「教員は教育基本法にある通り『憲法の理想の実現を教育の力にまつ』ことを課されていますから」とにこやかに微笑む増田都子さん。
増田さんとは2、3度お会いしたことがあったが、いつもお洒落なファッションが印象的な人である。その日の装いも、薄紫の花模様が品のよい華やかさをたたえた薄手のワンピース。しかも、増田さんは美人なのである。秋の爽やかな日差しのなか、にこやかに微笑む姿からは、とても猛烈な右翼の攻撃を受けている人には見えない。
と、感心していると、サラリーマンには珍しい紐タイを締めた大柄な男性が一人、増田さんに近づいて来る。男性は、上からのしかかるように、額がくっつきそうになるほど顔を近づけて、「増田さーん、ダンナが泣いてるよぉ〜、ダンナが泣いてるよぉ〜」と繰り返す。どうして、彼に増田さんの連れ合いのことが分かるのか不明だが、増田さんは、やはりニコニコしながら「こういうことはやめてくださいと言っているでしょう」と言い返す。男性の明らかな脅しにも驚くが、増田さんのニコニコに、筆者は、より驚きを禁じ得ない。
なぜ、増田さんはこのようなヒドイ目に合いながら、こんなにもにこやかでいられるのだろうか。筆者には、その晴れやかな笑顔から、彼女の中にある、消そうとしても消えない民主主義への信頼が、光のごとく発散しているように思え、なぜか、ミャンマーで民主化運動を支えつづけるアウン・サン・スー・チー氏の姿がだぶるのだった。
クジ引き当たって、あな嬉し。なのに傍聴席には空席が……
傍聴席54に対し、傍聴希望者は98名並び、抽選となった。いつもなら番号が張り出されるそうだが、今回は珍しくクジ棒を引く、本当のクジ引きだった。いつもはクジ運が悪いのだが、棒の先に赤い印のついた当たりクジを引いて、「こういう時にクジ運をとっておいて良かった!」と胸をなでおろした。
810号法廷。損害賠償請求控訴事件・第2回口頭弁論。原告側に増田さんと弁護人、被告側に、古賀俊昭都議会議員と弁護人が一人。古賀氏は、真っ青なスーツに真っ赤なネクタイというお洒落な?装い。開廷を待っていると、開廷時刻である午後2時直前に息を切らして入って来る人がいて、それは都議側の2人目の弁護人であった。今回は土屋・田代両都議は欠席だった。
傍聴席は満席のはずが、何故か3席の空席。筆者の隣りの傍聴者の方が、「都議側の支援者は、傍聴券確保のために動員をかけて呼ばれた人たちだから、傍聴券をとったら帰る人もいるのよ」と教えてくれた。傍聴したいのにクジで外れて傍聴できない人もいるのに何と言うことだろう。
審理は淡々。裁判長はちょっぴりイライラ?
