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かくされてきた被曝「ぶらぶら病」

青木智弘2007/02/11
8日に生活クラブ生協埼玉の講演会で、肥田舜太郎さんは低線量内部被曝の健康被害と、日本の核武装化の懸念などについて語った。
埼玉 原発 NA_テーマ2
 本年夏より六ヶ所村施設の本格稼動が予定されている、核燃料サイクルに反対している 生活クラブ生協埼玉 では、2月8日の午後に 肥田舜太郎 氏を講師に招き「内部被曝について」講演会を行った。肥田舜太郎さん( 日本被団協 原爆被害者中央相談所・理事長/ 全日本民医連・ 顧問)は、仮説ながら徐々に明らかになってきている低線量内部被曝の健康被害問題などについて語った。当日の講演を、以下に報告する(要約・補足・文責:筆者(青木智弘))。

(写真は、クリックすると大きくなります)
かくされてきた被曝「ぶらぶら病」 | 1.放射性粒子が体内に入るまで
1.放射性粒子が体内に入るまで
かくされてきた被曝「ぶらぶら病」 | 2.分子レベルでおきていると推定されていること
2.分子レベルでおきていると推定されていること
かくされてきた被曝「ぶらぶら病」 | 3.肥田舜太郎さん
3.肥田舜太郎さん
すすまないヒバク研究
 90歳になって私は、いよいよ、ヒロシマの被爆を目の当たりにした最後の医療者になってしまいました。被爆/被曝についての医療はすすんでいません。61年間もずーっと臨床でヒバクシャを診てきた医療者は私ぐらいでしょう。公立の病院ですと、大学から派遣される医療者は3〜4年で交代してしまい、ずーっとヒバクシャを診るわけではないのです。

 そんなこともあって医者は、ヒバクについて正しく知っているとは言いがたいのです。医療の教科書にヒバクの問題は載っていません。いまだにアメリカの資料隠しも続いています。だから、原子力や核の平和利用の危険についても、人々は認識が甘いのです。危険について知っている人も、政府や企業の圧力があって、なかなか表には出せないのです。

 放射線の健康被害は本来、いくつもの大学の研究室が集まって、何十人もの研究者がプロジェクトチームをつくり、何億もの研究費をかけて、体系的に解明すべき課題です。しかしそうはなっていないので、ほぼ手つかずの研究分野といってもよいでしょう。あまりに壮大なテーマなので、一生をかけて研究しようという人もなかなかいません。

ヒロシマの被爆
 アメリカが広島に原爆を投下した際、人々にあのような大被害をもたらすとは、当時の米国軍人の多くには、あまり予測できていなかったのではないかと私は思います。原爆使用の第一目的はとにかく大量破壊であって、普通の爆弾などなら何万発とかかる効果を瞬時に上げたかったのでしょう。ところが原爆を投下してみると、未曾有の健康被害が長らくつづくことになったのです。

 米軍の占領下では、被爆者の医療には壁がありました。被爆の被害について、米占領軍は知らせなかった。圧倒的なお金と人と力を使って米軍は調査はしましたが、その成果は医療にはいかされなかった。臨床医である私たちは、経験の蓄積から判断するしかなかったのです。

 月日が経つに連れて不思議なことがおきました。直接、被爆をしていない人たちに健康被害が出るようになったのです。どうも体の調子が悪い、という人も増えました。当時、患者が病院にいって「わからない」と診断してくれる医者はまだ良心的でした。ノイローゼとか、病気そのものを認めない医者が、圧倒的に多かったのです。それくらい「健康被害はない」というアメリカの宣伝力が大きかったのです。真実につながる道が、日本人には閉ざされていたのです。

放射線の健康被害
 放射線は人体に、急性被害と慢性被害をもたらします。後者について米国は、必ずしも予測していなかったと思います。急性被害は、瞬時に大量の放射線を浴びることでおきます。放射線は貫通してしまって、体内には残りません。急性被害をうけた人は、内部被曝もしていますが、数時間か数日で死亡してしまいます。やがて、直接は被爆していないのに、原爆後の広島に、家族や親戚を探しに来た人らが亡くなっていきました。

