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首都圏に住む「中国残留日本人孤児」40人が、帰国が遅れ現在も不自由な生活を強いられているのは、政策の誤りだったとして、国に1人当たり3,300万円の損害賠償を求めた裁判で、訴えを退けた東京地方裁判所の判決を不服として、原告側は7日東京高等裁判所に控訴した。 訴状によると、国は多くの日本人孤児たちが中国に残され、生存していることを知りながら放置して、長期間孤児たちの帰国を阻んできた。その後やっとの思いで帰国した彼らが普通の日本人として生活していけるための必要な施策を実施してこなかった――などとして国の責任を問うとともに抜本的な政策の転換を求めている。 これに対して東京地裁は「国には早期帰国を実現し、(帰国後の)自立を支援する義務はない」などとして原告の請求を全面的に棄却していた(判決言い渡しは1月30日)。 原告側は控訴した7日、東京・有楽町の「日本外国特派員協会」で記者会見した。1945年、中国・黒龍江省で生まれ1982年に日本に帰国した過能国弘さんは次のように話した― 「私は37歳で帰国したが、一緒に帰国したほとんどの人は45歳から50歳だった。私は珍しいほど若かった。中国では日本人というだけで大学にも入れず、仕事も見つからなかった。日本に帰ってきてからも言葉のハンディを抱えずっと苦労してきた……」。 弁護団と原告団の調査が(原告の「残留孤児」2210人のうち1779人が回答)、残留孤児の帰国後の厳しい生活状況を示している。以下調査結果― ・帰国時に50歳以上だった残留孤児の生活保護受給率は80%を超える。 ・帰国後の就労経験がない……37.2% ・就労経験があっても「皿洗い」「清掃」など…全体の3分の2 ・日本語の文章が書けない……72.4% ・読むことができない……61.7% ・交通機関を利用できない……15.1% 「残留孤児訴訟」は全国15の地裁で2200人が提訴した集団訴訟だ。1月30日の東京地裁の判決は大阪地裁と神戸地裁に続いて3件目。 大阪地裁では原告は敗訴したが、判決は「国は残留孤児を帰国させる義務があった」として原告の訴えを一部認めた。神戸地裁では原告が勝訴した。弁護団長の鈴木経夫弁護士(高裁判事出身)は「多くの判決文を見てきたが、今回(東京地裁判決)は驚いている」と首をかしげる。 筆者は帰国後約10年が過ぎた残留孤児が、窮状を打ち明ける集いに出席したことがある。今から15年も前のことだ。その時、彼らが口々にしていたことと「全く同じ訴え」を東京地裁は退けた。 国家が引き起こした先の戦争の犠牲となった彼らは、60年余りに渡って労苦を強いられてきた。1日も早くその労苦が報われることを願うのみだ。 政府には今年夏ごろまでに和解に持って行こうという動きがある。「政治決着となると政府は責任を認めなくなりはしないか?」との記者団の質問に、原告の過能さんは次のように答えた。 「人間性の尊厳の回復をずっと求めてきた。和解できたとしても、政府から詫びとねぎらいの言葉がほしい」。 |