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ストップ! 「走る原発」電気自動車

上岡直見2007/06/02
経済産業省は2007年5月28日、「次世代自動車・燃料イニシアティブ」とりまとめ<を発表した。バッテリー、クリーンディーゼル、水素・燃料電池、バイオ燃料、世界一優しいクルマ社会構想の5項目が挙げられている。いずれもバラ色の未来を描いているが、もし実現したとすれば、現在よりも社会的なリスクを増大させるものである。
日本 エネルギー NA
 経済産業省は2007年5月28日、「次世代自動車・燃料イニシアティブ」とりまとめを発表した。主な内容として、バッテリー、クリーンディーゼル、水素・燃料電池、バイオ燃料、世界一優しいクルマ社会構想の5項目が挙げられている。いずれもバラ色の未来を描いているが、不確実かつ皮相的なアイデアの寄せ集めに過ぎない上に、もし実現したとすれば、現在よりも社会的なリスクを増大させるものである。

 バイオ燃料のリスクについては、すでに始まった「畑の取り合い」〜危ないバイオ燃料・地球を食べ尽くす「自動車」や、本当に理想的か バイオ燃料導入で指摘したので、ここでは省略する。

 今回指摘したいのは、イニシアティブで「バッテリー」と表記されている電気自動車(正確には、電池を主とした、あるいは電池を組み込んだ動力システムの自動車)である。現状の電気自動車は、性能・使い勝手・バッテリーの耐久性が低く、ハイブリッド自動車が商品化されたことから存在意義を失い、各地で導入された電気自動車も、バッテリーの更新に多額の費用がかかることもあって、稼動している事例は少ない。

 ところが今度は、化石燃料(主に石油)の供給制約、CO2(地球温暖化)対策を理由として、ふたたび電気自動車が登場した。環境に関心のある人の中でも「電気自動車」イコール「排気ガスを出さない、石油を使わない」と短絡的な評価に陥り、電気自動車を支持する人もあるようだが、電気の「もと」は何かを考えれば、重大なリスクを含んでいることは自明である。エネルギー源として石油の使用に制約があるとすれば、原子力を多用するしかない。イニシアティブには、そのことは触れられていないが、常識で推定できる関係である。

 より詳しくみると、今回のバッテリーは「プラグイン」という技術も要素となっている。(図)つまり、あらかじめバッテリーの部分を抜き出して充電しておき、それを自動車に差し込んで利用するシステムである。大部分の自動車は昼間に使われ、夜間は休んでいる。夜間に充電するということは、原子力発電システムの維持にとって都合がよい。プラグインシステムが大量に普及してしまったら、自動車が必需品であるという社会の前提が変わらないかぎり、原子力からの脱却はますます困難になる。

 これに対して、太陽など、自然エネルギー(再生可能エネルギー)を利用すればよいと提案する人もあるだろう。しかし、これらはエネルギー密度(単位面積あたりに得られるエネルギー量)が薄く、家庭用としては使えるが自動車には使えない。大型バスの屋根一面に太陽光パネルを貼ったとして、それから得られる動力は、原付バイク1台分相当にすぎないことは、専門家なら誰でも知っている事実だ。太陽光を使って電池に溜めておいて使えばよいという提案もある。これも計算してみればすぐわかるが、現在の自動車の使い方を続けたまま、太陽光でそのエネルギーをまかなうには、途方もない面積の太陽光パネルが必要となる。

 たとえば、東海道新幹線の岐阜羽島駅付近の車窓からも見える三洋電機の「ソーラーアーク」という太陽光発電デモ施設がある。これは315m×36mの巨大な構造物である。もし、日本の乗用車で消費されるエネルギーをこのソーラーアークで供給しようとすると、約40万基が必要となる。平均すると、一つの市区町村に約200基ずつ、およそ東京タワーを横倒しにしたくらいの構造物を設けることになるが、現実的だろうか。ソーラーアークは、デザイン的に特殊な形状をしているので、もっと効率的にパネルを並べる設計もありうるが、それにしても、自動車のエネルギーを太陽光で供給しようとするのは、たとえ部分的であってもいかに非現実的か理解できるであろう。

 経済産業省のイニシアティブには、5月24日に安倍総理が『美しい星へのいざない─Invitation to Cool Earth 50』として演説した内容(通称「美しい星50」)への一過程であるとの言及もある。しかし、JanJanの記事 環境NGO8団体 緊急声明〜アジアへのあぶない環境支援 「美しい星50」でも指摘されているとおり、「美しい星50」そのものが、原子力の促進を含むものである。交通手段として「自動車」という交通システムを使い続けるかぎり、どのような改良を施しても、社会的なリスクは増大せざるをえないのである。

 もし、現在のように自動車に依存しない交通体系をめざすとしたら、人々の移動が制限されるような不自由な社会が到来するのだろうか? 全く逆である。1970年代には、日本の交通分野のCO2の排出量は現在の半分であった。この時期の鉄道・路面電車・バスなど、公共交通機関のネットワークは現在よりも密にあった。一方で、公共交通機関が乏しい農村部などで、必要な自動車を使えるくらいのエネルギー供給は可能である。鉄道・路面電車の運行にも電力を必要とするが、この時期の原子力による電力供給は現在と比べるとごく少量で済んでいた。

 この観点から、経済産業省のイニシアティブよりも、国立環境研究所の低炭素社会の実現に向けた脱温暖化2050プロジェクトのほうがより合理性があり、社会的なリスクの少ない仮定を設けている。この「脱温暖化2050」では、必要なサービスを維持しつつ、国内でのCO2排出量を、2050年に70%削減(1990年比)する目標を設定している。この中の「シナリオB」では、原子力によるエネルギー供給を現在の3分の1程度に抑えつつ、CO2排出量70%削減が可能であるとしている。

(*1)安部総理のスピーチ全体(官邸ホームページ)
ストップ! 「走る原発」電気自動車
経済産業省〈「次世代自動車・燃料イニシアティブ」について〉より(部分)

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