 次に顕著になった健康被害が「ぶらぶら病」なのです。はじめの頃はノイローゼとよく間違えられました。今では、原発事故後に「ぶらぶら病」被害が出ることもわかって、海外でも認知されるようになりました。

 「ぶらぶら病」は、被害者家族の命名です。広島に駐屯していた日本軍の兵士が終戦後に故郷に帰る。九死に一生を得た人が、30分も農作業できない、倦怠感で立っていられない、働けない、という状態になります。被爆後の街の瓦礫除去作業などに従事した人たちです。

 いまでも、ふつうの人の疲労や倦怠は、そのメカニズムはわかっていません。人や医者は、経験的に疲労を、そしてそれが休息によって回復することを知っているだけなのです。

 ですから当時、「ぶらぶら病」の人たちは病気とは見なされませんでした。仮病とかナマケ者とみなされてしまったのです。家族の人たちは「うちのお父さん、広島に行ったらナマケ者になって帰ってきてしまった」ということで、「ぶらぶら病」と言われたのです。

 私たち現場の医者は、はじめ病名をつけられませんでした。はじめの頃は抵抗して「原爆病」と言っていましたが、それを死亡診断書に書くと埋葬許可がおりないのです。死亡診断書に書ける死因は、国際的な標準があって、それに外れるものは認められないのです。やむをえず、一時はちがう名前をつけていました。

 私が診た顕著な症例は新潟の男性です。倦怠感には波があって、突然、急激に襲ってきます。健康被害者は、ヒバクしたことを中々あかしません。生命保険にも入れないし、就職や結婚にも差し支えます。診察の際に医者の前にきてようやく、ヒバクしたことを医師にだけ告げるのです。その男性もそうでした。

 ヒバクを告げられれば私は、どこで、いつ、どうヒバクしたのかを細かくききます。その男性は問診中に疲れて、やがて頬杖をつき、つぎに床にあぐらをかき、やがては床の上に横になってしまいました。すわってもいられないのです。そういうことで演技をする人はいません。そういう人を見ることで、ようやく私は、ヒバクシャがだるい、働けないということがわかるようになったのです。

ひろがる「ぶらぶら病」
 いまはアメリカやロシア、中国にも「ぶらぶら病」の患者さんがいます。

 米国には、核実験の被害者、原爆製造の従事者や工場の周辺住民などに24万人もの被害者がいます。しかし、政府や医療者は一貫して、その存在を無視してきました。旧ソ連、中国、原発のある国には「ぶらぶら病」の患者さんがいますが、どの国も医療者も、一貫して原爆症を隠しています。

 内部被曝は、外から見るだけではその健康被害がわかりません。働けないので生活困窮に陥ってしまいます。

 1950年ごろまで、若い被爆者は家族を失って、孤児も同然でした。被爆者手帳が支給されるようになるまで、被爆者には戸籍も、配給手帳もありませんでした。だから飢え死にした人もたくさんいます。1952年までは、自分で被爆者であることを知らない人も大勢いました。

 当時(1952年より以前)、14、5の少女が一人、福島の親類のところに引き取られました。しかし役場は配給手帳を支給してくれません。広島市出身者は占領軍の扱いになるというのです。しかし福島の進駐軍の事務所ではどうにもなりません。結局、配給手帳がないと、その子の食料は配給されませんから、親戚をたらいまわしにされ、やがて農家の後妻となります。ところがお嫁さんとしては、昼も夜も“おつとめ”はできないから離縁されてしまう。離縁されたら子がいた‥‥日本中のみんなが食うや食わずだった当時、そういう女性の行く末はきまっています。

 彼女のような悲惨な人生を送った人がたくさんいるのです。大人も子どもも、ヒバクしたばかりに、人権を蹂躙された一生を送ったのです。

外部被爆と内部被曝
 原爆の最初の犠牲者は、大やけどで亡くなっていきました。被爆3日目以後になると、謎の高熱や粘膜からの出血などによって、被爆者は亡くなっていきました。まぶたの裏からも出血する人もいますし、扁桃腺の細胞が真っ黒になって壊死する人もいました。

