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マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜

永尾理恵子2007/12/21
毎日新聞論説委員で早稲田大学大学院客員教授の与良正男氏を迎えた第2回目は、プロの目で選挙をみつめ続けてきた与良氏と、マニフェストで政局をふり返る。宮崎県知事選でタレント候補の東国原英夫氏がマニフェストを掲げて当選したのを皮切りに、「まさか、まさかの連続の1年」だった。
日本 ザ・選挙 マニ研
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center>北川氏(左)と与良氏(右)</center>
北川氏(左)と与良氏(右)
 2007年も残りわずか。もともと亥年は大きな選挙の続く“選挙イヤー”だが、めまぐるしく政局の動いた1年となった。ビデオコラム「舞え!北京の蝶々」第26回は、毎日新聞論説委員で早稲田大学大学院客員教授の与良正男氏をむかえる第2弾。プロの目で選挙をみつめ続けてきた与良氏と政局をふり返る。―マニフェストは何を変え、何を変えられなったのだろうか。

 与良氏は「まさか、まさかの連続だった」という。幕開けは、1月の宮崎県知事選。タレント候補といわれた東国原英夫氏がマニフェストを掲げて、元官僚相手に大勝した。4月の統一地方選をへて、7月の参院選では自民党が惨敗。その後、突然の安倍晋三元首相辞任と総裁選をへて、福田康夫首相が誕生した。ねじれ国会では、大連立構想、小沢一郎民主党代表の辞任騒動もあった。そして、息つくひまもなく14年ぶりとなる越年国会へと突入した。

マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center>東国原知事がマニフェストにうたった「どげんとせんかいかん」は2007年流行語大賞にも選ばれた(撮影:鈴木康之)</center>
東国原知事がマニフェストにうたった「どげんとせんかいかん」は2007年流行語大賞にも選ばれた(撮影:鈴木康之)
 与良氏は、いまの政局について「ねじれだとか大連立だとかいっているが、次の総選挙で民主党が勝てば大きく解消される。大連立そのものには、大反対だ」という。福田首相と小沢代表については、マニフェストの関心の低さに危機感をもつ。「地方政治の地殻変動は依然として続いているわけだから『マニフェストをどうした!』といい続けようと思います」という。

 北川氏も、いまのねじれ国会の現状について喝をいれる。「知事経験者からいうと、知事執行部と県議会は、政策とか議案ごとにしょっちゅうねじれている。それでも、あらゆる努力をして議案を通していく。いまの与野党には、努力が足りない」。これからが、「政治主導」が問われるときなのだという。

 来年には、解散・総選挙が早くもちらついてみえる。二人は「政権交代があるのかないかの、歴史的選挙になる」と口をそろえる。

※ 詳しい内容は、映像でご覧ください。以下、対談からの一部抜粋。

マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center>波乱続きの自民党と国会の舵をとれるか、福田首相の手腕が問われる</center>
波乱続きの自民党と国会の舵をとれるか、福田首相の手腕が問われる
北川
 昨年も、与良論説委員さんに1年間の政治を振り返っていただきました。本年も、国と地方をあわせて、一緒に政治全体を振り返っていただきます。

与良
 小泉さんでないですが、「まさか、まさか」の連続でした。「上り坂、下り坂、永田町には『まさか』という坂がある」。長い1年だったような気もするし、あっという間に終わってしまったような気もします。

明暗をわけた、宮崎県知事選と東京都知事選

北川
 一つの幕開けは、1月の宮崎県知事選。泡沫ではないかといわれた東国原英夫候補がマニフェストを掲げて、本命だった中央官僚の2名の候補を破りました。あの辺りが、前兆だったですかね。