本件を担当する裁判官は、大谷禎男裁判長・杉山正巳裁判官、鈴木昭洋裁判官。2時開廷の予定が、時間になっても裁判官は現れず、2時15分になってやっと裁判官が現れた。遅れた理由の説明もなく、裁判が始まる。
まず大谷裁判長は、増田さん側も都議側も準備書面の提出が遅れたことを指摘。さらに裁判長が「これで準備書面は完結していますか?」と両者に問うと、都議側の息を切らして入ってきた方の弁護人が、「1時にファクスで準備書面を送ったのですが、届いていますか?」と聞く。裁判長は見ていないらしく、しばらくの間、受付に問い合わせ届けさせるなどのやり取りがあった。ちょっと福田康夫首相に似ている大谷裁判長は、書類を待っている間、少しばかり苛立たしげな様子。なかなか書類が届かないため、いったん次回陳述となったが、直後ファクスが届けられ、陳述扱いとなる。これらの陳述に対する反論を両者が次回行うということになり、2時30分、閉廷となった。
【増田さん側の主張の要旨】
一審では11箇所の名誉毀損を認定。今回は残りの16箇所の認定を求める
3人の都議が出版した書籍は、一貫して、原告(増田さん)の紙上討論授業を「洗脳教育」「マインドコントロール」「偏向教育」「偏狭な思想」などという決めつけを行い、そこから、原告が教師として不適格であると述べている。増田さんは、書籍には27箇所の名誉毀損の表現があるとして訴え、1審では11箇所が認められた。今回の2審では、残りの16箇所についても認めてほしいとの主張を展開している。
増田さんの授業に対する決め付けが根拠になっている以上、それが事実であるかの判断は重要である。増田さんらは、1審の判決がその検討なしに不認定を行っているとし、再度、増田さんが行った米軍基地問題や天皇の戦争責任などをテーマにした紙上討論の授業が、教育的効果及び教育基本法第8条の趣旨及び当時の学習指導要領と整合性があるかどうか、検討してもらいたいと述べている。
ここに、問題となっている増田さんの紙上討論授業の一部を紹介しておく。
第2回 「沖縄米軍基地」の感想文を読んで考える1(6.23〜24に意見を書き、7.16〜17に紙上討論を実施)
第2回から、他人の意見を参考にしながら自分の意見を作り上げる紙上討論が本格的に始まる。ビデオのテーマが普天間第二小という小学校の問題だったので、意見が多かったのは基地移転問題だった。
「小学校を移したら、そこが米軍基地になってしまうから近くに住んでいる人はかわいそうだ」という意見に対し
●「大人が、今まで小学生が耐え、苦しんできたことが耐えられないなどと、身勝手なことを言っていていいのか」
●「学校をどかすんじゃなく、アメリカの基地をアメリカに移転させればいいのだと思う」
「でもあの小学校と十六中を喜んで代えてあげられるぐらいに、あの子達に思いやりがもてるか?……とても複雑。」に対し
●「かわいそうとかいろいろ言うけど、あの小学校と十六中を交換しようとなると絶対できないと思う。やっぱり難しい問題だと思った」
●「十六中と代わってあげたいとは心から思えないのが本当の気持ち。でも、その代わり、何かできることはないかと考えていこうと思う」
「今、みんな「日本は平和」だって言うけど、こんなの全然平和じゃないと思う。日本の中に1人でも自分の力だけで解決することのできない困った問題があれば、そんな国は平和だ、なんて言えないんだろうな……と思った。」に対し
●「政府は「日本は平和だ」と言っているけれど、本当は上っ面のことで、深くは考えていないのだと思う」
●「沖縄で小学生までもが困っているのに、本当に日本が平和だと言えるのだろうか(略)沖縄のコトだからと言って私達には関係ないと思うのではなく、みんなで考えたい」
一方、アメリカ軍基地の有用性を述べる意見も出てくる。
●「確かにアメリカ軍は昔、日本にひどいことをしたと思うし、いまでも沖縄の人はとても迷惑しているが、やっぱり日本にはアメリカ軍が必要ではないだろうか?(略)例をいえば北朝鮮だ。(略)沖縄の人には非常に気の毒だと思うが、アメリカ軍基地はあったたほうがいいと思う。」
●「僕は米軍基地があってもいいんじゃないかなーと思う。確かに沖縄の人達は、うるさいとか、こわいとかあるけれど、僕は一番戦争がこわいと思う。もし日本がどこかの国から攻撃されたらと思うと、米軍がいれば日本は安心だと思う。沖縄の人、ごめんなさい」