 症状が悪化すると髪の毛も抜けます。ふつうの脱毛とは違うのです。患者さんの毛が、死の1〜2日前になると、すこし触れただけで、手についてゴソーっと抜けてしまうのです。髪がなくなるということが、女性にとっていかに悲しいことなのか、私は痛感しました。

 急性の被害をうけた人は、最後は下血か吐血で亡くなります。

 そういう慢性の症状が、やがては直接被爆をしていない人にも出るようになりました。はじめは伝染病を疑いました。でもちがいます。直接、高線量の被爆をした人たちは、内部被曝もしていたのですが、半年以内に亡くなってしまいました。

 やがて内部被曝だけをした人にも、症状があらわれるようになったのです。1975年に私は初めて渡米し、米国の医師を通じて核実験の死の灰をあびて症状が出た人を知って、私は内部被曝の健康被害について確信を持ったのです。

内部被曝のメカニズム
 今は「低線量の被爆に健康影響はない」「爆心2km以遠に健康被害はない」などという日本の厚生労働省などの主張も仮説にすぎません。原爆症認定の裁判で国側の証人は「脱毛は栄養失調でもおきる」などといいます。しかし、そうでしょうか。臨床医の私からすればそれはおかしいのです。軍医として、ニューギニアからの、すさまじい栄養失調の帰還兵を診たことがありましたが、脱毛はしていませんでした。

 内部被曝のメカニズムも今はまだ仮説です。しかし、そうでないと説明のつかない現象があまりに多いのです。臨床経験から私は、内部被曝のメカニズムの仮説に立脚せざるを得ません。そうでないと説明がつかないのです。

 原爆が炸裂した時、よく「きのこ雲」があらわれたと言われますが、その下にあったのは実は火柱です。(筆者:以下、写真1をクリックし、別ウインドウで拡大して見ながら、お読みいただけると幸いです)

 図の上の黒いところが、土砂といっしょに舞い上がった放射性物質です。一部が黒い雨となって、一部は埃となって、放射性降下物は落ちてきました。その微粒子を吸い込むなどして、内部被曝の健康被害がおきたのです。

 ウランの分子は、1ミリの60分の1です。ウラン分子を仁丹の大きさにまで拡大すると、おなじ拡大率で人体は富士山の9倍もの高さの身長になります。鼻の穴の大きさが2mなのです。そのような細かな世界でおきていることなので、なかなか証明がむずかしいのです。しかし、内部被曝のメカニズムの仮説を採らないと、説明できないことが多すぎるのです。

 ヒトは、ウランの微粒子を吸ったのか、吸っていないのかもわかりません。肺、あるいは胃に入って、やがては血管をつうじて運ばれ、最後は体のどこかの組織に定着します。この段階では、ウラン分子は細胞の壁(細胞膜)はこえることができず、細胞間の体液にとどまっています(筆者:以下、写真2をクリックし、別ウインドウで拡大して見ながら、お読みいただけると幸いです)。

 体液の中でウラン分子は、活性酸素とくっつきます。すると電離線を出し始めるのです。電離線が細胞膜に穴を開けてしまい、α線、β線、γ線が細胞の中に入れるようになります。活性酸素とくっついたウラン分子は、電荷が270万ミリボルトと、たいへんに大きいのです。

 ふだん、ヒトの細胞は、酸素が10とか、炭素が3とか、小さな電荷の分子が活動しています。そこへ圧倒的に大きい電荷のウラン分子が入ってくるので、細胞内は分子レベルで大混乱に陥ってしまいます。そして、分子レベルで混乱した細胞は変異細胞になってしまい、やがて変異細胞群を構成するのです。

 変異細胞群は、ガンになるだけではないのです。どのような形で発現するのかは、個体差があって、人によってちがいます。内部被曝の発症メカニズムなどは、分子レベルでおきていることなので、今の段階では、まだ仮説にすぎません。

