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バリアフリー新法で加速する「音サイン」の普及

兼古勝史2007/02/21
ターミナル駅の雑踏に「ピーンポーン」と電子音が響く…。誰しも聞き覚えのある音の光景だが、皆さんは、駅で鳴るこの音の意味をご存知だろうか?
日本 技術 NA_テーマ2
 ターミナル駅の雑踏に「ピーンポーン」と電子音が響く……。誰しも聞き覚えのある音の光景だが、皆さんは、駅で鳴るこの音の意味をご存知だろうか?

 この音は「誘導チャイム」或は「盲導鈴」といわれる音のサインで、JRでは駅の改札口付近に設置されている。もともと視覚障がい者向けに「有人改札口」を示す音の目印として導入されたものだが、そのことを知っている人は意外に少ない。平成17年に実施された調査では、この音の意味を知らない人が54.3%だったという。((社)日本サインデザイン協会「盲導鈴(ピン・ポーン)の試作・実験事業 報告書」(平成17年)〜『盲導鈴認知度調査』)

 私鉄、地下鉄、などでも同様の音を耳にする。それらは、必ずしも「有人改札口」を示すとは限らず、階段や案内板、注意を喚起する場所など、鉄道会社や地域によってその設置場所はまちまちだ。最近では病院の入り口や郵便局にも使用される事例があるという。実は、こうした「音によるサイン」は、他にも様々な場面で用いられている。

 駅の入線を知らせるチャイム、発車ベル、エスカレータなどの昇降口での注意音、エレベータが当該フロアに近づくときの「ピンポーン」、さらに、交差点の信号を知らせる「通りゃんせ」「ピヨピヨ」「カッコウ」など、家庭や職場では家電やパソコンの操作時の「ピッ・ピピッ」音やアラームなど、音によるサインは私たちの日常に浸透している。必ずしも視覚障がい者だけでなく、見えないところの情報を伝えたり、注意を喚起するための便利な合図として様々なものが工夫され定着してきた。

 しかし、これらのサインは、緊急車両のサイレンや踏み切り警報音などごく限られた例外を除けば、多くの場合、その音の種類や使われ方は、使用者やメーカー、業界によってまちまちだ。せっかくの装置も、その意味や運用が不統一なために、本来のサインとしての役目が不明瞭になってしまったり、混同を引き起こす恐れもある。とりわけ、音に頼る場面の多い、視覚障がい者などにとって、音のサインが、分かりやすくかつ聞きやすい状態に保たれることは、安全性の上からも極めて大切であろう。

●『音サイン導入支援ガイドマニュアル作成調査研究事業報告会』開催

 こうした状況を踏まえて、今月14日、東京都港区において『音サイン導入支援ガイドマニュアル作成調査研究事業報告会』が開催された。主催は社団法人日本サインデザイン協会(以後「SDA」と略)。

 同協会はグラフィック、インテリア、照明、建築、ランドスケープなどのデザイナー及び関連機関・企業などによって構成される“サイン”デザインに関する調査研究・普及啓発を行う団体だ。平成9年以降、音のデザイン分野の研究者・デザイナー・企業等も参加して音サインに関する調査研究を続けてきた。「音サイン」とは「ある情報を伝える目的で人為的に施設や機器に付加された音」をいう。(SDAによる定義から)

 報告会では、「音サイン」整備の社会的背景・位置付けから概念(「音サイン」の範囲や種類)、基本方針、留意点や課題などが報告され、SDAがトータルなデザイン管理を行った事例として、福岡市市営地下鉄3号線(七隈線)の音のデザイン事例などが紹介された。都市の複合的なターミナル駅の利用を想定した場合、どのような場所にどのような「音サイン」が必要になるか考えてみよう。

 外からの「出入り口」「路線(鉄道会社)ごとの区別」「有人改札」「総合案内板(触覚)」などはもちろん、「階段」「ホームの番線」「上り下りの別」「白線(または黄色い線)の位置)」そして、「時報」「列車接近警報音」「発車告知音」など、通常の利用を安全かつ迷わずに行うためには様々な情報が必要だ。そして視覚障がい者へのアンケートの中でも多かったのが「トイレ利用」に際しての情報の不足だという。