この意見に対し、次の第3回では2派に分かれる討論になる。原告が、原審本人尋問で述べた「多数意見は(教えなくても)常に生徒たちは接している」(原審本人57頁)ことが実証されている。
足立16中事件への反論
ほとんどの増田裁判では、特に1997年の足立16中事件と呼ばれる裁判が尾を引く。これは、増田さんの米軍基地をテーマにした紙上討論授業を知った米国人の夫をもつ母親が、反米教育であるとして子どもに授業をボイコットさせ、ついに子どもが名誉毀損を受けたとして、足立区教育委員会の協力を得て、校長と裁判を起こした事件である。この裁判は、2000年に最高裁で母親の上告不受理となり、増田さんの逆転勝訴となっている。
本件でも、問題となっている書籍には、足立16中事件に関して、偏向教師が反米教育を行い米国籍をもつ生徒を不登校にしたなどの記述があり、増田さんはこの記述の誤りを主張したが、1審では名誉毀損と明確には認定されなかった。
増田さん側は、以下のような控訴理由を示している。
(1)原判決は、「本件生徒は、原告が本件プリントを配布したことを契機として、学校への通学を嫌悪する、もしくは女性教師を嫌悪する精神的状況に陥り、本件プリントの配布により思うように学校へ通えない精神的苦痛を受けた」としており、原告が配布した本件プリントが直接かつ唯一の原因となって、本件生徒が「通学を嫌悪する、もしくは女性教師を嫌悪する精神的状況に陥った」と認定しているようである。
そして、これを根拠として、原判決が、一部の表現(第11、12、25、26表現)について、名誉毀損の成立を否定したことは明らかである。
(2)しかしながら、本件生徒は、原告から本件プリントを配布された際、きわめて冷静かつしっかりとした意見を述べていることからすれば、本件プリントの配布によってその当事者たる原告に対して嫌悪の情を抱くことは社会通念上あり得ることだとしても、そこから「通学を嫌悪」したり、「女性教師を嫌悪する」状況に至ることはきわめて考えにくいと思われる。そうすると、原判決のように、一概に、本件プリントの配布が、通学自体や女性教師一般に対する嫌悪」にまで発展した、という認定を行うことには無理があると言うべきである。
その米国籍の生徒が述べた意見は以下の通りである。
「最初に戦争を仕掛けたのは日本だ。アメリカと日本はお互い様のような気がする。これからは一人一人が米軍基地をどうするか、真剣に考え(特に日本政府は)、どうしたら、お互いに平和になれるかを考えていくべきだ。なのに反対に米軍を全滅させようなんて、アメリカの立場にたって考えていない証拠だと思う。そんな狭い心は持って欲しくない」
実に冷静でしっかりした意見である。
都議側は、批判能力のない中学生に偏向思想を植え付けたと主張しているが、増田さんの行った紙上討論を読むと、中学生というのは、こんなにも批判能力があるのかと驚かされる。むしろ、大人が恥ずかしくなるほど、子どもたちの批判能力は高い。率直に明瞭に意見を表明し、友達の意見を聞いて、自分の意見を作り直す。つまり批判を積み重ねて自分の意見を再構築するという、実に高度な思考作業を自然に行っているのである。
日本国憲法を遵守する教師は偏向教師か、理想の教師か
増田さんは言う。
「教員は公立私立にかかわらず、47年教育基本法に基づき「(憲法の)理想の実現を教育の力にまつ」ことを課されているのですから、この「憲法の理想」という「特定の政治的思想」「政治思想」を、すべての教員は持って教育活動をする責務があります。そして裁判官も含め、都知事だろうが都議会議員だろうが○○議員だろうが、すべての公務員が、この日本国憲法の尊重擁護義務に基づき、「日本国憲法の思想」という特定の「政治的思想」「政治思想」に基づく仕事をしなければならない責務があるのです」
いったい彼女ほど、憲法の尊重擁護義務を履行し、憲法の理想を実現しようと尽くしている公務員がいるだろうか。増田さんの言葉を聞きながら、筆者は、また思うのである。増田さんの内側から発せられる輝きは、日本国憲法の輝きなのかもしれない、と。
次回期日:
平成19年(ネ)第2856号 損害賠償請求控訴事件
2007年12月11日(火) 午後2時〜 東京高裁810号法廷
関連裁判:
増田都子さんの不当な免職取消し裁判
2007年12月10日(月) 11:30〜 東京地裁722号法廷
関連サイト:
・
増田都子のホームページ
・
増田さんとともに平和教育をすすめる会
関連記事:
・
個人情報漏洩、誰が守るの:東京高裁判決