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便利だけですまないIC旅券・監視社会の強化:入管法改正案の問題点(下)
2006/05/11

 いま、衆議院では共謀罪法案の審議がヤマ場を迎えており、明日(12日)の夕方、国会では緊急の院内集会が開催される(次ページにご案内します)。
 一方、参議院で審議中の入管法改正と、その背後で進められている日米合同の入管システム構築の動きは、世界の人々(市民)の監視をすすめるという点で、大きな問題である。
 この問題にも、多くの人々が関心を寄せてくださることを願ってやまない。
 (前回記事:入管法改正案の問題点(上)

3 世界的な人の移動監視のシステムを構築しようと指向するUS−VISIT
(1)US−VISIT

 アメリカでは2004年9月以降、(1)14歳未満(2)80歳以上(3)公用ビザ所有者などを除く、原則としてすべての外国人渡航者から、入国時に指紋を採り、顔写真を撮影している。しかし、このような措置はヨーロッパ諸国はもとより、他の世界の地域においてもまだ実施されていない特異な制度である。

 我が国はこの極端な外国人敵視の個人情報収集制度をアメリカにならって、世界の中で、真っ先に追随して実施しようとしているのである。
 
(2)アメリカでも反対のあったアクセンチュア社との契約
 アクセンチュア社は、このUS−VISITシステムを2004年に100億ドルで落札している。しかし、このとき、アメリカ議会では、民主党議員のローザ・デラウロ氏がバミューダに籍を置く節税企業にこのような事業を委託することは妥当でないとして、論陣を張った。2004年6月9日には連邦下院歳出委員会において、外国会社と国土安全保障に関する契約を禁止するための改正案が35対17で可決されて いる。

(3)国際共通IC旅券
 2001年の米国同時多発テロ以降、テロリストによるパスポートの不正使用を防止する観点から国際会議でも活発に議論されてきた。また、米国がビザ免除継続の要件として各国にバイオメトリクスを採用したパスポートの導入を求めたことがこの動きに拍車をかけた。

 パスポートは自国のみでなく世界中の国々で使用されることから国際的な相互運用性が重要とされ、ICAO(国際民間航空機関)において国際標準化作業が進められた。そしてICAOは、2003年5月、記録媒体として非接触型ICチップを選択し、ICチップに記録する必須の生体情報として「顔画像」を採用(各国の判断で指紋、虹彩を追加的に採用することを認めている。)した。

(4)各国の法執行機関による情報の共有化
 従来から、入管と警察などの関係行政機関との協力は規定されていた(同法61条の8)が、2005年の改正によって新設された同法61条の9において、外国の入管当局に対して、「その職務(出入国管理及び難民認定法に規定する出入国の管理及び難民の認定の職務に相当するものに限る。次項において同じ。)の遂行に資すると認める情報を提供することができる。」とされた。

 しかし、政治犯罪、日本国内で犯罪とされていない場合、相手国が要請に応ずる保証のない時を除いて、提供された情報を「当該要請に係る外国の刑事事件の捜査又は審判(以下この項において「捜査等」という。)に使用することについて同意をすることができる。」とされている。

 ここでは、入管行政と刑事捜査を行う警察との垣根が、国境を超えて融合しつつある姿を確認することができる。
 つまり、日本の入管が集めたアメリカ人の顔写真と指紋はアメリカの警察に提供される可能性があるし、逆にアメリカの入管当局が集めた日本人の顔写真と指紋は日本の警察にも提供されるのである。データベースごと共有するところまで、行き着きかねないほど、各国の入管当局と捜査機関は一体化の方向を強めている。

(5)第12回ARF閣僚会合声明
 2005年6月18日、カンボジアで開催された第10回ARF閣僚会合で採択されたテロ対策協力声明はテロ対策のために人の移動に関して厳しく制約を科していく方向を確認している。

 2005年7月23日(金曜日)、ラオス・ビエンチャンで開催された第12回ARF閣僚会合で採択された「テロリズム及び他の国境を越える犯罪に対する闘いにおける協力強化に当たっての情報の共有及びインテリジェンスの交換並びに身元証明書の安全性確保に関するARF声明」では、「これまで以上に関連情報及びインテリジェンスを交換すること、特にテロリスト及びその他の国境を越える犯罪活動に関する情報共有及び交換のための協力を強化すること。」「バイオメトリクス認証の機械読みとり式旅行文書の採用における協力を促進。」などが規定されている。

