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被害者参加は警察・検察の怠慢のツケ

ひらのゆきこ2007/05/28
5月26日、東京国際フォーラムで、JCLU(社)自由人権協会主催による、「被害者参加で裁判はどう変わるか」と題するシンポジウムが開催されました。
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被害者参加は警察・検察の怠慢のツケ<BR>
 | パネリストの方々。
パネリストの方々。
 5月26日(土)午後1時30分より東京国際フォーラムで、JCLU(社)自由人権協会主催による、「被害者参加で裁判はどう変わるか」と題するシンポジウムが開催されました。パネリストは安田好弘さん(弁護士)、石塚伸一さん(龍谷大学大学院法務研究科教授)、佐藤文彦さん(弁護士)のみなさんです。司会は小町谷育子さん(弁護士)。

刑事訴訟法改正案が衆院で審議入り

 犯罪被害者が刑事裁判に「当事者」として参加する制度の導入を柱とした刑事訴訟法などの改正案が23日、衆院法務委員会で審議入りしました。犯罪被害者が希望すれば法廷で被告に対し、自ら質問したり求刑の意見を述べたりできるようにする内容です。被害者の要望に応えた仕組みとなっていますが、「刑事裁判のあり方を根底から崩しかねない」などとして、慎重論も根強くあります。

 現在、犯罪被害者は要望すれば意見陳述をすることができますが、新しい制度では、被害者は「被害者参加人」として法廷で検察官と並んで座り、被告の情状にからむ証人尋問のほか、事実関係に関する被告への直接質問が認められ、検察官の論告・求刑が終わった後で自ら求刑の意見を述べることも可能となります。

 シンポジウムでは、犯罪被害者が刑事裁判に参加することで裁判がどのように変わるのか、諸外国の裁判制度の例なども交えながら、それぞれの立場から活発に意見が交わされました。

被害者参加で裁判はどうなるのか

 最初に、佐藤文彦さんが法案の内容について説明しました。佐藤さんによると、被害者の参加は性犯罪など限定されていることが特徴的であるとし、参加の申し込みは検察官を通じて行われ、裁判所がそれを認めるかどうかを判断すること、参加した場合、証人尋問、情状証人に対しての尋問が認められるが、検察官が認め、裁判所が許可したものに限られるので、これまでの意見陳述に加え、論告、求刑が認められるようになったにすぎないこと、また、検察官は被害者に対して内容を説明する義務が生じることなど、その概要を話しました。

 石塚伸一さんは、ドイツに留学中、1週間に1回裁判を傍聴したそうです。被害者参加の裁判を傍聴したことは1度もなく、被害者の訴訟参加制度があっても、実際に被害者が訴訟に参加するのは約2%で、50件の訴訟に対して1回といった割合だそうです。みんなが裁判に参加したいわけではなく、少ないけど参加している人たちにとっては機能している、との見方を示しました。また、参加者が、財産的賠償を求めているのか。それとも検察官をコントロールしようとするのか、その目的について議論をする必要がある、と述べました。

 被害者参加で検察官は変わるのか、という質問に対し、佐藤さんは、一番変わるのは検察官ではないか、と述べました。被害者が参加することは検察官にとって恥となるので、そうならないように被害者とコミュニケーションをとろうとするのではないか、との見方を示しました。また、被害者は独立した立場でなく、あくまでも検察官を補助する立場というのが訴訟の構造である、との見解を示しました。

 それに対し、安田好弘さんは、被害者が裁判に参加することで検察官が公益性を失い、被害者の代弁者になる、との見方を示しました。厳罰を求めるのが検察官の任務となるような制度になっており、検察の公益性が揺らぎ、裁判所に対する影響がある、と述べ、被害者は検察官と独立して尋問をすることができるので、被告人に対しても、検察官と弁護人のあとに質問し、論告求刑ができるため、補助ではなく、訴訟行為ができる人がさらに1人増えることになる、との認識を示しました。

 また、もう1人の訴追官、もう1人の当事者として、被害者の怒り、苦しみなどが吐露されることで、法の適用に感情という裁判要素が加わることを指摘しました。感情に対する弁論は大変難しく、反対尋問ができにくいことに言及しながら、感情が場を支配し、空間を支配し、訴訟の実態が感情によって支配されることで、扇情的になり、弁護人、被告人、裁判官に影響を与えることに強い懸念を示しました。

被疑者、被告人に萎縮作用

 さらに、被害者参加によって被疑者・被告人に萎縮作用が起こる、と指摘しました。弁護人も被害者の遺族の前で加害者を助けてくれとは言いづらくなること、反対尋問ができにくくなることなど、この制度が導入されると、日本の司法制度を本質的に変えるのではないか、との見方を示しました。安田さんは、日本の司法制度をまったく信用していないそうです。「裁判官の堕落、事実を見ようとしない検察官の能力の低下、もっとひどいのは弁護士の怠慢。被告人の利益ではなく、ソフトランディングをする。三者一体の堕落の中で、この新制度が果たして機能できるのか。気概をもった法曹が何人いるか」と述べ、展望は暗い、との認識を示しました。

 もう1人訴追官が増えるという安田さんの指摘に対し、佐藤さんは、検察官の起訴状が前提となるので、方向性は同じであり、質問なども検察官の認めた範囲であり、方向性が違うものは受け付けないのでので、強いて言えば検察官が2人になる程度であり、実質的な付託はない、と反論しました。感情の問題については、被害者は感情をむき出しにできない正式な手続きがつくので、萎縮効果があるかないかは被告人次第、との認識を示しました。

