|
「国民」を「者」に置き変えさせた「難民条約」 昭和34(1959)年に制定された「国民年金法」は、昭和56(1981)年の法改正で大きく様変わりしました。それは国民年金の被保険者の資格から「国籍条項」が撤廃されて、条文の「日本国民」が「者」に置き変えられたことです。 「国民年金法」第7条(被保険者の資格)次の各号のいずれかに該当する者は、国民年金の被保険者とする。 1.日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び第3号のいず れにも該当しない者(以下省略) 以前は、20歳以上60歳未満の「者」ではなく「日本国民」とされていたのです。日本人は何気なく見過ごしそうな変更ですが、「日本国民」が「者」に変わったその効果は絶大で、改正により「国民基礎年金」や「国民障害年金」等が日本人に限らず、広く外国人にも解放されるようになりました。 政府が昭和56(1981)年に国民年金法の改正に踏み切った背景には、昭和50(1975)年、南北ベトナムの統一により「難民」が大量に発生したことがあります。 「難民」は当初の「ボート・ピープル(海路)」から、「ランド・ピープル(陸路)」、さらには「エアー・ピープル(空路)」と拡大し、ベトナムだけでなくラオス、カンボジアからも脱出がつづき、インドシナ難民問題にどう対応するかは、国際社会の大きな課題となりました。 日本も昭和50(1975)年以来、「一時滞在」の形でほそぼそながら「難民」を受け入れるようになりましたが、ちょうどこの年、「先進7カ国サミット」が発足し、以降日本の首相も毎年会議に列席することになります。他のサミット参加国に比べると「目と鼻のさき」の距離にある日本は一時滞在を認めるだけではすまなくなり、新たな対応を迫られ、のばしのばしにしていた人権に関する国際条約への加入を進めざるを得なくなりました。 日本政府は昭和54(1979)年に「国際人権規約」を、次いで昭和56(1981)年に「難民条約」を批准します。「国際人権規約」の批准に際しては、国内法の改正は何一つおこないませんでしたが、「国際人権規約」に比べてより「厳格な条約」である難民条約は、その内容と矛盾する立法があればその国内法は改正を余儀なくされます。とりわけ、社会保障について「内国民待遇」を求めていることが、日本の社会保障制度の「排外性」を直撃しました。 当初、厚生省は社会保障における国籍条項の撤廃に反対であり、難民条約の「内国民待遇」の条項を留保することを条約加入の条件にしたと言われます。橋本龍太郎厚相は1979年、国民年金への難民の加入などについて否定的な見解を示しましたが、翌年、園田直厚相が国籍条項撤廃の政治的決断を行いました。 「日本に住所を有する日本国民」から「日本に住所を有する〔すべての〕者」への転換は、文字どおり日本社会の構成原理に重大な変更をもたらしました。こうして、「国民年金法」は、法律名こそ変わりませんが、その「国民」は、現在では「日本国民」ではなく、「日本住民」を意味しているのです(田中宏『在日外国人新版−法の壁、心の壁−』の要約)。 「内国民待遇」を保障されたのは国民年金だけではありません。社会保障面では、国民年金法、児童扶養手当法、特別児童扶養手当等の支給に関する法律及び児童手当法の一部を改正して、これらの法律における国籍要件を撤廃することとなりました。 例えば、現行の国民年金法では、国民年金の被保険者の資格について「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民」と規定されているのが、「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の者」と改められました。これらの改正により、難民のみならず、韓国人、朝鮮人、台湾人らをはじめとする日本に居住するすべての外国人について、日本人と同様の条件で国民年金への加入等や児童手当等の受給資格が認められることとなりました(外務省『難民条約』より)。 「難民条約」は、昭和57(1982)年1月1日に発効しましたが、それ以前の事案については、「従前同様の例による」とされ、国としての補完措置ないし救済措置を講ずる課題を残しましたが、「内外人平等」の流れは大きく前進しました。このように国際条約の批准は、わが国の「国際化」を否応なしに進めて行きます。「国際化」の流れは止めることが出来ません。