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過去に、「国民は愚で、扇動されるものだから政治決定に参加(重要テーマ毎に政党を選び議決のスペースに入れる)すると政治は失敗する」とする反対意見がありました。 しかし、優れているとされる多くの議員諸公が総裁選挙で今の麻生首相を選出したことは否定のしようもありません。民主党が小沢氏を代表に選んだ折も同じでした。 それが僅かな日数で「麻生降ろし」の吹きまくる状況に陥りました(小沢氏は既に辞任)。麻生氏(や小沢氏)の外見や経歴、言葉で本質を見抜けなかった議員がかなりおられたということなのでしょうか。 個人がいかに優れていたとしても、その頭脳が収容しうるキャパシティー・神経回路網(パソコンで言えばCPUや2次キャッシュ)は限界があります。生育以来の環境から来る偏りがあるかも知れません。さらに議員特有の価値観(献金組織や役人への遠慮)に染められる事もあるでしょう。 少数者に強い権力を持たせる体制は危険性が高いと言わなければなりません。衆院も民主党に政権が移りそうですが、議員に自由委任という制度が変わらないようなら、数年を経ずに国民は落胆をすることになるでしょう。 司法は大変な反対の中で裁判員制度という歴史的改革をしました。しかし人のすべてを律する法律、その立法の機会にこそ裁判員法の趣旨(国民の常識と正義感の参加)が適用されるべきです。 http://www2.osk.3web.ne.jp/~mine2/ さて、解散近しと見た人々が耳ざわりのいいキャッチフレーズを練り始めておられます。人々は本質が見抜けない選挙で議員を選び、自由委任し、議員諸公のみで立法してしまう議会制度では、いつまでたっても国民の政治不満・不信は終わらないでしょう。第一、議案Aは与党に賛成し、議案Bは野党に賛成したいという人々は、一体どうすべきなのでしょう。 |