瀬戸内海の豊島では9月、不法投棄された産業廃棄物の量を、撤去中の香川県が約50万トンから約67万トンに修正し、その処理方法の変更などをめぐって住民が懸念をつのらせている
(関連サイト:四国新聞)。
いっぽうで島の再生を願う住民たちの取り組みも活発だ。8月22〜24日には「第6回・豊島 島の学校」が開催され、産業廃棄物不法投棄現場の見学や、地引網漁などが行われ、島内外参加者の感銘を新たにした。ここでは、最終日に行われた植田和弘さん(京都大学)の記念講演を紹介する(以下、講演「めざすべき循環型社会と豊島」要旨)。
豊島事件の背景−大量廃棄を容認した経済や社会
豊島でおきた大規模な廃棄物の不法投棄事件は、これまで、どんな地域でもおこりえたし、現に、豊島以外でも多数おきた。豊島は、住民が県の責任による撤去を勝ち取ったが、そこまで果たせなかった場所も多い。
そもそも、廃棄物はできるだけ出ないようにすべき、出たものは現地で処理、というのが産業活動や生活の基本だ。しかし、大量生産や消費の時代には、ゴミの受け皿をつくればよい、といった考え方が趨勢だった。大量廃棄を容認した経済や社会があって、豊島事件に象徴されるような廃棄物の問題が深刻化した。
しかし大量廃棄を容認することによって、日本では廃棄物の一方通行がおきた。都市部や工業地帯から、過疎地へと大量に廃棄物が流れた(筆者補足:なお現在、日本の廃棄物は、他の先進国の廃棄物と同様、途上国へ大量に「輸出」される傾向にある:
関連記事 過疎地への一方通行も完全に無くなった訳では無い)。
廃棄物の一方通行に加えて、法体系の未整備や、行政の無策や無力によって、各地で産業廃棄物の大量不法投棄という大問題がおきた。離島のみならず、ゴルフ場計画が断念された山間地などでも事件は頻発した。
豊島の産廃撤去運動が優れていたのは、初めから、経済や社会を循環型に転換すべき、と訴えていた点だ。資源循環型の社会や経済の必要性に、当初から着目していた。美しい島を取り戻すための、最低限、譲れない前提として、不法投棄された産業廃棄物の撤去があり、現在、香川県によって撤去が進められている。
同時に、豊島の運動は、官(行政)と人々の関係の見直し、いわば新しい公のあり方を提起した。島の住民と、全国の市民が連帯することで、行政の誤りは修正、是正された。地域が、どう、官依存から脱却し、自立自活するのかを問いかけた。地域の自立と自活、再生から、持続可能な地域づくりが始まる。豊島に限らず、全世界的な課題となってきている。
香川県小豆郡土庄町豊島(8月24日、筆者撮影)
地域の自立と自活、再生、持続可能な地域づくり
持続可能な発展という概念は、まず、
グロ・ハルレム・ブルントラント(ノルウェー)委員長が率いた国連の委員会(ブルントラント委員会・1984〜87年)が、1987年『地球の未来を守るために』(Our Common Future:環境と開発に関する世界委員会(WCED))報告で提唱した。日本では現在でも、依然として取り組みは遅れ、担当大臣もいない。持続可能相などというポストを置く国は、着実に増えてきている。
これまでの社会や経済の発展法は、南の諸国に貧困をもたらし、安全で衛生な水へアクセスできない人々が増大するなど、深刻な誤りを抱えてきた。エコロジーに適応した経済と、地域雇用の実現が、持続可能な地域社会をつくる。それは同時に、排除のない社会だ。環境のみならず、福祉や貧困の問題を統合的に解決して初めて、持続可能な発展が実現する。
生活の質が持続的に発展しない限り、持続可能な地域社会ではない。生活の質は、構成要因と尺度、決定要因で決まる。幸福や、自由、健康などが構成要因だ。それはどうやって造るのか、たとえば福祉サービスの充実度などが決定要因になる。地域の福祉サービスなど、生産的基盤が持続的によくならない限り、持続可能な地域は成り立たない。
植田和弘さん(8月24日、筆者撮影)
地域の宝の再発見と、生産的基盤の再構築
生産的基盤には、恵み豊かな自然や、人々が受け継いできた知識、文化や歴史の遺産、人そのもの、といったものが含まれる。これまで、生産的基盤といえば、工業的、人工的、労働的な価値ばかりを重視し、暮しの知恵、などといったことを看過したのを改めなくてはならない。
地域の資産は、地域によって異なる。私たちの働き方や生き方、家族のあり方や国の支援などは、地域の資産を活かしもし、殺しもする。生産的基盤や地域の資産を、蓄えながら使って、増やしつつどう次世代に伝えるのかが、持続可能な地域づくりの成否を握る。
持続可能な地域づくりは容易ではないし、成功例は少ない。しかし由布院や水俣などで、地域の宝さがしが真剣に取り組まれ始めた。豊島の場合、産廃事件問題や、運動を通じて培った内外の人的ネットワークは、立派な宝の1つだ。それらの宝をどう再発見し、いかに再活用するのかが問われる。宝を見つけ、どう活用するのかが制度で、あくまでも地域の内発性によって構築しなくてはならない。
あとは人々をどう活かすかだ。役所の人だけ、企業の人だけが頑張っても、持続可能な地域は成立しない。みんなの、それぞれの力を、どうやって引き出すのかにもかかってくる。豊島は、産廃事件を通じて、水、土地、いのちといったことの安全性を追及してきた。
だからもっと、豊島も身体性にこだわってもよいと思う。たとえば徳島県の吉野川沿岸では「吉野川を食べる」などといった取り組みで身体性を確認している。豊島が、島外の応援も得ながら、地域資源を再発見し、生産的基盤を構築、持続可能な地域をつくることができるのかは、他の地域と同様、人々の創造性が問われていると思う。
地引網漁(「島の学校」で・8月23日、筆者撮影)
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