新しい政権には、「国際化」の潮流に棹さしてさらに加速する−そのためには「選択議定書」の批准が重要です−ことが期待されます。 「日本の麻生首相ですが、死にながら歩いている人、と言われています」(BBC) 次の選挙では民主党が政権の座につくことになるのは間違いないでしょう。先日もこういうことがありました、出張先で入った食堂の主人が話しかけて来、こちらが尋きもしないのに言うことには「自分は自民党だがもう入れない。今度はどんなものか民主党にやらせてみる。まったく小泉のせいでひどい世の中になってしまった」と。10分くらいも聞かされたでしょうか。理屈で言っているのではありません。自民党政治の下では人々の生活が立ち行かなくなっているのです。自民党はもはや人々の「生活感覚」の部分で排除されています。民主党の小沢代表の「政治献金」疑惑があったからといって、流れが変わるというような生半可なものではありません。 海外メディアも麻生首相を「過去の人」と見ています。2月19日のBBCテレビから流れてきたセリフは、「日本の麻生首相ですが、死にながら歩いている人、と言われています」。まったくうまいことを言うものだと思わず笑ってしまいましたが、「死にながら歩いている人」には早く引導を渡して楽になってもらった方が良いでしょう。 自民党は余りにも長く政権に居座り続けました。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対的に腐敗する」(ジョン・アクトン)という言葉が示すとおり、自民党政治は誰の眼にも腐敗そのものに見え、もはや修復は不可能に見えます。そもそも、戦後60年もの間、政権の座にあったこと自体が「異常」な歴史であり、それを改める機会が21世紀の今、ようやく巡って来ているわけです。ただし民主党が望まれているのは、食堂の主人が言うように「政権交代そのこと」であり、民主党の政策が良くて選ばれるのではありません。とりあえずバトンタッチさせてみるわけで、映画がそうであったように、政界の「おくりびと」が脚光を浴びるか否かは、不透明です。 わが国の二大政党制について、ジェラルド・L・カーチスは「日本社会が新たに二極化しない限り、政策の違いが明確な二大政党が誕生するとは考えにくい」「たとえ日本で二大政党制が優勢になったとしても、二つの政党の区別は非常に難しいし、そのシステムが政権交代を促すか一党だけを永遠の与党にするかは未知数だ」(『永田町政治の興亡』)と述べています。確かに自民党政府と民主党との相違は、一例として「教育基本法」の改正案で見ると、ほとんど差がない、と言っていいほどです。 「政府案」〜伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと(「教育基本法」教育の目標第2条第5号)。 「民主党案」〜同時に、日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求することである(略)(「教育基本法」前文)。 ここから分かるように、「愛国心」の点では「我が国を愛する」(政府案)と表現するか、それとも「日本を愛する」(民主党案)と言うかの違いくらいしか見あたりません。「愛国心」を持つことは良いことだが、法律に書き込む(国が強制する)ことは間違っている、「愛国心」は良い政治を行うことで知らず知らず「吹き込まれる」もの、というスタンスに立つ政党が出現しないものでしょうか。そして、カーチスの言葉を借りるならば、日本が活気と力を回復できないのではないかと悲観的になっている人々の前に「単に人々の意気を消沈させるさせるのではなく、高揚させることのできるリーダー」が出現することが待たれます。 民主党政権に望みたい一つの「善きこと」 自民党と民主党との間に明確な政策の違いはないかもしれませんが、「外交」面で自民党政府との「差別化」を図ってほしいことがあります。それは「選択議定書」の批准です。「選択議定書」については後段に詳しく述べますが、個人が国を越えて(飛び越えるわけではありません)、直接「国連」に人権侵害を通報出来る制度です。自民党政府が国内及び国連から長きに渡ってその批准を強く要請されながら、頑なに「NO]を言い続けて来たものです。それを民主党政府が一気に批准してほしいと思います。 