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最近いじめによる自殺と思われる子供の死があいついでいる。一方、文部科学省の統計では1999〜2005年の児童生徒の自殺件数935件のうち、いじめによるものは0となっているが、読売新聞(10月20日)が実際には、その間、いじめを苦にした児童生徒の自殺は実はあいついでいたと報告している。 いじめに対する非難を遺書に示したケースですら、いじめによる自殺と分類されなかった理由をある県教委は「自殺との因果関係がわからない」からと説明する。文科省には自殺の原因を「いじめ」でなく「友人との不和」と報告したという。これは詭弁である。「因果関係が分からない」ことを問題にするなら、「友人との不和との因果関係」も同様に分からないはずである。 一般に自殺について単独の原因である場合は極めて稀である。例えば自殺者の90%近くは鬱状態にあるという(なお、鬱病は特殊な病ではなく、全女性の場合は5%が人生の一時期に患うといわれ、けっして少なくない病である)。「自分は生きるに値しない、人生は辛すぎる」と思う期間が一定程度続いているのが普通である。では自殺の90%は鬱が原因とすべきかというと全くそうではない。遺伝的に鬱病の人以外は鬱になる原因が何かあり、例えばそれがいじめであれば、根本原因はむしろいじめであると見なすのが正しい。 一般に自殺の原因は関連したと考えられるものすべてを原因の一端とすべきであり、文部科学省の分類はもともと単独原因の特定は困難な自殺をあえて単独原因に分類することで、結果として教育関係者の責任問題が生じるいじめによる死を実際より遥かに少なく見せようとしているといえる。社会保険庁が社会保険未納のケースを非該当に分類して、問題の程度を少なく見せかけていたこととどこか似ている。 わが国ではいじめによる児童生徒の自殺の分析は事例研究ですら少なく、本格的研究は全くないが、英国では1年に平均約16人の児童・生徒が、いじめにより自殺し、重要問題視されてきている。過去にいじめにあった児童生徒のうち40%は自殺を考え、20%は自殺を試みたことがあるとキッズスケープ(英国の被害児童支援団体)は報告している。自殺はいじめの氷山の一角に過ぎない。 いじめを意味するブーリングとスイサイド(自殺)ホミサイド(殺人)など「殺し」を意味する「サイド」という語をくっつけた「ブーリサイド(いじめ殺し)」という名の本も出ている。ニール・マーとティム・フィールドの共著による2001年に出版されたその本は、いじめに遭いやすい子は、自らは攻撃的傾向が少ない優しい性格で、対人関係の問題は話し合いで解決しようとする傾向があるが、暴力をふるっていじめをする側に、むしろ付け入る隙を与え、執拗ないじめにつながることを報告している。 また、話し合いが成り立たず、自分へのいじめが長期にわたって続くことを、いじめられる子は次第に自分自身への怒りへと転化し、それが自殺に結びつきやすいことが報告されている。その反対にいじめをする子供は罪の意識が希薄で、いじめをしていること自体を否定する傾向が強いという。 わが国ではいじめについて、以前より問題視されているが、根本的に減らすには、人の痛みを分かる子供に育てることが基本だ。この点で教育の見直しは重要であるが、どのような社会でもいじめをする子供が一定程度いることを考えると、むしろ当面の対策は2つである。 1つ目は、問題を過小評価し、責任を避けようとする学校や各都道府県教委の体質を根本的に改めさせることである。統計の取り方のような基本問題も含めて、問題を直視し、被害児童のケアと支援を優先する体制を作らねばならず、そのため、各公立小・中学校に民間からも募って「いじめオンブズマン」を任命し、いじめ問題の解決には校長以上の決定権を持たせることが考えられる。 2つ目はいじめを受ける子供への救済制度を作ることである。いじめをなくすことができなくても、いじめを受ける子供を救済することはできる。もともと非暴力的で優しい気質の子供に、いじめに抵抗せよとか耐えよというのは無効な手段である。彼らに必要なのはいじめの原因となる子供たちと即、引き離されることである。 例えば全国にいくつか全寮制のいじめ被害者児童生徒用公立小学校・中学校を作り、いじめの被害にあっていると訴える子供は、希望すればその学校への転学をすぐに許可し、またすでに受けた精神的トラウマのケアのカウンセリングもし、事態が悪化することを防ぐことが必要である。 |