与良
 あれは、「政治的な大事件」だと思いました。一つは、東国原さんは、タレント的な人気のみならず非常に綿密なマニフェストをつくっていたこと。

北川
 わが早稲田大学で、勉強されたんですね。

与良
 いま、単にタレント性というだけじゃ、世の中の人は支持はしないと思うんです。「すごいまじめに宮崎のことを考えているんじゃないか」「このアイディアはいいアイディアかもしれない」と。それがあったから、爆発的な勝利をおさめたんでしょう。いまもときどき問題発言はしているようですが、依然として県民の支持率は高い。期待があるんですね。安易に改革という言葉をつかいたくないですが、基本的には、チェンジ、変革といいますか、県民の変化願望が続いているなと思いました。

北川
 あれで火がふいたんですが、マニフェスト運動も浮き沈みあります。つづく4月の統一地方選はあまりぱっとしませんでした。東京都知事選もそうです。

与良
 おっしゃる通りです。たまたま、いわゆる改革派知事が引退される時期と重なって。知事選を見る限りは、現職が強かったという結果になりました。宮崎から吹いてきた風に、すこしブレーキがかかってしまった。とくに、東京都知事選。残念ながら、マニフェスト選挙になりませんでした。石原さんの人気は、どうやってもうまく評価できないですね。爆発的な人気があったとは思えない。もしかしたら、結果的に石原さんを下支えしたのは、自民党なり公明党なり組織なのだという見方が強い。ある種、時代が逆戻りしたのかなとすら思いました。

北川
 東京は、中央集権の勝ち組だから。革新というけれど、体制護持という雰囲気もあったかなと思います。「よそ者には負けん」というプライドもあったのかもしれません。

与良
 対立候補の浅野史郎さんは、選挙に入ってからひきつける何かがもう一つがほしかった。

北川
 戦略がいまひとつだったかな。

与良
 選挙に出る前は注目を集めていたのに、はじまった瞬間にもち駒がなくなっちゃったみたいな。

北川
 惜しかったですね。

与良
 惜しかったですよ。非常に面白い対決だと思ったんです。「知事選に国政レベルの話をもちこむのはどうか」という議論もありましたけど、東京ですから国政レベルの争いもなくてはいけない。ある種、石原さんは「自民党らしい」存在。当時の、安倍さんのお兄さんみたいなイメージじゃないですか。憲法改正についても「美しい国」路線の以前からいっていて。一方、浅野さんはリベラルというような。

北川
 草の根的なね。

与良
 そうです。もしかすると、民主党にもたれているイメージを明確に体言しているところがありました。ぼくのコラムでも、「“自民党的”対“民主党的”」って書いて、この争いは面白いといったんです。でも、政党はうまくかめなかった。候補者も、お互いに政党色を消したほうがいいのか、消さないほうがいいのかみたいなところもあって。都知事選は消化不良のまま終わってしまった感じがします。

「まさか」続きの、参院選と安倍元首相の辞任

北川
 それにひきかえ、7月の参院選はまさかの連続で。与野党が逆転して、やがて安倍総理が辞任となりました。一連をどうみられましたか。

与良
 参院選は、事前の世論調査でも、相当な敗北だなと思っていました。北川さんがまだ自民党にいらっしゃったころの、リクルート・消費税といわれて大敗北した1989年の参院選に近い状況だったかなと思います。いまのねじれの原点です。今回は、年金が非常に大きな争点になったんですけども、一方で変化願望もあって。安倍さんの若さみたいなものに、国民は一時的には期待はしました。でも、やっぱり頼りなさすぎるというようなイメージがあって。ぞくぞくとスキャンダルもでてきて、最後は“ばんそうこう”かと。あれが象徴的で、頼りなさみたいなものにみんな一気に傾いちゃいました。なかなか分析しきれないですけども、参院選の方がどーんと動いてバイアスがかかりやすい。ああいうかたちの逆転は、皮肉なことに参議院しかないんです。参院選の方が大変動が起こるということがありますよね。

北川
 ぼくは、それがだんだんと参院選だけでなく、選挙そのものが溶解・液状化してきていると思います。「心は保守地盤だよ」「1区だから1区現象で民主党が強いんだよ」ということではなく、どのアンケート調査をとっても、そのときのいい政策を出す、いい候補を選ぶという結果になってきています。参議院で従来の「逆転の逆転」というかたちが、もうちょっと普遍化して「どちらでもいいんだよ」という感じになってきました。