いくつかの「選択議定書」があるようですが、まず国際人権規約である自由権規約(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」)の「第1選択議定書」を批准していただきたい(朝日新聞は「女子差別撤廃条約」の「選択議定書」の批准を訴えている。平成21年3月13日「朝日新聞」社説※リンクしてください)。「選択議定書」の批准によって世の中は自ずと一定の方向に、善い方向に動いていくはずです。 日本社会の「閉塞状況」は限界に来ており、日本社会は風通しを良くする「風穴」を必要としています。日本は変わることが出来ます。学問研究が進み、これまで日本の「文化」であり日本人の「DNA」であると言いきかされてきたものが、実はそうではなく「制度」の問題にすぎないことが解明されて来ています。例えば「集団主義」(集団の利益を優先する協力行動をとる傾向)というものが、日本人の属性であるとよく言われます。 しかし、それは日本人の「心の性質」などではなく、その大きな部分が日本社会の中での「相互の監視と制裁のシステム」によって維持されていることが、心理学実験によって明らかにされています(山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』)。山岸はさらに日本人の「集団主義」は、以前は「社会構造の問題」として分析される傾向が強かったが、高度経済成長期を境に日本人一人一人の「心の性質」として理解される傾向が強くなったことも明らかにしました(同書) 。 このように「集団主義」などというものも、高度経済成長が成功した結果を見て後付けした都合の良い理屈にすぎないことが立証されています。 では、わが国はどういう特性を持つ社会でしょうか。ベルギー生まれの日本思想研究家ヘルマン・オームスは「今日の日本における社会的・政治的諸価値は、17世紀に獲得した構造をそのまま持ち続けている」(『徳川イデオロギー』)と保守主義の特性を指摘し、また、1970年にわが国の教育制度を調査した「OECD教育調査団」も、やはりわが国を「自由社会」ではなく「保守社会」としています。 「自由社会」とは、その一つの基本的要素は、個人が独立した一人の「社会的原子」であるという点にあり、社会構造の特定の場所に縛りつけられず、「自由に」移動することができる社会です。「自由社会」では、一人の「個人」であるためには、彼は他とは異なる存在でなければならないが、彼を他から区別するものは「個性」にほかならず、また彼は他と競い人生を切り開いて行く手段として、自己の内にもつ「内的個性」を用いる、とされます。 これに対し「保守社会」とは、はっきりとした「タテ型」の次元を軸に構成されており、社会の内部での「上下の区別」が判然としている社会で、人々は生まれながらに一定の社会的位置を与えられ、「世襲」が社会の基本的な組織原理であるような社会です。 「OECD教育調査団」の一人ノルウェー生まれの「平和学者」ヨハン・ガルツングは「日本の教育政策についての補論」で、わが国を「日本は独自の日本的特性を過去から引きついだ自由社会とみるべきではない。基本的には、教育機関への接近というただ一点だけ自由主義的面をもった保守社会とみるのが妥当である」と断じ、「明治時代には、保守的な幹につぎ木された自由主義が高度の生命力を持つ社会を生んだ。だが現在になって、こうした特殊な接合の仕方は新しいさまざまの問題に直面しており、その一部が現在の教育論議に反映されている」と指摘しました(OECD教育調査団『日本の教育政策』)。 40年近く経った現在、もっと自由主義的面が増えたと言いたいところですが、教育機関への接近という「ただ一点だけ」の自由主義的面も危うくなってきているのが現実です。東大合格者の家庭の年収が慶応大学合格のそれよりも高額であることは「日本の常識」です。多額の教育投資をなし得る者のみが「栄冠」を手に出来る教育の「階層化」が定着しています。 21世紀になって政治では「世襲化」が進み、教育では「階層化」が進んで、日本社会の「上層」に位置できる者が固定化され、「保守社会」に一層磨きがかかっています。これらに象徴される日本社会の在り方を「軌道修正」する必要がありますが、「選択議定書」の批准はそれにあずかって力があると思われます。 ただし、「世襲議員」だらけの状況ではそれは中々実現が困難です。なぜなら、「世襲議員」自身が「保守社会」そのものだからです。幾多の困難は予想されますが、それを実現した首相は歴史に残る「名首相」となることは間違いありません。 