 石塚さんのお話によると、イギリスでは黒いローブを着て金色のかつらをかぶっている人しか法廷で発言してはいけないことになっているそうです。金色のかつらをかぶっているのは、髪や肌の色で差別をしない、平等でなければいけないことを示しており、法廷でしゃべる人はそういう人々でなければいけないという考え方があるそうです。日本の刑事裁判は法律の専門家同士がルールに従って闘っているが、そこに被害者(法律の専門家でない人)が入るとどうなるか、検察官を通じた発言でなければならいとしているが、運用に委ねられていることに問題があることを指摘しました。

 安田さんは当事者が参加することで、量刑が重くなり、裁判所が真実の発見の場でなくなることを危惧していると述べ、佐藤さんは限定的としていると述べている。同じ条文を違った取り方をしているのは、噛みあわせがないまま審議を進めたからである、と指摘しました。被害者の側からすると、「とった」ということになるが、検察官からすると「止めた」ということになる。どっちなんだろう、と疑問を投げかけながら、「両方いやだ」との考えを述べました。裁判官を検察官がコントロールしている現状にあって、当事者が入ることでどのような影響があるのか、裁判員制度の導入によってより複雑になることに懸念を示しました。

 安田さんは、被害者参加の裁判が始まると、被害者に弁護士がついてアドバイザーとして加わる可能性があり、検察官が無期懲役を求めても、被害者が死刑を求めることができる制度であると述べました。検察官の意見を超えて裁判所に求めることができるので、その意味で第3の当事者と考えてよいのではないか、との認識を示した上で、被害者が法廷を闊歩することはあり得ないことであり、法廷の中で被害者感情がもろに出て法廷を支配する可能性があることを問題にすべきである、と指摘しました。

 被害者参加人の発言は訴因が認めている範囲の意見ではないか、との司会者の質問に対し、佐藤さんは、「そうだ」と述べ、むしろ裁判に参加することで被害者のほうに自由がなくなるのではないか、と述べました。被害者がバーの中(法廷の中)に入ることで、次回期日について意見を言えることや証拠を見ることができることは、被害者にとって大きなメリットがある、という佐藤さんの意見に対し、安田さんは、傍聴席にいても期日や証拠を見ることはできる、と述べました。また、量刑は裁判官が決めているのではなく、検察官が決めているのではないか、との見方を示した上で、被害者参加人が量刑について押し上げていく可能性があることについて言及しました。

被害者参加は警察・検察の怠慢のツケを被告人が払わされているのではないか

 今回の被害者参加は被害者に対する充分なケアができていない状況があることから起きていることであり、警察・検察の怠慢のツケを被告人が払わされているのではないか、との参加者からの質問に対し、安田さんは「まったく同感」と賛成しました。捜査官や検察官が自分のこととして被害者の話を聞き、汗をかいてやっていればこんなことは起こらない。被害者がないがしろにされており、疎外感があったためにこのようなことが起こったと述べ、捜査官や検察官の対応を厳しく批判しました。

 情報を公開しているのか、求めているものと違うことをしているのではないか、不安感と疎外感が被害者の側にあり、それが今回の問題の背景にあることに言及しながら、法案の中味については「わけのわからない、ヌエ的な被害者参加となった」との感想を述べました。被害者の批判に対し、安直に答えた結果が今回の内容となったのであり、全体の制度の設計を位置づけたものではない、との認識を示しました。

 石塚さんも、被害者と被疑者の対立をどうするか、日本ではそれが位置付けられないまま、アメリカやヨーロッパを参考にした、と述べました。性犯罪など、調書の段階から被害者をきちんと調べてこなかった日本の警察の取調べの在り方に疑問を呈しました。たとえば、性被害に遭った女性に対し、男性の取調官が女性と狭い部屋で2人だけで取調べをやるといったことが行われたり、被疑者の顔を被害者に見せるために車で男性の家に行き、家の前に三輪車があるのを見て被害者が、自分が告訴すると奥さんや子どもに被害を与えると思って告訴を取りやめたり、捜査官が被害に遭った女性に、こんなことはよくある話だということを繰り返し言ったりするようなことが現場では当たり前のこととして行われてきたことを指摘しました。

 捜査段階でマスメディアの報道で2次被害を受けるという現状を放置して、法廷でできることはなにか、その延長線上にバーの中に入るという話になる。本来やるべきは2次被害を防ぐことであり、「順番が間違っている」と批判しました。

 佐藤さんも捜査官の怠慢によってこういう法律ができたのは事実である、と述べました。アメリカなどはNGOがいっぱいあり、被害者に対するケアがされているが、それを日本で実現することはできないのか、という司会者の質問に対し、佐藤さんは、「日本にも制度があるが運用していない」と答えました。警察が提供していないからであり、その背景に余計な人を入れたくないという警察の考えがあることを明らかにしました。

被害者へのサポート体制が確立したイギリス

 石塚さんのお話によると、イギリスでは被害に遭うと、48時間以内に被害者をサポートするNGOの人(女性が多い)が2人くるそうです。法律的なことや法的なこと、生活面でのサポートなど、大きなダメージを受けた人の社会復帰を支援するシステムが確立されており、NGOに対して裁判所が場所を提供していているそうです。警察の中にあるところもあるそうです。コミュニティの問題として地方自治体がこの問題に取り組むべきであり、国が補助金を出し、運営は自治体に任せるとよい、と提言をしました。

 諸外国のサポート体制に対し、安田さんは、背景に犯罪は社会全体が背負うべきだとする考え方あることを指摘しました。警察と関係なく、社会福祉の場面で活躍する制度ができており、日本の場合は検察庁が管理しているためにサポート体制が機能していないことを明らかにしました。解決策としては、警察が全部管理するのではなく、警察と切り離して、福祉の問題として制度設計する必要がある、との考えを述べました。

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