に表現されている。これが理想ですね。例えば親子の問題とか愛情の問題には興味がありますが、自分は得意じゃない。『逆噴射家族』は家庭内暴力を扱っているんですけれども、私はああいうふうに表現したと。自分にとっての映画だと思うんです。
「鏡心<3DサウンドHD>完全版」(2005年)(写真上下はこれで正解)
『鏡心』までいくといきすぎた と感じた
『逆噴射家族』はひとつの雛形ですが『鏡心』までいくといきすぎだなと感じたので、娯楽映画にもどりたい気分。変な映画撮りたいとか、シュールな映画を撮りたいとか思っているわけではなくて、テーマをより映画を観る観客の心にひびかせたいと思っているだけなんです。映画は説明ではないだろうと。映画の力というのは体感ということですね。心に訴えかける、すごい力が映画にはあって、それがすべて。私もそういう映画に救われてきました。しかし、それを最近はあまりメジャーといわれる日本映画にもハリウッド映画にもみかけない。表面的にはおもしろいんですけれども、残るものが少ない。
自分にとって大事なことを楽しんでもらう。映画として力強く表現すると。そういう映画に育てられました。黒澤監督の『蜘蛛巣城』とか、深作監督の『仁義なき戦いシリーズ』とか、『タクシードライバー』とか、『地獄の黙示録』とか。
僕の場合、近年は割と女性的なものをテーマにしてきました。そこに向かったというのは、ある種、「慈悲」や「祈り」ということがとても大事なんじゃないかと思ったんですね。今は、両面を持つべきだという考えですが。
自分のなかに激しいものがありますけれども、特に悪の問題は興味があります。キチンと悪を描く、描きつくしたいと。これまでミイラ取りがミイラになることを恐れて避けていた部分がありますが、この年になったからこそ突っ込んでいけるんじゃないかと。一方で、世界の全体をみたい。いつも、そうしないと満足しないし、感動がそこにしかないだろうと。
乾いた日本人の深部を描く 神話としての映画
どこかで日本人の心が乾いていたり、殺伐としていたり、それに気づいていない人がほとんどだと思うんですけれども、人間、ちっともそんなこと大事じゃないよと思っていても、実は無意識の心の氷山の下、内部には強く不安を抱え込んでいる。子どもを見ているとわかりますし、その心にたまっているものを抽出して映画表現にして感動の力というものにもっていくというのが、僕らにとっての映画だったはずで。そういう映画に感動して映画を作りたいと志したんで、それはぜんぜん変わらないですね。一時期、映画作ることは難しかったです。今は、いくらなんでもひどいじゃないかということで、だんだん、その機運が高まってきた。多様化した分、いろんな方法が出てきている。もちろん、映画だからおもしろいほうがいいと思っているし、たくさんの人にみてもらいたいというのは当然のことですが、やはり訴えたいテーマとその面白さがピタッと一致していないと感動はできないですね。
ハリウッド映画には多いんですが、とってつけたような感動のさせ方とか、そこに嘘があると、もう瞬間に忘れてしまうというか。見ているときは楽しいけれどもすぐ忘れる。その意味では映画は時間つぶし。しかし、1800円で2時間観て何も残らないのはつらい。
作者が創りたいというエゴを越えてその映画をみんなが見たいというのは、何かがあるわけじゃないですか。こちらも作るのに大変な時間がかかりますし、スタッフも精魂込めて作ります。大変な仕事を経てできあがるものなので、やってよかったと、あれ見てよかったと思わせたいですよ。
映画は一般的に消費物だと思われていると思うんですけれども、私にとっては映画は消費物ではありません。娯楽だけれども消費物ではない。強い祈りが込められていると思います。まったく逆のことを描いたとしても、激しいもの、さっぱりとしたものを描いたとしても、そこに作者の表現としての「ぶれ」がなければ、ぜったい感動があるはずなので。喜怒哀楽がある人間という生き物の宿命の悲しみといったらいいか、そういうものが大事だと私は思いたいですね。ちょっとひねくれているんで、そのひねりかたを皆さんに納得してもらえばいいと思うんです。ある種の寓話だねと。私は映画というのは神話的なものだとも思っていますし、そういう力を持つべきだと信じています。
宮崎駿さんの映画にはそれを感じます。観客が入るべくして入っていると思います。躍動感がありますし、アニメならではの楽しさが突出してある。すばらしい。大事なことが表現されている。少年少女向けというのはアニメの宿命として、しょうがないんですが。私は同じスピリットでもうちょっと大人の映画を撮りたい。
後期 石井監督作品は苦闘の結晶