必要なのは最高裁の判決を国際的な人権水準に近づける努力(見出しゴチック) 「選択議定書」とは一般的に「個人通報制度」と言われるもので、自由権規約(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」)において認められた権利を侵害された個人が、国連規約人権委員会に直接訴えることが出来る制度です。人権侵害を受けた個人がその国において利用できるあらゆる国内救済措置を尽くした後に、誰でも通報することが出来ます。その通報が受理され、審議された後、委員会はその事件に対する「見解」(views)を出します。これは拘束力はありませんが、通報された国にかなりのプレッシャーを与えることが出来るもので、通報された国が自国の国内法を改正するにいたった例は少なくありません(『個人通報制度って知ってる?』より)。 上記の「選択議定書」は正確には「第1選択議定書」と呼ばれるものです。以下に「国際人権活動日本委員会」のパンフレット「国際人権規約Q&A」より、わが国が「選択議定書」を批准しない理由とそれへの反論をまとめてみます。 日本は自由権規約を1979年に留保付きで批准しています。しかし、「選択議定書」は自由権規約とは別に国が「選択」して批准できる条約であるため、未だに批准していない国があり日本はその一つです。2006年現在、自由権規約は151カ国、「第1選択議定書」は105カ国が批准しています。日本は1979年の段階では「まだ21カ国しか批准していない」と時期尚早論を唱え、1995年には「濫訴のおそれがある」「司法の独立を侵す」ことを理由に挙げ、1997年には「司法権の独立を侵すおそれ」を理由として批准を拒否しています。 しかし、そもそも委員会の審査と勧告には強制力はなく、「見解」は最高裁にではなく、日本政府に対して送付されるものであり、「最高裁の上に第4審を設けることになる」ことにはなりえないのです。最高裁判決と違う結果が委員会から出されることを政府や最高裁が恐れているとしたら、それは全く逆の理論で、最高裁の判決を国際的な人権水準に近づける努力が必要なのです(「国際人権活動日本委員会」のパンフレット「国際人権規約Q&A」より)。※リンクさせて下さい。 このパンフレットの「Q 日本が批准したら何ができる?」に対する答はこうです。 日本の場合では、たとえば ・民法では婚外子の相続分は嫡出子の2分の1という差別規定になっているが、個人通報により救済される道が開かれる。 ・最高裁から不当な判決を下された事件で、和解で解決した「日立武蔵」事件、「ケンウッド」事件、JRの107人の採用差別事件なども救済の道が開かれる。こうした活動がわが国の遅れた人権状況を国際基準に照らして改善させていく上で大きな役割を果たすことになる。 私見によればこれに加えて、君が代を巡る各種の裁判、例えば「日野市南平小学校事件」は最高裁まで行っているので通報の資格を満たしているし、目下東京都教委の進める「不起立事件」での不利益取扱いなども、いずれ通報による救済の対象になると考えられます。 「世界に問われた日本の人権」から16年経って 1993年、国連において行われたわが国の3回目の自由権規約の審査において、日弁連の提出した「カウンターレポート」は高い評価を受けました。日弁連は政府からその審査記録の公式(英文)テープの提供を受け、それを翻訳して『ジュネーブ1993世界に問われた日本の人権』として刊行しました。その本は今、当時偶然手に取り買い求めた私の手許にあります。その本の末尾に、「資料」として掲載されたフランス紙「ル・モンド」が、「国連、日本の裁判を批判」という見出しで審査の結果をこう報じています。 5年前、規約人権委員会は、この条約に署名した日本がこれを少しも守っていないという確信をすでに得ていた。今日、新たに入手した情報に照らして、〔国連人権小〕委員会は日本が国連において卓越した役割を果たしたいと希望しているにもかかわらず、多くの分野において相変わらず国際人権条約を侵害しており、いっそう人権に適合した道を歩くことを拒んでいることを確認した(1993年11月10日「ル・モンド」紙 こうち書房『ジュネーブ1993世界に問われた日本の人権』より引用)。 それから16年余、わが国の人権状況はどれほど進歩したでしょうか。最も最近の自由権規約の審査である昨年の10月13日から31日の会期で実施された審査から見てみましょう。