与良
 それと、民主党はフロックだとか言われますけど、一方で、遅ればせながらもずっと懸案になっていた地方組織をなんとか充実させようとしてきた。

北川
 自民党の政治基盤が成熟社会になって壊れ始めて、ダウンしているんですね。民主党は、風頼みでまったくなかったところから、全国で勉強会なんかをいっぱい開いたりして積み上げてきているんです。

与良
 コツコツとね。

北川
 1人区で23勝6敗と自民党が惨敗したのは、偶然でなく必然的なことなんだと思います。だからといって今後、民主党が圧倒的に強くなるという話ではない。民主党もまだまだ頼りないですが、自民党も体制をしっかりつくり直さないといけないとういうことです。

与良
 ただ、「小沢一郎さんが多少勘違いしているかな、古いかな」と思うのは、民主党の議員に「とにかくコツコツ地元を歩け」といっていることです。

北川
 田中角栄型のね。むかしの、ぼくら国会議員時代の話です。

与良
 そればっかりじゃないと思いますよね。

北川
 話の順序として、まずは明確な政策をうちたててと。

与良
 確かに、選挙を勝つためにはコツコツ歩くことも必要です。「地元活動だ、盆踊りにいけ、お正月はまわれ」と。そうかもしれませんが、やっぱりそれだけで、選挙の投票行動が動いている感じがしないですよね。地盤・血縁・お金じゃなくて、政策中心に人が評価されている地方での地殻変動をとらえた方がいいと思います。

北川
 私もそう思いますね。それで、参院選の大惨敗のあと、突然の安倍総理辞任がありました。

与良
 あれはびっくりしましたね。何がびっくりしたって、それはびっくりしましたよ。

北川
 そして、福田さんが次の総理となりました。長年、清和会番の。

与良
 これで4人ですよ。清和会から出た総理は。

北川
 表も裏も知り尽くしたね。まったく、古くなりましたね(笑)。

与良
 むかし、ぼくもあそこの派閥の担当でした。北川さんも国会議員で、まだ若かりしころで。よく夜中にぼくが酔っ払って、北川さんの宿舎にいっていました(笑)。

「振り子の原理」にかなった福田首相の誕生

北川
 それで、安倍さんと福田さんが代わられて、その風景をどのようにみられていましたか。

与良
 福田さんが自分で出るといえば、一気に雪崩うつなというムードがありました。本人がやる気になるかどうかが問題でしたけれど。いろいろ検証すると、参院選前から「即座かどうかは別として、参院選で負けると、いずれ安倍さんがやめざるをえない状況がくる」と、いろんなところでいろんな人たちが福田擁立を進めていた感じじゃないですかね。「振り子の原理」ってよくいいますけれど、やっぱり自民党の一つの知恵なんですね。小泉さんにダーッとふれたときには、次は安定感のある福田さんをという感じがいままでのパターンですね。もしかしたら、小泉さんから安倍さんになったのがいままでと違ったかもしれない。

北川
 屋上屋を架しちゃった。

与良
 小泉さんでこっちにふれたら、逆にふれるっていうのが、これまでの自民党の擬似政権交代パターンです。「政権交代もどき」とぼくはいいますけど、ムードを変えて世の中を変わった気にさせる。政権交代したかのようにみせる。歴史からすると今回は、そこが異例だったのかも。福田さんがやっていることは、自民党的には普通のことなわけですよ。

北川
 私もかつての仲間ですし、二人をよく知る者としていうと、福田首相がちょっとくいたりんなというところがあります。高らかにマニフェストを掲げて「断固これをやる」というのでなしに、低姿勢だとか協調路線だとかに終始しはじめて。それで、ある日突然、明日クエスチョンタイムが開かれると決められていた前日に「闇の談合」といような話し合いが・・・。