4 出入国管理業務のコンピュータシステムの統合が鍵
(1)目標はデータベースの統合的運用

 旅券に対するバイオメトリックスの導入と同時に進められているのが出入国管理に 関するデータベースの統合的運用である。

 「入国管理局では、出入国審査総合管理システム等の既存システムのデータベースを外国人出入国情報システムに統合し,データベースの一元化等を図ってきたところ、平成16年度においてはシステム機器の更新、データベースとの接続により、単一の端末から複数のシステムのデータ検索が可能となり、外国人の入国から出国までの記録が一元化される等一層の業務の適正化、効率化が実現されることとなった。」 (入管白書より)

(2)アクセンチュア社の提案するデータベースの統合的運用
ここに、2005年1月に法務省に提出された一通の報告書がある。作成者はアクセンチュア社である。タイトルは「出入国管理システム刷新可能性調査報告書」である。
 http://www.moj.go.jp/KANBOU/JOHOKA/SAITEKIKA-KOBETSU/ko-05.pdf

 この報告書こそ、この外国人から指紋を採取する入管法改正と日本人に対するIC旅券の導入を提案しているのである。
 表むき、コンピューター・システムの提案となっているが、その実態はUS−VISITと統合運用できるシステムの開発なのである。

 アクセンチュア社のシステムが完成すれば、アメリカの入管を通過する際に取得された指紋を、日本の入管と警察はデータベースの統合運用によって、即時に検索でき るようになるだろう。
 他方で、日本の入管当局に蓄積された個人情報は、アメリカの入管当局だでなく、FBI、CIAからも即時検索可能となる可能性が高い。ここに存在するはずの技術的障壁を取り除くのが、アクセンチュア社の開発するシステムということになるので ある。

5 テロ対策による国際人権保障システムの破壊
(1)人の移動の自由化という価値の否定

 人の移動の自由は、人の思想良心の自由や表現の自由などのさらに根底をなす基本的な自由である。グローバリゼーションは人と物の国際的な流れを促進するものであり、EU憲章などもその域内についてではあるが、人の移動の自由を大きな目標に掲げていた。

 EU内における移動・居住の自由はマーストリヒト条約第18条によって保障されるEU法上のもっとも重要な基本権とされる。この権利を具体化した共通国境管理の漸進的撤廃に関する協定(85年シェンゲン協定)及び90年に締結されたシェンゲ ン実施条約はその適用範囲を拡大しており、1999年5月1日に発効したアムステルダム条約は、「シェンゲン・アキをEUの枠組みに統合する議定書」の採択により、シェンゲン協定及びその関連規則(総称「シェンゲン・アキ」)をEUの枠組みに取り込み、同条約発効後5年以内に履行措置を講ずることとした。

 しかし、世界経済のグローバル化は南北格差を拡大し、地域的な紛争とテロなどを続発させてきた。このような情勢の変化によって、人の移動そのものを敵視し、監視するシステムがアメリカ を中心としてEU諸国も巻き込んで進められようとしているのである。テロとの闘いという動向の中で人権・自由が死滅しつつあるのである。

(2)テロ対策としての生体認証の有効性とその限界
 確かにテロリストによる犯罪や越境組織犯罪を防止するためには人の移動を監視し、あらかじめ収集されているテロリスト・組織犯罪者データベースとの照合を行うことは有効な手段となりうる。

 しかし、このような規制を強めたとしても、憎しみの連鎖の中で国家暴力によって肉親を殺された者がその報復のために自爆テロの実行者となることを食い止めることはできない。あらかじめテロリスト・組織犯罪者としてデータベースに搭載されていない者による犯行を食い止めることはこのシステムでは原理的に不可能である。現に、最近の自爆テロ実行犯はあらかじめマークされていない女性や若者による犯行が増加している。