 しかし私の医療経験では、そう解釈をせざるを得ないのです。内部被曝説でようやく、説明がつくのです。(次ページにつづく)
◇ ◇ ◇

ご意見板

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[34870] 内部被爆について
名前:能登貞人
日時:2008/06/11 16:06
すいぶん時間がたってからの意見ですみません。
私は全くの素人ですが、肥田先生の「内部被爆の驚異」を読み、本当に切実な思いにかられ、東電の資料などから現在の日本は74基もの原子力発電所に囲まれ全ての日本人が内部被爆している現状に気が付きました。なんとかこの(内部被爆)と云う言葉だけでも、多くの人に伝えられないものかと悩んでいます、何か良い考えはないでしょうか、教えて下さい。
[24874] それが‥‥
名前:青木智弘
日時:2007/02/19 18:02
夏野さま

 それがですね、日本の研究奨励予算や補助金などは、原子力関連とくらべて桁違いに、太陽光発電や風力発電、小規模水力発電の、研究や普及推進にあてられているものが少ないのです。政府は十分な比較研究もしておらず、私が以前に書き込んだ意見の論拠も、NPO・NGOの見解によっています。政官財の癒着はひどいですし、電力会社は大規模発電に拘泥していますし、日本政府はやはり、潜在的核兵器保有能力を持ち続けたいのだと思います。高速増殖炉に拘泥するのも、あそこで兵器用プルトニウムを精製したいからだとしか思えません。
[24772] >原発は廃止しても困らない
名前:夏野繁造
日時:2007/02/15 09:56
青木様

なるほど、
原発を廃止しても、効率化された電気機器や太陽光発電や風力発電、小規模水力発電の供給効率化等で補えるわけですね。
安心しました。

当然、政府は、十分な比較計算をして仮に原発がなくても、原発以外のエネルギー供給で産業や国民生活が円滑に保たれることは分かってる、しかし原発は推進してるわけですね。

これは国民の安全を見過ごし「原発業界」の利益を優先してるってことになってしまう。ここでも政官財の癒着があるんですかね。
[24755] 落とすしかないでしょう
名前:青木智弘
日時:2007/02/13 22:24
森田さま


 横須賀の住民にできることがあるとすれば、21人の市議と、現市長を落選させるしかないのでしょう。それから市議会を密室にしないこと。そういう地道な作業を戦後60年、一貫して、日本の人々は(私も含めて)怠ってきたような気がしなくもありません。
[24754] re:24714
名前:青木智弘
日時:2007/02/13 22:18
夏野さま


 返信が遅れて恐縮です。私は専門家ではありませんが、一人の市民として、かなり大雑把な私見を述べると、エネルギーの供給構造はその国の政策に大きく左右されますし、
 > こんにちの国民に、節電など  電力消費を三割減らす耐乏生活を強いる政策は無理ですよね。
 とも言っていられない(次世代の負担、あるいは今生きている人たちの将来負担(私は40才ですが、70になる頃には、自動車は運転できないでしょうし、そもそも食べる食い物に事欠くでしょう)が大)状況にはあるのですが、代替エネルギーの技術水準は、いまの需要をみたすのに充分だと思っています。


 原子力発電をとめれば、たしかに3割ほど電力供給は減りますが、それはそもそも1990年頃の水準で「耐乏生活を強いる」というほどでの水準ではありません。(日本と言う国の現況は、食料輸入が止まった時の方が、私には恐ろしいです)3割減=窮乏生活、と多くの人が思うことも、私には恐ろしいです。


 仮に3割減になったとしても、15%は電気機器の(すでになされている効率化)で乗り切れるでしょうし、のこる15%は電力供給源の分散化(太陽光発電や風力発電、小規模水力発電等は、1カ所あたりの供給力は少ないが、その分、発電所を分散化し、電力供給の効率化をはかる(原子力発電等の大規模発電所は、送電効率が悪い)で乗り切れるのではないでしょうか?
[24731] 住民の声を反映させる公的な仕組みを
名前:森田鉄平
日時:2007/02/12 22:21
横須賀港への原子力空母の入港は反対すべきです。
そのためには、住民投票のような公的な制度が必要です。