 「トイレそのもの」の表示はもちろん、「どこにいけばトイレの位置情報が得られるのか」「それはどこにあるのか」さらには「男・女」の区別「中の配置」、そして重要なのが「便器の形状」(このトイレは腰掛けてよいかどうか)などだ。

 こうした情報の全てを音で伝えるかどうかは、検討の余地があるとしても、現状は、誰か付き添い人がいる場合はよいが、付き添い人が不在、あるいは異性であった場合など、不慣れな場所での利用には相当な困難が伴うことが想像できる。「音サイン」の適切な整備によって、こうした困難が緩和される可能性は大きい。

●SDA山口泰・音サイン調査研究部会長の話

 今なぜ「音サイン」なのか。SDAの山口泰・音サイン調査研究部会長(59)にうかがった。

 もともと、日本人は、鐘の音に時を知り、虫の声・鳥の歌に季節の音信を尋ね、水音や風鈴に涼を感じるなど、自然や環境からの音のサインに耳を澄ましたり、お鍋やお釜の煮える音の微細な変化で調理の火加減を図るなど、生活に根差した音による豊かなコミュニケーションの文化があった、と山口氏は言う。

 近代の工業化によって暮らしに浸透した様々な機械は、作動の際にかなりの音を伴っていたため、その音が即ち、機械の所在や機能を示すシンボルとなり、始動や異常・内部状況などを知るサインの役割も果たしていたが、一方で、深刻な騒音への対策から、技術改良と騒音制御が発達し、皮肉にもそのことが、機械やモノからの音のサインを失わせてしまう結果になった。

 様々な「音サイン」は、暮らしや技術の進歩が置き去りにしてきた環境やモノと人とのコミュニケーションを回復するための仲立ちのひとつなのだ。

●音サイン〜バリアフリー、ユニバーサルデザインという観点

 そして今日、21世紀の高齢化社会を迎え、「音サイン」は「バリアフリー」あるいはユニバーサルデザインの問題として注目されつつある。平成6年に建築物に関するバリアフリーの基準を定めた「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(通称「ハートビル法」)が施行され、多数の人の集まる場所で円滑な利用のための措置を講ずる義務が強化された。

 平成12年には「高齢者身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(通称「交通バリアフリー法」)により、駅舎・鉄道交通などにおいてのバリアフリー化の目標が定められ、情報案内の適切な提供等が努力義務として定められた。

 その後、両法律を統合する形で、平成18年12月に施行された「高齢者障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(通称「バリアフリー新法」)では、「誘導ブロック」や「スロープ」といった従来の施設(物理的バリアフリー)のほかに、「音声案内」「聴覚情報」(情報バリアフリー)等によるわかりやすく適正な情報の提供が基本方針として求められている。

 この間、平成14年には、交通エコロジー・モビリティ財団から、「公共交通機関旅客施設の移動円滑整備ガイドライン追補版」が策定され、交通ターミナル構内の音による案内設置のガイドラインが示されている。今回報告された『音サイン導入支援ガイドマニュアル』は、こうした時代の要請を受けてSDAが10年にわたって調査研究してきた成果を集大成したものである。

 公共空間における音のトータルなデザインは、わが国においては、1980年代後半以降のバブル経済期をひとつの契機として、テーマパークや商業施設、公園、博物館などで、しばしば取り組まれてきた。「エコロジー」や「まちづくり」「アート」と結びきながら発展してきたこれらの事例は、どちらかといえば音によって空間を演出し、快適さとオリジナリティで空間のメッセージ性を高めるという側面に力点のおかれた、企業や行政主導型の手法であったとも思われる。

 一方、バリアフリー化・ユニバーサルデザインとしての公共空間での音のデザインは、特別なイベント空間ではなく、日々の生活空間における「福祉」や「共通性・安全性」に力点をおいたものであり、そこには想定される「当事者」が具体的に存在することが、重要なポイントだ。研究者やデザイナー、技術者などの専門家だけではなく、利用者たる市民が参画し、コンセンサスをつくりながら進めていくことが不可欠だと、山口氏は語る。演出から福祉へ、祝祭空間から日常空間へ、企業活動から市民活動へと、デザインの目的、場、主体がシフトしているのだ。