(3)国民的討論の不在
 外国人に対する指紋の採取という問題に関していえば、我が国では、在日韓国人の方々を中心として永住者に対する指紋押捺制度が外国人登録証の常時携帯制度と並んで人権侵害であることが繰り返し指摘され、これらは1992年6月入管法改正の結果廃止された。

 しかし、永住者は除かれているとはいえ、外国から日本に観光に来る一般市民からも指紋と顔写真を採取するという計画が大きな国民的討論も抜きに導入されようとしていることに日本国民が外国市民に対して民主主義的感受性を欠如しているのではないかと大きな危惧を抱かざるを得ない。

 そして、このことが振り返って日本国民の人権保障を決定的に後退させかねないことを指摘したい。

(4)少数者保護上の問題点と技術的な限界
 また、このシステムが広範に使用されるためには、ケガ・病気・先天性欠損などによって、生体認証が出来ない人々にどのように対応するのか、このシステムの広範な導入によって不当な差別を引き起こす可能性がないかを検討しなければならない。

 また、生体認証も万全ではなく、経年変化によって認証が出来なくなったり、複製によって破られたりする可能性がある。生体情報は生涯不変であるが故に、一度複製によって破られてしまうと一生安全性を回復できないという致命的な問題点を持っている。

(5)人権侵害の発生は不可避
大きな問題は、生体認証による国境管理が強化されることにより、様々な人権侵害が引き起こされることは不可避であるということである。この制度は技術的に精度を上げていくことは可能でも、精度は100パーセントではない。絶えず蓄積データとのミスマッチや誤認識の可能性を抱えている。

 この場合にテロリストと指示された個人が誤りを立証することは不可能に近い。テロリストと誤って判断された者は、生命の権利を含めて深刻な被害を被る可能性がある。このことは、2005年7月22日 イギリスにおける地下鉄テロ事件の直後に発生した外国人誤射殺事件の例に端的に示されている。

 自国民の旅券に対するバイオメトリクスの導入の義務づけは、ごく例外的な犯罪の摘発のためにすべてのパスポート所有者のプライバシーの権利、自己情報コントロールの権利を犠牲にし、えん罪に類似した悲劇的な人権侵害を不可避的に生じさせるだろう。

 また、外国からの入国者からのバイオメトリクス採取制度の導入は、諸外国の人々への監視を強化する態度、あるいは非友好的な態度とみなされ、日本と諸外国との国際関係をより不安定なものとし、戦争やテロの潜在的な危険性を高めているといえる。

(6)制度の透明性の欠如
 また、プライバシー情報を最も濫用する可能性があり、その侵害性が顕著なものが警察と法務行政による濫用である。しかし、データベースの連結の禁止や個人情報の開示訂正の権利なども、捜査機関や入管の収集する情報では除外されている。

 犯罪予防目的、国際捜査共助、入管事務に関連する個人情報ファイルは個人情報ファイル簿の作成そのものが免除されている(行政機関個人情報保護法7条)。開示請求そのものが制度的に不可能なのである。このように、制度の根幹部分は市民から全く見えず、外側からチェックするシステムも皆無というのが現状である。

6 国の基幹的治安情報のすべてを外国に提供して、主権ある独立国家といえるのか
(1)政府は独立国家として矜持を持て

 このように、この外国人からの指紋採取とIC旅券という、我が国の生体認証旅券システムはアメリカのUS−VISITと連結されている。むしろその一部と言っていいであろう。そして、世界中で、このシステムに最初に統合されようとしているのが、世界の中で日本であるということが、私たちの国家の国際社会における位置を示している。

 国の入管情報や、検察情報など基幹的治安情報データベースを、外国に売り渡して、日本は主権ある独立国家といえるのか。
 人権侵害の危険を論ずる前に、そのことの妥当性が問われなればならない。

 アクセンチュア社に入管システムのシステム開発を委ねることが、今後いかなる事態をもたらしうるかについて、日本政府は十分な調査と検討を行ったのか。国会で徹底して追及して欲しい。

(2)国境を超えた人の移動の全面的監視システムを許してよいのか
 この制度は、日本に来日する外国人に対して向けられているのではなく、日本人と外国人に等しく向けられた国境を超えた人の移動に対する全面的な監視システムなのである。監視されているのは、外国人ではなく、国際的な法執行機関の連結体から見た世界市民(国境を超えて移動しようとする個人)の全体である。