これに関しては2月8日に横須賀市議会で、住民投票を行う条例の議案が、31対10で否決されました。
蒲谷亮一・横須賀市長は05年の市長選挙の時には、原子力空母の入港に反対する旨を公約に掲げていたにも関わらず、手のひらを返したように、日米両政府の意向に沿ったことになります。
市長が公約を守らないようでは、選挙による投票では、住民の意見を市政に反映させることはできないことになります。


また、市議会議員の大半が住民の意見に耳を貸さず、政府の言いなりになることを選択しました。これでは地方自治のあり方、市議会の存在価値そのものを疑わざるを得ません。


横須賀のケースで憂慮すべきは、原子力空母の安全性はもとより、住民の声を反映させる公的な手段そのものを、議会によって絶たれたということです。


住民投票の結果に、法的拘束力を持たせることが理想ですが、せめて、市議会の決定と住民の意見が別物であることを、公的に認める制度を用意しておくべきだと思います。
現状では議会が決定したことが、本当に住民の望むものなのかどうかが検証できません。


住民が、市議会という密室で議決された結果を享受するだけの存在ならば、あまりにも馬鹿にした話です。
[24714] 代替エネルギーの開発状況は?
名前:夏野繁造
日時:2007/02/12 11:13
世界の動きに逆行してプルトニウム原発を推進する日本の政策には疑問を持ちます。

さて、日本の電力の約三割はすでに原子力エネルギーでまかなっているそうです。原発を廃止した場合、現在の電力消費量を維持する具体的方法をたてなければなりません。
私、不勉強なので、代替エネルギーの研究開発状況のことはよく知りませんが、政府や原子力関連業者の思惑は別にして、原発に代わる方策の実用化は将来的に可能なのでしょうか。

こんにちの国民に、節電など  電力消費を三割減らす耐乏生活を強いる政策は無理ですよね。
[24708] 釈迦に説法かもしれませんが
名前:青木智弘
日時:2007/02/12 00:36
 原子力発電にも反対しないとダメです。日本にはどんどんプルトニウムがたまっていて、平和利用で何とかできる量ではありません。現在たまっているプルトニウムがすぐ、核兵器に転用できるわけではないのですが、日本政府が黒鉛炉あるいは高速増殖炉を稼動すれば、すぐに兵器転用が出来ます(*)。平和利用と言う美名にだまされてはいけないと思います。あえて私見を述べれば、日本国籍を持つものは、北朝鮮を避難し、イランをこわがる前に、原子力発電を何とかすべきです。(* インドやパキスタンのように、日本が核武装しても、国際社会は「なんとなく」容認するでしょう)
[24679] 核兵器はいつでもどこでもだれでも反対しないと、
名前:夏野繁造
日時:2007/02/11 17:02
>日本が本格的な軍隊を持つようになり、核武装するようになったら、軍産複合体は「止まらない」と私は思っています。歯止めは憲法しかありません。・・・・日本人は時代や大勢に流されやすいと私は思うので、正直いって私は悲観的です。・・・・ですから次世代のためにぜひ、核のことを、原子力の問題を学んでください。


日本には、この頃ではもう絵に描いた、といった方が当たってる「非核三原則」があります。
つまり、沖縄には世界最大の米軍の核基地があることを多くの国民は知っていることや、最近では横須賀に常駐することが決まった原潜が、安全確認ができない原子力で推進するばかりか核魚雷や核ミサイルを搭載していることは間違いない事実である、などです。

はじめは遠くのほうで、或いは過去のこととして、自分には関係なく、単発的に発生していたことがだんだん繋がりをもち、取り返しがつかなくなってしまう、核の問題はそのような怖さがあります。

しかもその動きは、たんなるときの流れでなく、周到に画策され仕組まれ着々と実行されようとしている。
もう総論賛成・各論反対のご都合主義ではすまされない段階にきているようです。
当面できることは「小型核兵器なら保持容認」とするソーリ、憲法改定を国会の優先議題にしたいソーリ、を擁立する党は選挙でノー、とするしかない。
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