わが国が第5回目の報告書を指定の期限より4年遅れで提出し、国連の審査を受けたものです。その「最終見解」が翻訳されて、外務省のホームページに掲載されていますが、それを見て私は次のような印象を持ちました。 (1)「肯定的側面」が3つに過ぎないのに、「懸念事項及び勧告」は29もある。 (2)前回審査(1998年第4回審査)でなされた勧告の多くが、履行されていないと 懸念され、「今回と前回の最終見解」を実行するよう重ねて勧告されている。 (3)裁判官、検察官、弁護士への「要求」のハードルが高くなった。 (3)の意味は、1998年の第4回審査の最終見解の「主な懸念事項及び勧告」に対する日本政府の取組みが、2006年12月に提出した「第5回報告書」においては、前進しているため、この度の審査結果が意外に感じられたということです。「1998年最終見解」−「2006年報告」−「2008年最終見解」の3つを時系列で見てみましょう。 1997年の「第4回報告」に対する最終見解 「主な懸念事項及び勧告」1998年11月 32.委員会は、裁判官、検察官及び行政官に対し、規約上の人権についての教育が何ら用意されていないことに懸念を有する。委員会は、かかる教育が得られるようにすることを強く勧告する。裁判官を規約の規定に習熟させるための司法上の研究会及びセミナーが開催されるべきである。委員会の一般的な性格を有する意見及び選択議定書に基づく通報に関する委員会の見解は、裁判官に提供されるべきである 規約第40条(b)に基づく日本政府「第5回報告」(2006年12月) 4.人権教育・啓発・広報 (c)裁判官 28.裁判所においては、第4回報告に対する規約人権委員会の最終見解(以下「最終見解」という。)の趣旨を踏まえ、最終見解や規約人権委員会の一般的性格を有する意見を裁判官に提供する措置がとられていると承知している。 29.また、裁判官が職務経験年数に応じて義務として受講する研修の場において、国際人権規約、国際人権や外国人の人権等をテーマとした講義が行われ、最終見解や一般的な性格を有する意見についても言及されている。また、判事補任官直後の研修においても、上記のような国際人権をテーマとした講義が設けられるなど、その充実が図られていると承知している。 30.なお、裁判官、検察官及び弁護士になるいずれの者も、司法研修所において司法修習を受けた後、法曹資格を取得するが、この修習期間中には、国際人権規約や規約人権委員会に関するカリキュラムが組み込まれていると承知している。 このように回答しているに拘わらず、今回の「懸念事項及び勧告」は、前回の規約についての研究会及びセミナーなどの「開催」、最終見解の裁判官への「提供」から、次のように規約の「適用」「解釈」へと踏み込んだ勧告がなされました。 2006年の「第5回報告」に対する最終見解(※リンクさせて下さい) 「主な懸念事項及び勧告」2008年10月 7.委員会は、規約の規定を直接適用した国内裁判所の裁判例に関する情報が、最高裁判所が規約違反ではないと判断したもの以外には乏しいことに留意する。(第2条) 締約国は、規約の適用及び解釈が、裁判官、検察官及び弁護士に対する専門職業的研修の一部となること、規約に関する情報を、下級裁判所を含め、司法のあらゆる段階に広めることを確保すべきである(自由権規約委員会「規約第40条に基づき締約国より提出された報告の審査自由権規約委員会の最終見解・日本」2008年10月30日)。 私は1998年に実施された第4回審査の「最終見解」と第5回政府「報告書」を併せ読んで、今回日本は、審査では高い評価を受けると考えました。しかし、それは「世界知らず」の浅はかな考えでした。わが国にとっては「長足の進歩」でも、国際水準からは遙かに遠い。2つの「最終見解」の間には10年の歳月が流れています。壊れたレコードの如くいつまで経っても同じ答弁を繰り返し、同じことを勧告されているわが国は、世界から遅れを取ってしまい、完全に取り残されてしまう恐れがあります。 国際社会で「名誉ある地位」を占めるために 国連はわが国の次回の自由権規約「第6回定期報告」の提出日を、2011年10月29日に指定しています。あと2年半先に迫っていますが、新政権は「選択議定書」を批准して一気にポイントを稼ぎ、国際社会の評価を高めるチャンスです。