与良
 党首会談、党首討論とは、天と地ほどちがうね。

北川
 ある意味、民主主義を冒涜しているような感じがしますね。選挙の結果をどう考えているのかと。その辺りを語ってください。

与良
 小沢さんがこけちゃったんで、むしろ民主党問題みたいにばかりわれわれも報じてきましたけど、大連立で合意しかけちゃったんだから、お互いに相当な責任があります。

北川
 逆に、野党より与党の方が責任重いと思いますよ。

与良
 どこまで本気でやれるかというのはあったでしょうけど「それは禁じ手だよ」と、ぼくは散々書き続けてきました。さらにいえば、そこに読売新聞の渡辺恒雄さんが、仕掛け人・フィクサー的な存在としてクローズアップされました。あれは、われわれ政治記者側にも、非常に重いものをもちました。

北川
 あそこで大激論がおこって、本当はマスコミのあり方論なんかも問わないといけない。どうも失礼だけど、マスコミは静かで逼塞したような感じがしてね。奥歯にものがはさまっているような。

与良
 われわれも取材はしているんですよ。いったい何があったのか、この1ヶ月間どの程度のことに関わりをもっていたのか、われわれが取材しきれていないことも言い訳としてはあるんです。ぼくは大連立そのものには、大反対です。

北川
 そうですね。それで現在も国会が動いていて、通常国会を迎えるわけです。テロ特措法、消費税、地域格差と問題が山積していますが、解散的なことも含めて今後の政局はどうですか。

「政治主導」が問われる時代に

与良
 一番気になっているのは「ねじれ、ねじれ」といわれていて、そういう人が「このねじれは3年、6年、9年、当分続くんだ」「大連立しないと進まない」といいますが、そうでないですよね。民主党が次の総選挙で過半数をとりさえすれば、相当部分が解消されるんです。ねじれっていっている人たちの論理も、大連立論者も、自民党政権がずっと続くということを前提にしゃべっている話だとぼくはいいたい。民主党は、前回選挙と比べて2.5倍とらないと過半数がとれませんが、そこを目指すといわないとダメです。小沢さんが次の選挙に勝てないといっちゃったことに恐ろしいショックを感じましたね。

北川
 知事経験者からいいますと、知事執行部と県議会は、政策とか議案ごとにしょっちゅうねじれてるんですよ。

与良
 いまにはじまったことじゃないですよね。

北川
 だから、必死になって議論もし、説得もし、バッティングもし、何割かで成案をえていくと。現在の第1党の与党と第1の野党は、その努力がまだ足りないし、その方法論がみつかっていません。そこを真剣に議論していけば、民主主義のバージョンアップになるという捉え方をしないと。ねじれだから、何一つも決まらないというのは、当事者たちの努力不足なんです。議員間の討論がほとんどなくて、政府に対してばかり議論するのではなく、まさに「政治主導」が問われるいい機会じゃないかなと思います。
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center> 東京都知事選で、3選をはたした石原都知事(撮影:田中龍作)</center>
 東京都知事選で、3選をはたした石原都知事(撮影:田中龍作)
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center> 参院選惨敗で肩を落とす安倍元首相</center>
 参院選惨敗で肩を落とす安倍元首相
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center> 総裁選で「希望と安心のくにづくり」を訴えた福田首相</center>
 総裁選で「希望と安心のくにづくり」を訴えた福田首相
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center> 草の根運動がイマイチ広がらなかった浅野氏(撮影:佐藤弘弥)</center>
 草の根運動がイマイチ広がらなかった浅野氏(撮影:佐藤弘弥)
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 | <center> 民主党大躍進に笑みがこぼれる菅氏(左)と鳩山氏(右)</center>
 民主党大躍進に笑みがこぼれる菅氏(左)と鳩山氏(右)
マニフェストは何を変えたのか?〜検証 2007年“選挙イヤー”〜 |  総裁選では若者へのアピールをし、思いのほか善戦した麻生氏
 総裁選では若者へのアピールをし、思いのほか善戦した麻生氏
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