●「音サイン」の課題

 今後の「音サイン」デザインの課題について、山口氏はまず「音サインの認知・理解」のための普及啓発の必要性を訴える。市民が「音サイン」についての正しい知識と理解を持ってこそ、適切な運用が可能になる。そのためには、第2点目として「音サインのルール化・標準化」も重用だ。バリアフリー新法によって今後、ますます加速するであろう音のデザインが、新たな音の氾濫や情報の混乱を引き起こすようでは本末転倒だからだ。

 視覚障がい者は「音サイン」以外にも聴覚から様々な情報を得て生活している。それを出来るだけ妨げずに案内するためには、どの情報を音で伝えるべきか、音の種類や運用はどうあるのがよいのか、位置情報と危険情報のサインは、それぞれどのような音の特徴を持てばわかりやすいか、簡易化された明瞭な「サウンドピクトグラム」(※)の考案も重要だ。

 さらに、地域性や環境との整合性を配慮した個別の音のデザインと「音サイン」としての普遍性・統一性をいかに両立させていくか、課題は多い。「音サイン」そのものが新たな騒音とならないためには、情報を必要とする人が近づいた時にのみ音が発せられる等の仕組みづくり(例えば、白杖に反応する、携帯端末が信号を感受して音を鳴らすなどの技術の開発)も大切だろう。(※サウンドピクトグラム:単純な図形で意味を伝えるピクトグラム(絵文字)にちなみ、短いフレーズやメロディで構成され、情報を伝える音を指す。/TOA潟zームページ)。

 そして第3番目の課題が「音サイン」の位置と内容を的確に聞き取るための「静穏で良好な音環境」の実現だという。例え、どのように優れたサインであっても、不必要に反響したり、騒音に埋もれてしまっては意味をなさない。前述の福岡市営地下鉄などでは、音サインを活かすため、ホームやコンコースなど様々な空間に防音や遮音が施され首都圏などの公共交通・地下鉄に比べてかなりの静穏化が達成されている。静穏な音環境の実現は、「音サイン」導入の大前提となるだろうし、「音サイン」の導入が、公共空間における音環境改善の契機となっていくことが期待できる。

 『音サイン導入支援ガイドマニュアル』では、視覚障がい者を「情報弱者(……)」ではなく、「聴覚情報のスペシャリスト」として位置づけ、「音サイン」デザインの重要な担い手としている。高齢者や障がいを持つ人々にも同じような捉え方ができるだろう。我々が効率や経済原理優先の中で忘れていた感性に気づかせ、あるべき環境や社会の基準点やルールを考える上で、こうしたスペシャリストが新たな音のユニバーサルデザインのリーダーとして積極的に発言していくことが期待される。

●音サインは他人に無関心な冷たい社会をつくる?

 最後に、少々いじわるな質問を山口氏にぶつけてみた。「ヨーロッパの駅や交差点では、日本のようにいろいろな“音サイン”はないけれど、お年寄りや白杖を持った人がいれば、すぐに近くの人が、自然と声をかけてエスコートする姿がごく普通に見られるといいます。何もかも、機械の音に委ねるのは、他人に無関心な冷たい社会を容認し助長することにはなりませんか?」

 山口氏は「大切なことは、障害を持つ人も高齢者も健常者も等しく自立して、自分の意思で自由に安心して移動できる社会をつくることではないでしょうか。『音サイン』は、豊かな音の文化を受け継ぐ日本人の感性だからこそ育てられる、日本が世界に先駆けて発信する“日本発世界標準”ともいうべき新たな文化であると僕は思います」と静かにきっぱりと答えてくれた。

 『音サイン導入支援ガイドマニュアル』は、3月末にSDAから出版される予定。詳細は「社団法人 日本サインデザイン協会 事務局」(TEL 03-3818-8537)まで。
バリアフリー新法で加速する「音サイン」の普及
(社)日本サインデザイン協会『音サインの導入支援ガイドマニュアル作成調査研究事業』報告会(2006年2月14日/東京港区)
バリアフリー新法で加速する「音サイン」の普及
音サインについて語る 山口泰・SDA音サイン調査研究部会長
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