目下のところ、日本はお金だけ出して国際社会から余り評価が与えられないという馬鹿げた役回りを演じています。 例えば、アメリカの軍艦に無料で燃料を給油するという「洋上ガソリンスタンド」のような役どころであったり、今度はアフガニスタンの全警官の給与を6か月に渡って立替え払いする「金庫番」の役目ですが、これは国内に「ワーキングプア」や「派遣切り」、大量失業者等の深刻な雇用問題を抱える国にふさわしい役ではありません。このようにチグハグなわが国の外交姿勢は、外国から足下を見られ、次のように「冴えないニッポン」像を醸し出しています。 1.第一次湾岸戦争で130億ドルも出しながら、クウェートからさえも感謝されないニッポン(イラクに侵略されたクウェートが、主権を回復した朝、ワシントンポストとニューヨークタイムズに出した平和達成の貢献国30カ国の中にJAPANの名前がなかった)。 2.ドイツ、ブラジル、インド、日本の4カ国で国連安保理常任理事国入りを目指していたはずが、いつの間にか一人だけ「おいてけぼり」を食っているニッポン。 3.IWC(国際捕鯨委員会)に臨めば、すぐ海外メディアから「科学に名を借りた日本の捕鯨、これが最大問題だ」”Japan’s whaling in the name of science is a top issue.”と言われてしまうニッポン。 4.6カ国協議では北朝鮮からさえ「足並みを乱した」と言われて非難されてしまうニッポン。 5.世界第2位の経済大国でありながら、1917年のILO条約「第1号条約」(8時間労働制)すら批准出来ないニッポン。批准しないのではなく、したくとも労働基準法のレベルが劣悪すぎるため「出来ない」のです。90年以上前の国際条約の水準すら満たしていない国が、世界第2位の「経済大国」であっても、国際社会で名誉ある地位を占めることが可能でしょうか。諸外国が、わが国が国際機関で活躍出来る「国際感覚」を持つ国と判断するでしょうか。 頼みとする「日米同盟」の相手国・アメリカも、日本の真の友人ではないようです。次のような「耳の痛い」日本の評価に対しどうすれば良いのでしょうか。 周恩来「さて、我々は日本に関するあなたの見解をうかがいたいですね」。 K「我々の政府には全体で一致した見解というものはありません。ですが、これまで長く支配的であることが多いホワイトハウスの見解をお話ししましょう。・・私が中国と日本を社会として対比するとしたら、中国には伝統に由来する普遍的な視点があります。しかし、日本の視点は偏狭です」。 周「彼らはより狭いということですね。それは奇妙なことです。彼らは島国の集団ですね。イギリスもまた島国の集団ですね」。 K「彼らは異なっています。・・日本の社会はとても特異なので、どのようなものにも対応できるし、またその国民的本質を保持できる、と信じています。・・日本人はほかの人々の態度に対する感受性が鋭敏ではありません。文化的求心性のためです。私がこのことをお話しするのは、この日本人の特性は、彼らを相手にしなければならないすべての者に特別の責任を強いるからです。・・〔日本のやり方は〕多くの国を日本の政策に結びつけようとする目的を持っているからです」。 周恩来首相の対話相手のK氏は、他ならぬ同盟国アメリカのキッシンジャー元国務長官です(『周恩来キッシンジャー機密会談録』より)。 このようにボロクソに言われる原因はどこにあるのでしょう。田中宏は前掲書の中で、日本政府の国籍による外国人差別という「政策決定」とそれを「維持しているもの」は何だろうか、と自問し、その答を吉田茂首相がマッカーサに宛てた「事実誤認」と「民族的偏見」に満ちた手紙を一つの根拠に、「日本政府の歴史認識に大きな問題があったのではないか」と問題提起しています。また、田中は、日本が「難民条約」を批准する以前のイギリス紙「ガーディアン」の記事を紹介していますが、記事の論調は日本は何か「根本的欠陥」を持つ国であるかのように響きます。 (「ガーディアン」紙は)日本人は”純粋な”もしくは無意識の人種差別主義者であり、彼らがこの国にも”人種問題”が存在すること、ないし他民族に対する彼らの態度に何かが欠けていることを認めない限り、事態の改善は望めない、と指摘した(「読売新聞」1979年8月13日)。 「他民族に対する〔日本人の〕態度に何かが欠けている」−それは具体的には「世界への共感」と表現されるものであったり、「人間への洞察」のようなものであると言っても大きな間違いではないと思います。