DVD‐BOXシリーズUについては、苦闘の歴史だと思います。たまたま自分にできた映画が入っていると。取捨選択をかならずしも自分がしたわけではないんですが、どちらかというと、シュールな映画が多いです。非常にコアなものだと思います。『鏡心』はある種の祈りだと思います。自分達がなにを忘れてしまっていて、何を求めているのか。都会で暮らしていると精神的にどうしても乾く。インターネットとかみてますし、ですから、箱庭療法みたいなもんですね、ただ寄り添うだけでいいんじゃないか、みつめるだけでいいんじゃないか、鏡みたいな映画になればいいと。僕自身、つらかった時期、そうだったんですよね。とても難しく考えてしまって、もがけばもがくほど。ふと、考え方を変えればいいんじゃないかと。すごく単純なことだと。静かにそれを認めると。これはしかし、逆にちょっと過激すぎるかなと。分かりにくい過激さだと。ですから、自分としては終着点に来たなと思いますので、これはこれで終わりと。DVD‐BOXUの最後に『鏡心』が入っているというのは、大変、分かりやすいんじゃないかと。ある条件の記録としては結構、果てまでいったなと。これからは『逆噴射家族』だったり、『高校大パニック』だったり、『サンダーロード』だったり、そういう方向にまた向かうんじゃないですか? もう1回、とらえなおすと。但し、リバイバルにはならない。気持ちとしては方法がみつかったということです。いつもとんでもなく精魂こめて作っていましたから。時代の熱気と一緒にやりきっているんで同じことはできない、その精神というのかな、今、冷静に考えたら映画と自分とお客さんと時代の関係ということでは、学びなおすことは意味がある。
焦らない 王道の映画に挑む
今はサブカルチャー的表現がメジャーといってもいいので、というか、多様化した表現状態がメジャーというのかな。そういうことの方がアバンギャルドで圧倒的に面白いと。それで大事なことが表現できるはずで、それが映画だったはずだということです。その意味では古い人間なのかもしれませんが、それは僕らの染色体というか、遺伝子に組み込まれているぐらい、強烈なものなので変えられない。装いはね、お客さんと一緒に作っていくんだけど、キャパはかなり広くなっている。試行錯誤をしばらく続けると思います。
脚本、結構、たまっているんですが、志をもったプロデューサーもいますからね、まあ、ぜんぜん悲観してはいないです。本当にその分、シナリオなり、キャスティングなり、そういうことを他の人以上に見つめていく作業が必要でしょうね。
シナリオで娯楽の水準が見えるといいますか、映像化に関しては自信があります。ゆるぎないものがありますね。ありとあらゆるものをやってきましたからね。応用というか、打たれ強い臨機応変さというか、あらゆるバリエーションを経てきたので。映画作りは時間がかかりますからあまり焦っていないです。近未来SFものを撮ってから5年がたち、長編の脚本、企画もたまってきているんですけど。いい話もいただいていますから。
ともあれ、20年たって自分の作品が見てもらえるとは、考えもしなかった。想像もできなかった。ビデオがなかったし、このようにいい状態で永久に残るとは。映画は消えてなくなるもんだと思っていた。そこがまた表現として一回性というか、刹那性があってよかったんですが……今は残っちゃうから逆に考えて撮らないといけません。余計に慎重になります。けれども、これからの作品は、勢いを失わない様、ちょっとアグレッシブに撮りたいと思っています。(了)
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※DVDデータ
タイトル:『石井聰亙作品集 DVD-BOX II〜PSYCHEDELIC YEARS〜』DVD7枚+CD1枚+ブックレット(2万4990円)
収録作品:「逆噴射家族」(1984年)、「THE MASTER OF SHIATSU 指圧王者」(1989年)、「DUMB NUMB DVD LIVE FRICTION 1989」、「TOKYO BLOOD」(1993年)、「水の中の八月」(1995年)、「鏡心<3DサウンドHD>完全版」(2005年)
特典DVD:「ロンリープラネット」、「水の記憶」(「水の中の八月」メイキング)、「LAND-Q」、「特典インタビュー」
特典CD:「逆噴射家族」オリジナルサウンドトラック(全13曲)復刻盤
ブックレット:112Pに及ぶ特製解説書。作品解説、秘蔵写真やインタビューの他、「指圧王者」の画コンテや幻の作品群の貴重な資料を収録。
問合せ先:株式会社トランスフォーマー(03−5457−7767)