 生体認証旅券の問題は外国人の問題ではなく私たち市民全体の問題なのである。

 外国の入管当局から見れば我々も外国人であることを自覚し、自らの自己情報コントロール権の問題として、生体認証旅券問題に取り組む必要がある。

(海渡雄一)

     ◇

(筆者は弁護士)

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ご意見板

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[18629] 「テロリストの味方だよ」って・・・・・それは“あんまり”な(笑)
名前:東堂一
日時:2006/05/18 05:08
田中様

 駄文でお目汚しを致しました。
 いやはや恥ずかしい限りです。(^^;

〉少し挑発的に書いてみたつもりなのですが

 小生も元記事が、十分に“挑発的”だと思って触発されたクチですがねぇ・・・・
 「懸け」は、小生の勝ちですかな?(←馬鹿です。)

〉海渡様反論とこの法律に変わるすばらしい提案、いつまでも待っています。

 ICAOが6〜8年かけて作った基準、「911テロ」が無かったら、アメリカも反対したであろう“性悪説”システム(笑)。
 ここまでコキ降ろした海渡先生ですから、きっとスバラシイ対案をご提示くださることでしょう。

 う〜ん・・「待て!次号!!」って感じですか?(笑)
[18613] 東堂様へ
名前:田中昭二郎
日時:2006/05/17 10:46
いつも切れ味鋭いご意見感心して読ませていただいています。
さて日頃からこの手の弁護士には憤りを感じていたので、少し挑発的に書いてみたつもりなのですが、私が書いた程度ではあせって反論などするような手合いとは違うのでしょうか。

ちょっとは良心というものを信じたいなあ。でも「そうだよ、テロリストの味方だよ」なんて言われたら、それはそれで納得したりして(笑)。海渡様反論とこの法律に変わるすばらしい提案、いつまでも待っています。
[18609] Re:「生体認証旅券の問題は外国人の問題ではなく私たち市民全体の問題なのである。」
名前:東堂一
日時:2006/05/17 08:18
海渡様

 やっぱり“こう来ました”か・・(笑)

 ICAO(世界中の飛行機の安全と安定運行を守ろうという国際機関)が、「911テロのような事態は再現したくない。犯罪者やテロ予備軍はオミットしたい。」として導入を決めた「生体認証」ですが、弁護士の方に取っては「言質を取られる」と同義語なワケだ。

 「私たち市民全体」は、戸籍も社会保険もビデオ屋の会員登録(小生してないケド。 笑)やら、運転免許証やらで政府や一般企業やらにイヤになる程「個人情報」を登録してますが・・・

 さてさて・・・今現在って「監視社会」ですか?(笑)

 「生体認証旅券」がお嫌なら、ETCもクレジット・カードもお勧めできませんね。(まさか使ってませんよね? 笑)
 ぜーんぶ、「履歴」残りますから。(個人特定も簡単そうだし。)

 「わたくし、コウいう者でございます。」

 腰は折っても、誇りを持って名刺を差し出しますがね、商売人は。

 コソコソと「自分が何者か」バレないように行動していたモハンメド・アターなんかには、新旅券は大分不都合だったでしょうなぁ。(笑)


PS:田中様

 反論来ると思われます?
 小生、「来ない」方に懸けようかな・・(笑)
[18592] 違和感を感じるのはなぜでしょう
名前:田中昭二郎
日時:2006/05/16 12:59
この手の主張、特に弁護士さんのものには違和感を感じるんですよね。権利が迫害されるということを声高に言われるのですが、一般の善良な市民にとって、国に隠れてどこか別の国に行く権利なんて必要ないでしょう。必要なのは犯罪をしたい人とか、テロリストとかそんな人だけではないでしょうか。弁護士さんにとっては善良な市民は無関係ですが、彼らは立派なお得意さんでしょうから彼らの権利を主張するのは商売上仕方がないのかもしれませんが、ただでさえ外国人による凶悪犯が増加している中、すこしでも一般の善良な市民が安心して生活できる権利を尊重して欲しいものだと思います。この法律がよくないのであれば市民生活の安全を確保できる代案をお願いしたいものです。