先に引用した「平和学者」のガルツングは「日本の外交政策は世界の人間に対する共感が全くなく、自分たちの利益に関する資源にのみ関心を持っている」(『平和を創る発想術』)とキッシンジャーと同様な指摘をしています。 また、「人間への洞察」については、戦前大蔵大臣を務めた賀屋興宣の言葉から感ずるところがあります。賀屋は「大本営政府連絡会議」のメンバーでもあり、A級戦犯として10年間「巣鴨プリズン」に入ったこともある人物ですが、東京裁判で日本を処罰する国々が「日本を侵略者として罰する資格があるのか、ないのか」と問い、こう述べています。 先ず処罰国の中でもインドはむしろ被侵略国であり、アメリカが比較的に侵略の歴史が少ない。まず文句を言う資格があるかとも思える。しかし一種の道義論をやれば、アメリカは広大な領土と資源に恵まれて、侵略を考える必要が少なかったとも言い得るわけである(賀屋興宣『戦前・戦後80年』)。 アメリカは資源に恵まれていたが故に侵略を考える「必要」が少なかった。これに対し、日本は資源に恵まれていなかったが故に「侵略」を考える必要があった。この論法は、アメリカも立場が同じだったら「同じことをしていただろう」という憶測が後についています。そしてそれを「道義」と称しています。 私見によればこの「傲岸不遜」な人間洞察が、保守政治家に脈々と受け継がれ、絶えず近隣諸国と無用な軋轢を生み出している原因なのです。その原因を今後研究により解明して行き、「いつか来た道」を避けて通らねばなりません。そして「冴えないニッポン」の姿はこの際さっぱり投げ捨てて、近隣諸国から信頼される「新生日本」としての歩みを刻んで行きたいと願うのは私だけではないでしょう。その千載一遇のチャンスが今、訪れようとしているのです。 昭和21年、日本は舵を大きく左に急旋回し、民主憲法を受け入れました。それはひとえに「天皇」のため(さらには保守政治家が政権に留まり続けるため)でした。昭和21(1946)年2月13日、GHQのホイットニー准将から「GHQ草案を受け容れることが、天皇を『安泰』にする最善の保証である、もし日本政府がこの方針を拒否するならば、最高司令官は、日本国民に直接この草案を示す用意がある」(ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』下)と言われて、松本烝治は「断腸の思いで」民主憲法の受入れを認めたのです。 それから60余年後の今日、日本は、もう一度舵をさらに大きく左に急旋回する必要があります。これまで不当にも、私たちは頭の古い保守的な人々によって、国際機関に通報する手段を妨害され続けて来ました。今こそ、「選択議定書」を批准し受け入れるときです。奇しくも今年は憲法受入れの年と元号の巡りも同じ平成21年です。そして今度は「断腸の思い」などではなく、自ら進んで喜んで受入れるべきでしょう。 それは何のためで、誰のためでしょうか?「何のため」と言えばそれは「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」(憲法前文)ために他なりません。また、「誰のため」と言えば、それは日本「国民」のため、いや、日本「国民」だけではなくこの国に共に生きるすべての「者」のためです。わが国が「選択議定書」を批准し受け入れるその時こそ、これまで不変のごとくさんざん言い聞かされて来た日本の「社会通念」が変化を遂げる時であり、オバマ大統領の合い言葉”Yes,we can.”というアメリカ人の綱領を、私たち日本人も共有する時なのです。 ◇ ◇ ◇
関連記事:
・(11)「国民」が「者」になるまで(前編)2009/03/15 ・(10)参議院は「ねじれ」ではない2009/03/07 ・(9)日本人の知恵「参議院」の在り方〜2009/02/21 ・(8)河村官房長官「再販制度」発言に思う2009/02/16 ・(7)劣化の極みに来たマスコミ〜郵政選挙の責任をどう取るのか〜2009/02/10 ・(6)「あるべき姿」は見えている2009/02/07 ・(5)「支配者は決まっているとすれば、その政府の質は役人の力に依存している」(トマス・C・スミス) ・(4)官僚が政治を「繕う」ことは無理 ・(3) 「自発性を強制すること」は出来ない〜「定額給付金」にまつわる二題〜 ・(2)「附則」政治には大反対!〜消費税論議に思う〜 ・BBCは日本の政治をこう伝えた |